風刺画/10分でわかるアート
2023年3月29日
大巻伸嗣 Interface of Being 真空のゆらぎ/国立新美術館
儚くも幻想的なインスタレーション作品を展開してきた現代美術家 大巻伸嗣の個展「大巻伸嗣 Interface of Being 真空のゆらぎ」が、国立新美術館ではじまりました。
国立新美術館の展示空間を活かした大規模なインスタレーションをご紹介するのとともに、その美しい作品に込められた意味を考えます。
「大巻伸嗣 Interface of Being 真空のゆらぎ」展 エントランス
大巻伸嗣(おおまき しんじ)は、1971年生まれの現代美術家。「存在」とは何かをテーマに制作活動を展開しています。
「空間」「時間」「重力」「記憶」をキーワードに、例えば、風によって大きな波のように浮かび上がる布や、床一面鮮やかな絵画の上を鑑賞者が歩くことで消失していく絵画など、変化するインスタレーション作品を数多く制作してきました。
大巻伸嗣
美術館での展示だけでなく、パブリックアートのほか、近年では舞台美術も手掛けています。
展示空間を非日常的な世界に生まれ変わらせてきた大巻。今回の展覧会では、2000㎡という国立新美術館の空間を活かした大規模なインスタレーションを中心に構成しています。
《Gravity and Grace》
最初の展示室でわたしたちを迎えてくれるのは、花や鳥などの模様が彫刻された巨大な壺の作品。その中では、太陽をイメージした強い光がゆったりと上下に動き、展示室の壁面に浮かび上がったレリーフの影がまるで呼吸をするように揺らぎます。
大巻伸嗣《Gravity and Grace》2023 作家蔵
真っ白い壺とその中から溢れる強い光、それとは対照的な真っ黒い床と壁面に映し出された影の対比がつくりだす、幻想的な空間です。
大巻伸嗣《Gravity and Grace》2023 作家蔵 壺の中では最大84万ルーメンにも達する強い光が動き続けています
レリーフには、人類の進化のようすや世界地図など、人類の歴史も刻まれています。
《Gravity and Grace ーmoment 2023》
続く展示室に掲げられているのは、今回の展覧会のために制作された新作です。印画紙の上にものを置き、光で焼き付ける「フォトグラム」という写真の手法で制作されています。
大巻伸嗣《Gravity and Graceーmoment 2023》 2023 作家蔵
先ほどの《Gravity and Grace》の光と影をそのまま焼き付けたもので、設営期間中の3日間を使い、まさにこの美術館の展示室で制作が行われました。
大巻伸嗣《Gravity and Graceーmoment 2023》 2023 作家蔵
こうしたフォトグラムの手法での作品はこれまでにも制作されてきましたが、今回ははじめて身体を介在させた作品。天井の高い空間に並ぶ大きな作品は、身体の存在を感じさせます。
《Liminal Air space―Time 真空のゆらぎ》
本展で最大のスペースで展開されるのは、光沢のある薄い布が風に巻き上げられ、天井からの灯りに照らされて輝く作品。まるで、海の波のように巨大で、柔らかく変化し続けるインスタレーションです。
大巻伸嗣 《Liminal Air space―Time 真空のゆらぎ》2023 作家蔵 風と光で全く違った表情を見せ続ける作品です
ビニル袋が水たまりに落ちて沈んでいく瞬間を見たことから、「見えていないけれど存在するもの」や「見えていても実際には違うもの」について考え、着想したというこちらの作品からは、人工物でありながらも、自然や生き物のような、不思議な存在の気配が感じられます。
今回の展覧会では、展示室の中に詳細な解説はありません。それは、作品のイメージが固まってしまわないよう、できるだけ言葉で説明しないほうが良いという思いからなのだそうです。
その代わりに、作品のテーマを表すような、詩人の関口涼子による詩が《Gravity and Grace》の展示室の床面にひっそりと書かれ、作品の光の変化によって、それらの言葉は床面から浮かび上がったり見えなくなったりと変化し続けます。
《Gravity and Grace》の展示室床面に書かれた関口涼子による詩
展示空間での詩の朗読や、パフォーマンスも定期的に開催される予定です。
《Liminal Air space―Time 真空のゆらぎ》展示室で行われたダンサーによるパフォーマンスのようす
《Liminal Air space―Time 真空のゆらぎ》展示室で行われたダンサーによるパフォーマンスのようす
また、今回の展覧会では、これまでにはあまり発表されてこなかったドローイングも展示されています。
大巻伸嗣による本展覧会のためのドローイング
ドローイングは「考えていくプロセスそのもの」であり、インスタレーションはそのドローイングの延長にあると考えているという大巻。ドローイングからは、彼の思考のプロセスが伺えるようです。
「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ2024」で展示が再開される《影向の家》のドローイング
幻想的な作品ですが、こうした作品を通じ、大巻はあらゆるものの”不確かさ”と向き合っています。
例えば、太陽のように強い光が変化し続ける《Gravity and Grace》は、電気やエネルギーのような当たり前にあるものが失われたらどうなるかという疑問を投げかけているのだそう。
大巻伸嗣《Gravity and Grace》2023 作家蔵
視覚的に美しい作品を通じて警鐘を鳴らすのは、「危険なものほど美しいし、危険なものは美しいものに擬態していると感じている」からだと、大巻は語ります。
展覧会タイトルにある「真空」は、もともとは何かが”存在”していた場所からものが抜き取られた時に生まれるものです。大巻は、その”不在”の無の中から新しいエネルギーが生まれてくるイメージを持ったといいます。
大巻伸嗣《Linear Fluctuation》2019-2021 作家蔵
大巻は本展について、「皆さんそのものがこの空間の一部であり、インスタレーションの一部であり、その中で運動を起こしていく一部だということを、この空間の中で鑑賞しながら考えていただければいいなと思っています。」と語りました。
わたしたちも広大な空間の中で、「存在」と「不在」の揺らぎの一部になるようにも感じられてきます。
大巻伸嗣 《Gravity and Grace》展示室にて
2023年に、中国と青森の美術館で立て続けに大規模な個展を開催してきた大巻伸嗣にとって、本展は今年3つめの個展となります。
「空間が違えば感覚も違うので、それぞれに違ったことを自分の中ではやりたい。」と、国立新美術館では、その広大な空間を活かした作品が展開される本展。ぜひその空間を歩き回り、変化し続ける作品の世界を体験してください。