アートな街歩き(中央線沿線編)手塚治虫の情熱と革新、『銀河鉄道の夜』完結編原画、葉っぱ切り絵の世界、そして𠮷田千鶴子の創作旅へ

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2025年8月22日

アートな街歩き(中央線沿線編)手塚治虫の情熱と革新、『銀河鉄道の夜』完結編原画、葉っぱ切り絵の世界、そして𠮷田千鶴子の創作旅へ

今回は、中央線沿線をめぐるアートの旅へ。
吉祥寺、三鷹、八王子を巡ります。

“マンガの神様”手塚治虫の情熱と革新に触れる特別展、40年越しに完成した『銀河鉄道の夜』完結編の原画、葉っぱ一枚に命を宿す切り絵の世界、そして戦後を力強く生き抜いた女性版画家・𠮷田千鶴子の軌跡まで。

ルートは、武蔵野市立吉祥寺美術館が午前10時開館、三鷹市美術ギャラリーが20:00閉館というスケジュールを考慮。

まず吉祥寺美術館を訪れ、その後八王子へ移動してバスで東京富士美術館へ。さらに八日町経由のバスで八王子市夢美術館に立ち寄り、最後に三鷹市美術ギャラリーへ向かうと、効率よく回れるでしょう。

駅を降りるたびに広がるのは、それぞれの作家が生涯をかけて紡いだ物語。静かに作品と向き合う時間は、日常を少しだけ遠くへ連れ出してくれます。

中央線沿線でしか味わえないアートとの出会いが、あなたを待っています。

<吉祥寺>
葉っぱ一枚に広がる命と物語の切り絵世界

武蔵野市立吉祥寺美術館は、賑わう街の中にひっそりと佇む、小さな宝箱のような美術館です。日本画、版画、写真など約2500点を収蔵し、訪れるたびに異なる表情を見せる多彩な企画展を届けています。

開催中の「リト@葉っぱ切り絵展」では、手のひらサイズの葉っぱを舞台に、命を吹き込まれたような切り絵作品約50点と、その創作の軌跡が並びます。


会場のエントランス

葉っぱ切り絵作家・リトは、大学卒業後に約9年間会社員として働くなかで、自身がADHDであることに気付きます。

その特性を強みに変え、「細かい作業に没頭できる力こそアートに向いている」と考え独学で制作を開始。緻密なボールペン画や切り絵を経て、唯一無二の葉っぱ切り絵の表現を確立しました。

葉脈や形、色合いを生かして切り抜かれた動物や植物たちは、まるで葉の中で息づき、囁き合い、風に揺れているかのようです。


会場のようす

展示される約50点の作品は、実際の葉と、その切り絵を背景とともに撮影した写真を組み合わせて展示。作品が映えるような撮影の背景選びにも作家のセンスが光ります。

さらに、日本画の名作「鳥獣戯画」や葛飾北斎の「神奈川沖浪裏」「赤富士」をモチーフにした作品、ご当地展示のための作品も並びます。

試行錯誤の末に生み出された、繊細で物語性豊かな世界を存分に楽しめます。

リト@葉っぱ切り絵展 ~小さな葉っぱに広がる世界~
武蔵野市立吉祥寺美術館
2025年7月26日~9月7日
https://www.musashino.or.jp/museum/1002006/1003349/1007895.html

<八王子>
情熱と革新に生きた“マンガの神様”手塚治虫

東京富士美術館で開催中の「手塚治虫展」は、マンガとアニメ、二つの世界に革命をもたらした“マンガの神様”の息づかいを感じられる特別展です。

17歳で華々しくデビューし、60歳でその生涯を閉じるまでの43年間、創作の最前線を走り続けた手塚治虫。

その軌跡を、原稿や絵コンテ、セル画、愛用品など約200点の貴重な資料とともにたどります。


作業机の再現コーナー

展覧会は三部構成。彼の感性を育んだ子ども時代から、表現を確立するまで、そして常識を覆す挑戦の数々を展示。手塚が物語に込めた願いや読者への思いが、本人の言葉とともに語られます。


会場のエントランス

医師か画家かで進路を迷う手塚に「好きな道を選びなさい」と背中を押した母の言葉が、手塚の人生を決定づけた逸話は心を打ちます。

また、登場人物を劇団員のように扱い、作品ごとに異なる役を演じさせる「スター・システム」も見どころ。性格や所属、報酬まで細かく記したキャラクター手帳には、創作への徹底した愛情が感じられます。

情熱と創意工夫に満ちた手塚ワールドに浸れる、珠玉の時間がここにあります。

手塚治虫展
東京富士美術館
2025年7月12日~9月15日
https://www.fujibi.or.jp/exhibitions/3202507121/

<八王子>
40年越しに紡がれた『銀河鉄道の夜』完結編

八王子市夢美術館では、宮沢賢治の未完の名作『銀河鉄道の夜』を、40年という気の遠くなる歳月をかけてマンガ化し続けてきた、ますむらひろしによる待望の「完結編」原画展が開かれています。


会場のエントランス

文章だけで描かれた賢治の世界は、読む人の胸の奥で無限に広がる想像の宇宙。その言葉の美しさと多義性を損なわずに絵にすることは、長く“極めて困難”とされてきました。

けれども、ますむらは1983年から幾度も挑戦を重ね、40年の歳月を経て、ついに全4巻の「四次稿編」を完成させたのです。

展覧会では、2023年の前編展示に続き、物語後半を中心とした原画が並びます。緻密な構図と豊かな色彩が、文字だけでは見えなかった風の匂いや光の揺らぎ、登場人物たちの息づかいまでも呼び起こし、ジョバンニとカンパネルラが銀河を駆ける永訣の旅を、迫力と静謐さを併せ持つ画面で鮮やかに甦らせます。

特に、文章に色の指定がない場面では想像力を存分に発揮。一発描きだからこその緊張感と職人技が宿る彩色は、この展覧会の大きな魅力です。

ますむらひろしの銀河鉄道の夜 -完結編
八王子市夢美術館
2025年6月27日~8月31日
https://www.yumebi.com/exb.html

<三鷹>
油彩から晩年作まで辿る𠮷田千鶴子の創作旅

三鷹市美術ギャラリーは、三鷹駅前の商業施設5階にある多目的美術空間。企画展のほか、太宰治展示室も併設しています。


会場のエントランス

展覧会では、三鷹ゆかりの美術家・𠮷田千鶴子の軌跡を紹介。油彩から抽象版画へと展開し、戦後日本の女性美術家として独自の道を歩んだ姿をたどります。

𠮷田は、1924年横浜生まれ。油彩画家として出発後、版画家へ転向。女流版画会創設や国際展受賞など活躍し、晩年まで三鷹で制作を続けました。

𠮷田は、戦後間もない混沌の中で岡本太郎のアヴァンギャルド芸術研究会に身を置き、感性を磨きながら抽象表現へと歩みを進めました。

版画家・𠮷田穂高との結婚を機に、日本初の女性による版画団体「女流版画会」を結成し、色彩豊かな抽象版画で新たな地平を切り拓きます。

初期の油彩から植物や生きものを描いた晩年作まで、情熱を燃やし続けた女性美術家の息づかいに触れることができます。

𠮷田千鶴子 ── 踊れ、謳へ、描け
三鷹市美術ギャラリー
7月5日~9月7日
https://mitaka-sportsandculture.or.jp/gallery/event/20250705/