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2024年11月1日
開館60 周年記念 小林正和とその時代―ファイバーアート、その向こうへ/京都国立近代美術館
会場エントランス
糸や布など繊維を使ったアート「ファイバーアート」をご存じでしょうか。
ファイバーアートの国内先駆者・小林正和(1944-2004)の初回顧展が、生誕地の京都で開催されるということで、京都国立近代美術館を訪れました。
京都国立近代美術館開館60周年記念企画の最後を飾る展覧会です。
染織の町・京都には多くの染織関連企業が立地しています。それを背景に、繊維を使って表現する美術家が次々に生まれました。
小林正和もそのひとり。
小林正和は京都市立美術大学で漆工を専攻後、自由な色彩表現を求めて京都の織物会社・川島織物に就職。インテリア用ファブリックデザインに従事し、日本古来の技法を駆使した創作タペストリーを制作していました。
小林はタペストリーの素材「糸」に注目するようになります。
小林正和
川島織物はタペストリーに新たな感覚を取り入れようと、デザイナーやアーティストと織技術者との協作を後押しし「カワシマタペストリー展」を開催します。
『吹けよ風』は1972年のタペストリー展で初公開され、小林和正の出世作となったシリーズ。
綴織(つづれおり)の技術を用い「青海波(せいがいは)」柄に挑戦、緩め垂らした糸で波の強弱をダイナミックに表現しました。
波を起こす強い風を感じる作品です。
《吹けよ風》小林和正(デザイン)/川島織物(制作) 1972年 川島織物文化館蔵
「吹けよ風」同形作は1973年にスイス・ローザンヌで開催された第六回国際タペストリー・ビエンナーレで入選。
2年後には第二回国際テキスタイル・トリエンナーレで最高賞を受賞し、小林正和の名は世界で一気に広がります。
繊維を使った作品は、最初はタペストリーなど平面的なものでした。
ところがファブリックデザインはやがて平面から立体的になり、繊維製品としての実用からも離れ「アート」として発展していきます。
ここから「ファイバー・アート」という言葉が生まれました。
京都国立近代美術館は、アメリカで広がりローザンヌのタペストリー・ビエンナーレで顕著になったこの流れに着目し、1971年、日本で初めてファイバーアートを紹介しました。
《B⁵》小林正和 1974年 個人蔵
小林和正の作品も、より立体的な表現へと移っていきます。
平面から三次元へ、壁掛けから床置きへと変りゆくさまがよくわかる展示になっており、ファイバーアートの広がりを俯瞰することができます。
《B⁵》は二次元から三次元へと進化する小林作品を象徴する作品です。
《M-25》小林正和 1979年 個人蔵
小林正和のファイバーアートはついに壁から離れ、立体作品として自立します。
《M-25》の、糸の塊りが木の板に絶妙なバランスでもたれかかっているようすは、「人」という文字に見えてきます。
作品制作のためのスケッチ
制作過程のスケッチも展示されています。
糸をどう張るかどう垂らすのか、小林の頭の中のイメージが作品にどのように具現化されたのか見比べられる興味深い体験です。
《Spirit of the Tree(一本の気)》小林正和 1987年 個人蔵
小林作品の特徴の一つは、「自然への関心」。
《Spirit of the Tree》はアトリエへ向かう途中に目にした杉を素材にしたもの。
弓なりの棒に糸がピンと張られ、硬い木がしなる弧の丸みと、柔らかいはずの赤い糸の緊張感の対比が鮮やかな作品です。
《KAZAOTO-87》小林正和 1987年 国立国際美術館蔵
《KAZAOTO-87》は、糸の他に竹ひごや金属棒を使った作品。
先端のピンクの糸が繊細に重なり、照明が当たって陽を浴びて輝いているよう。タイトル通り、吹き抜ける風を感じます。
《WAVE(波)》小林正和 1993年頃 個人蔵
立体作品が目を惹く中で、いぶし銀のような存在感を放っていたのがこちら。表面にかなり凹凸があるタペストリー。
見る角度を変えると、糸が輝いて違った表情が現れます。
《WAVE》(部分)
美しい糸の波。糸の特性を知り尽くした小林ならではの作品です。
(左)《SOUND COLLAGE-93(音のコラージュ-93)》小林正和 1993年 京都市美術館蔵
(右)《SOUND COLLAGE-95(音のコラージュ-95)》小林正和 1995年 京都市右京区役所京北出張所蔵
《SOUND COLLAGE》は90年代を代表するシリーズ。
糸を垂らす、張る、重ねる、織るという自身のこれまでの制作スタイルすべてを同一キャンバス上に貼り合わせる試み。
鮮やかな色の対比が、ポップな印象です。
《MIZUOTO-99(水音-99)》小林正和 1999年頃 個人蔵
天井から床へ流れ落ちる水のように垂れた糸。空間一杯に広がる巨大なインスタレーション。
この作品は、糸の間隔を変えたり、また吊るす角度をずらしたりしてフォルムが変化します。
展示のしかたで無限の表情を持つ作品であり、展示の都度に変化するこの作品は、展示会企画者とのコラボレーションの結果なのです。
《MIZUOTO-99(水音-99)》部分
作品の真横に立つと、全く違った光景に遭遇。海が裂け開いて一本の道が出現したよう。神々しく、モーゼの十戒の海が割れるシーンのようです。
緊張感と柔らかさを兼ね備えた、小林の糸ならではの表現です。
(中央)《月に架ける》三橋遵 1993年 国立国際美術館蔵
(左奥)《初霜》扇千花 1994年 作者蔵
(右奥)《WALL ITF》(部分)草間喆雄 1987年 国立国際美術館
小林と同時代の作家の作品も展示されています。
1980~90年代はファイバーアートの作家が多く育ち、国内外で高い評価を受けました。
「ファイバーアート」といっても作家によりさまざまな表現があることが一望できます。
《WORK 98♯106》(部分)小林尚美 1999年 京都国立近代美術館蔵
小林正和の公私にわたるパートナー・小林尚美の作品。
モノクロームの波間の上空に、キューブ状のかわいい物体がぷかりと浮遊しています。
《Space Ship♯005 2001(スペース・シップ♯005 2001)小林正和 2001年 個人蔵
小林正和は、作家活動以外にもマルチな活動をみせます。
1891年にはファイバーアーティストの仲間と共にギャラリーを開設。「ギャラリー・ギャラリー」と名付けた空間はまさにファイバーアートの実験場で、若手作家や海外の作家をつなぐ場でした。
また教育にも携わり、大学で教鞭をとって後進の育成にも力を注ぎました。
《NODATE-ANDGALLERY-95(野点-アンドギャラリー-95)》小林正和 1995年 個人蔵
「平面」から「立体」、そして「空間」とスケールを増した小林の作品は、やがて戸外へと向かいます。「NODATE」シリーズはその最初の一歩でした。
NODATE=野点は、戸外のお茶席。白いナイロン地で囲まれた空間から地面に注がれた柔らかな光が射す範囲が野点席なのでしょう。
屋外の自然の光や風の中で変化する作品です。
展示風景
1980年代から90年代にかけ「ファイバーアート」の展覧会は世界各地でさかんに開催されました。
しかし2000年代になると、繊維専門のアートは「現代アート」に呑み込まれていきます。
そんな中、中心的存在だった小林正和の軌跡をたどりながら今一度「ファイバーアート」を総括し、「その先」を考えていこうという気概が感じられる展覧会。
ファイバーアートに馴染みのない人もじゅうぶん楽しめる展示です。
角度を変えて見たり、近寄って織り方を辿ってみたり。難しく考えず、糸が織りなすファイバーアートの世界を、ぜひ楽しんでみてください。