マルク・シャガール 版にしるした光の詩(うた)/世田谷美術館

版画で味わう色彩と愛の画家シャガールの詩情【読者レビュー】

2023年7月11日

マルク・シャガール 版にしるした光の詩(うた)/世田谷美術館

こんにちは。
趣味で美術館巡りを楽しんでいる、Sfumart読者レビュアーのかおりです。

今回は、世田谷美術館で開催中の展覧会「マルク・シャガール 版にしるした光の詩(うた)  神奈川県立近代美術館コレクションから」へ伺ってきました。

シャガールというと、恋人たちや動物など愛あふれる幻想的な情景を色彩豊かに描き上げた画家として知られています。彼の制作活動は油彩画にとどまらず、舞台装飾や壁画、陶芸、ステンドグラスなど多岐にわたります。

本展覧会では版画に焦点があてられ、制作年代も技法も異なる6つの作品集を取り上げて、シャガールの版画の魅力にじっくり浸れる展覧会となっています。

油彩画を見慣れている方には、版画というと少し拍子抜けするかもしれませんが、「色彩の魔術師」「愛の画家」と称されるシャガールの作風は版画にも色濃く現れています。

落ち着いた館内に静かにたたずむシャガールの版画と言葉。じっくりと味わっていきましょう。

シャガールの版画と言葉をじっくりと味わう

本展で展示されているのは、シャガールの版画作品のみ。

ひとりの作家を企画展として取り上げるとき、同時代の作家作品や作家が使っていた小物などが紹介されることもありますが、今回の展示にはいさぎよくそういったものがありません。

展覧会の会場も白壁にシンプルな額装やショーケースでの展示となっており、シャガールの持ち味が際立ち、集中して鑑賞に浸れます。

シャガールの世界観があわられた多彩な版画作品

本展では、6つの版画集から展示作品が取り上げられています。

  • ラ・フォンテーヌ寓話集(1927-30年制作/1952年刊行/エッチング)
  • 馬の日記(1952年刊行/エッチング、リトグラフ)
  • 悪童たち(1958年刊行/エッチング、アクアティント)
  • ダフニスとクロエ(1957-60年制作/1961年刊行/リトグラフ)
  • サーカス(1967年刊行/リトグラフ)
  • ポエム(1962-67年制作/1968刊行/木版)

制作年代は1927年から1967年まで幅広く、技法もエッチング、アクアティント、リトグラフに木版と多岐にわたり、それぞれ違った印象を与えます。

それではさっそくそれぞれの物語に描かれる版画をみていきましょう。

『ラ・フォンテーヌ寓話集』では、人間と動物が織りなす寓話の世界が、白と黒の濃淡で表現されています。

シャガールの特徴というべき色彩はここにはあわわれませんが、モノトーンだからこそ際立つ、柔らかく丸みを帯びた描写には油彩画との類似がみられます。

シャガールの人間と動物へ向ける暖かな眼差しが、版画の中に浮き上がっています。

『馬の日記』は、馬による日記というかたちで描かれた物語です。

繊細な線と濃淡の表現で挿絵が描かれていて、どこかコミカルな馬の表情に惹きつけられます。

下の写真のいちばん左のものは、布張りのカバーです。馬のあたまと馬蹄を組み合わせたデザインがかわいいですよね。

4色刷りリトグラフの表紙は、試し刷りが添えられていて、制作過程にふれることができます。ぜひ会場で試し刷りの各版と完成した版を見比べてみてください。

『悪童たち』では、少ない色数ながらも水彩画を思わせる柔らかな色合いが、シャガールの色彩を彷彿させます。

『ダフニスとクロエ』は、シャガール版画の代表作です。
見たことのある作品があるという方もいらっしゃるのではないでしょうか。

丸みを帯びた動物や人物の描写、花や緑の自然、浮遊感のあるいきものたち。
それらがやわらかさをあわせ持つ鮮やかな色彩で描き出されます。

人気の高いシャガールの「青」も版画の中に現れています。

本作は、当初は5色程度の版を想定していたところ、最終的には20〜25色の版が使われたというから驚きです。

『ダフニスとクロエ』は2人のハッピーエンドの愛の物語。

「愛の画家」といわれるシャガールにとって、制作に熱の入る画題だったのではないでしょうか。

シャガールの版画と言葉が織りなす世界

さらにこれからご紹介する『サーカス』と『ポエム』は、挿絵を担当した前掲の4作品とちがい、シャガール自身の文章が添えられています。

『サーカス』は、シャガール自身によるサーカスにまつわる回想文が添えられた版画集です。

サーカスは、画商から依頼されたテーマでしたが、それ以前からシャガールが関心を持ち続けたモチーフでした。

夢と現実のはざまにあるようなサーカスの世界。

煌びやかで色鮮やかな舞台で輝くサーカスの軽業師たちと動物たちの姿が描かれるかたわら、裏舞台でひっそりと馬と世話をする団員の場面もあり、光と影、夢と晴れ舞台と日常の両面を描きだしています。

『ポエム』は、シャガール自身が書き溜めた詩に木版画を添えた詩画集です。

詩と版画の内容は必ずしも一致しているわけではありませんが、どちらもシャガールにとって思い入れの深いモチーフである、恋人たちや花、動物、聖書の物語、そして故郷への想いなどが詰まった作品となっています。

版画の技法も木版画というシャガールがこれまであまり扱ってこなかった方法がとられており、木版ならではの温かみをもった、色彩豊かな世界が描きだされています。

また、本作の刊行年は1968年。シャガールが80歳のときです。

自身の生涯をまとめた刊行物であるとともに、晩年においてもなお新しい技法を試していくチャレンジングな姿勢が伺えます。

シャガールの世界をじっくり味わうひとときを

シャガールの版画に的を絞った本展。

版画という油彩画ほど塗り固められない表現技法であるからこそ、シャガールの世界がより強く表れているのではないでしょうか。

幻想的な夢や華々しい表舞台、静かでときに息苦しい現実や日常の世界、故郷や今の生活。そのどちらも大切にし続け「愛」をもって描き出すシャガールの世界をじっくり味わえる展覧会でした。

夏は暑さで朦朧とする意識のなか、お盆の帰省などで自身の過去やルーツを振り返る機会の多い時期です。

暑さ和らぐ緑豊かな広い公園に隣接する世田谷美術館で、シャガールの生涯が描き出された版画作品を見ながら、自分の過去と現在に思いを馳せてみてはいかがでしょうか?

それでは愉しいアートライフを!