【特別展】 日本画聖地巡礼 ―東山魁夷の京都、奥村土牛の鳴門―/山種美術館

日本各地の絶景を巨匠の名画で味わおう【読者レビュー】

2023年10月30日

日本画聖地巡礼 ─東山魁夷の京都、奥村土牛の鳴門─/山種美術館

皆さんこんにちは、読者レビュアーのゴーストホストです。

現在では耳にする機会も増えた「聖地巡礼」という言葉。

これは元々は宗教用語で、ある宗教の信者がその宗教にとって重要な場所に参詣することを意味します。
イスラエルの首都・エルサレムや、四国に点在する八十八箇所の霊場も「聖地」に該当します。

そこから転じて現在では、あるドラマや映画、アニメなどの舞台になった場所、またはロケ地などを「聖地」とし、その場所を実際に訪れ作品のことを回想したり写真を撮ってSNS上に掲載することを「聖地巡礼」としています。

この現代版「聖地巡礼」は、2016年にユーキャンの新語・流行語大賞でトップ10入りを果たしたことで一気に市民権を得て、現在に至るまで活況を見せています。

そして現在広尾の山種美術館では、日本画に描かれた日本各地の風景を「聖地」とし、その作品と実際の現地の写真を併せて展示する、新しい試みの展覧会「日本画聖地巡礼」が開催されています。

北は北海道から南は沖縄まで、日本各地の名所や絶景が描かれた作品が展示されています。
今回はこちらの展覧会に足を運びましたので、僭越ながら簡単にレビューしたいと思います。


山種美術館 入口

【日本画家たちはみんな長生き!?パワーみなぎる作品たち】


奥村土牛『山中湖富士』(1976年)山種美術館

山種美術館は通常、展示品の中で一点だけ写真撮影可能な作品があることが多いのですが、今回撮影可能だったのは奥村土牛(とぎゅう)(1889~1990年)のこちらの作品。

日本のシンボルである富士山が雄大にそびえ立つ姿が描かれていますが、山頂に降り積もっている雪は非常に微量でありこれが夏の風景だと分かります。

また富士山は静岡県と山梨県にまたがってそびえ立っていますが、タイトルの『山中湖富士』が示す通り山梨県側から望んだ富士山の姿でしょう。

鮮やかな青が目を引く作品ですが、私がそれよりも驚いたのがこの作品が制作された年代。
作者の奥村土牛は87歳でこの作品を描いているのです。

今回の展覧会は誰か一人の画家に焦点を絞るものではなく、多くの画家の作品が展示されており、作品の横には画家の簡単な経歴が書かれたキャプションがあるのですが、そのキャプションを読んで更に驚きました。

今回作品が展示されている日本画家の多くが、非常に長寿なのです。

101歳で天寿を全うした奥村土牛を筆頭に、

享年96歳の岩橋英遠(えいえん)(1903~1999年)、享年95歳の石本正(しょう)(1920~2015年)、享年91歳の守屋多々志(1912~2003年)、享年90歳の東山魁夷(1908~1999年)、享年90歳の奥田元宋(1912~2003年)、享年89歳の横山大観(1868~1958年)、享年89歳の吉田善彦(1912~2001年)、享年88歳の石田武(1922~2010年)、享年88歳の塩出英雄(1912~2001年)、享年86歳の橋本明治(1904~1991年)

など、これらの日本画家たちは現在の日本人の平均寿命と比較しても長生きですよね!

ここからは私の推察ですが、ずっとアトリエに籠って制作活動ばかりしていると体がなまってしまいますが、これらの画家たちは絵画の題材となる理想の風景を追い求め各地を旅し、結果的に足腰が鍛えられたためここまで長生きしたのでは、と考えました。

ゴッホやスーラ、シーレなど画家の中には夭逝した人物も多く「この人が長生きしていたらもっと多くの優れた作品を世に残していたんだろうな・・・」と惜しくなる瞬間がありますが、今回作品が展示されている画家の多くは年老いてなお旺盛に制作活動を続けており、画家が長い年月を経て辿り着いた境地のようなものが窺えます!

特に奥村土牛は前述の『山中湖富士』に加え、88歳で制作した『吉野』、93歳で制作した『富士宮の富士』も展示されているため、こちらも必見です!
老齢とは思えぬほどのパワーが作品から伝わってきますよ!

【真打登場!?重要文化財『名樹散椿』も観られます!】


速水御舟『名樹散椿』(1929年)山種美術館(レプリカ)

本展には、速水御舟(1894~1935年)の大作『名樹散椿』も展示されています!
今回の展示作品では唯一、重要文化財に指定されています。

残念ながらこちらは写真撮影禁止となっており、上記の画像は本館エントランス横に設置されているレプリカです。

こちらのレプリカもとても精巧に作られていますが、実物は屏風絵のためその何倍も大きく迫力が満点なので是非実物をその目でご覧ください!

ちなみに本作に描かれている椿は、京都府にある椿寺(つばきでら)地蔵院の椿をモティーフにしたものですが、実際の椿寺地蔵院の椿(展示室内に写真あり)と比較すると花一つ一つが実物よりも大きく生き生きと描かれていることが分かります。

実物を写実的に模写するのではなく、より椿の凛とした佇まいが映えるように描いた御舟の創意工夫が見て取れます。

【ミュージアムショップで図録発売中!】

「展示会場で味わった感動をいつまでも忘れずにいたい」「写真撮影禁止だった作品も細部までじっくり観たい」
という方には、ミュージアムショップで販売中の図録(税込1430円)がオススメです。

実は山種美術館は「山種美術館 近代日本画名品選100」などの図録は基本的に常時販売されているのですが、展覧会ごとの図録は販売されないこともあります。

しかし今回の図録は「日本画聖地巡礼」展のために作られた新商品のため、今回初めて本館の図録を購入する方にも、既に他の図録を持っている方にもオススメの商品となっています!

ちなみにこちらの表紙にも『名樹散椿』が採用され、彩りを添えています!

【鑑賞後はカフェでほっと一息・・・そしてここにも椿が!?】


Café 椿 メニュー

本館エントランスの正面で営業している「Café 椿」。
毎回、展覧会の展示作品をモティーフにした和菓子と抹茶、コーヒーなどを楽しめる憩いの場として、鑑賞後の余韻に浸りたい方、同行者と感想を語らい合いたい方などに大人気のカフェです。

勘の鋭い方はもうお気づきでしょうが、この「Café 椿」の店名も御舟の『名樹散椿』が由来となっています。

今回販売されている和菓子は全5種類。

やはりこちらは外せない、速水御舟の『名樹散椿』モティーフの「散椿」、
年末の風景を厳かに描いた東山魁夷の『年暮る』モティーフの「除夜」、
春の麗らかな陽気を感じさせる橋本明治の『朝陽桜』モティーフの「花の色」、
作者が船上から身を乗り出しスケッチをしたという奥村土牛の『鳴門』モティーフの「うず潮」、
奥入瀬渓流の紅葉を大画面に描き切った奥田元宋の『奥入瀬(秋)』モティーフの「渓流の秋」。

以上のラインナップとなります。

特に「渓流の秋」は、提供期間中に葉の色が緑から赤に変化するという手の凝りようで要注目です!

鑑賞後に和菓子を食べながらほっと一息つく時間は、何物にも代え難いとても贅沢なひと時です!
カフェだけのご利用も可能ですが、展覧会鑑賞とカフェでのひと時を両方楽しみたい方はお時間に余裕を持ってお越しください!

【まとめ】

日本各地の名所や絶景を描いた作品が一堂に会した本展。

作品横に設置された現地の写真と比較して見ても「最早これは実物を凌駕しているのでは?」と感じる作品も多々ありました。

横に実際の光景を展示することで、巨匠たちが風景を美しく魅せるために凝らした趣向の数々が浮かび上がってくる、面白い試みの展覧会だと感じました。

風景画が好きな方は勿論、そうでない方も、描かれた場所に実際に訪れたことがある方もない方も、老若男女にオススメできる展覧会です。

今回紹介し切れなかった作品の中にも、目を見張る表現力や鮮やかさの作品が数多く展示されていたので、皆さんも是非実際に足を運んでみてくださいね。