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2024年11月1日
生誕1250年記念特別展 空海 KŪKAI ― 密教のルーツとマンダラ世界/奈良国立博物館
エントランス看板
空海。おそらく日本で最も有名なお坊様ではないでしょうか。
遣唐使で唐に渡って、日本に密教をもたらした…ってことは学校で習ったけど・・・。でも密教ってなんだ?
そんなあなたも、とことん目で見て楽しめる展覧会が奈良国立博物館で開催されています。
生誕1250年記念となる本展は、館長曰く「かつてない空海展」。
全115点の展示物のうち国宝28件、重要文化財59件、また現存最古にして、空海が制作に携わった唯一の両界曼荼羅である国宝《高雄曼荼羅》(京都・神護寺)が修理後、一般初公開。
大注目の展覧会なんです。
展示会場に入ると、暗がりの中に没入感満点の光景が広がります。
中央の大日如来を囲む仏たち、奥には巨大な両界曼荼羅(りょうかいまんだら)。
空海の伝えたかった密教の世界の再現です。
国宝《五智如来坐像》平安時代(9世紀)京都・安祥寺所蔵
密教の教えを絵図で示したのが曼荼羅。空海は、人びとにわかりやすく伝わるよう立体空間で表しました。
会場では、京都・安祥寺の国宝《五智如来坐像》5軀を配置し、リアル曼荼羅空間を造ってしまいました。
密教のことを知らなくても、その威厳には圧倒されるばかり。
(手前)重要文化財《大日如来坐像》平安時代(887年頃)和歌山・金剛峯寺所蔵
壁一面に十二天像の絵図が掛けられ、高野山・金剛峯寺の大日如来も御座します。
すべてのものは大日如来が姿を変えたものであって、本来持っている仏性に目覚めれば生きながら仏の境地に至ることができる、というのが密教の「即身成仏」の教え。
密教の真髄を言葉で伝えるのは難しいと考えた空海は、目で見て体感する手段で密教の教示を伝えようとしたのです。
法要風景
記者内覧会では会場で法要が行われました。静まり返った会場に読経が響き渡り、なんとも厳かな雰囲気に。
密教は仏教の教えのひとつで、インドで生まれました。
密教のうち大日如来の慈悲と悟りの世界を説く「大日経」は陸のシルクロード経由で中国へ伝わりましたが、即身成仏への道を説く「金剛頂経」はインドネシアから中国へ至る海のシルクロードを渡って伝わりました。
展示風景
本展では、これまであまり注目されなかった「海のシルクロード」経由の密教にもスポットをあてています。
《四面八臂降三世立像》インドネシア・中部ジャワ期(8~9世紀)インドネシア国立中央博物館所蔵
この像はインドネシア・ジャワ島で出土したもの。密教は、インドから海のシルクロードを通ってインドネシアにも伝来しました。
インドネシアの仏像はケチャック風なポージング。とってもダンサブルなところがチャーミングです。
そして奥へ進むと、目の前に現れたのは小宇宙でした。
展示風景
部屋中央、ジャワ島出土の金剛界曼荼羅彫像群をぐるりと取り囲み、まるで太陽系の惑星のように球体に囲まれた如来や菩薩が浮かんでいます。
これこそが密教の世界観。LEDに浮かび上がる現代の曼荼羅を体感できる仕掛けです。
密教は陸と海のシルクロードを通ってそれぞれ唐に渡り、空海の師・恵果(けいか)によって一対の思想として整えられました。いよいよ空海の登場です。
空海は18歳で京の大学寮に入りますが、大学での勉学に飽き足らず仏道に進みます。
密教の経典「大日経」と出会った空海は、経典だけでは密教の教えはわからないと決断。遣唐使の一員になるチャンスをつかんで唐に渡ります。
重要文化財《高野大師行状図画 巻第二》鎌倉時代(14世紀)和歌山・地蔵院所蔵(前期展示)
唐では、国の危機を修法で救ったという密教が皇帝に認められ隆盛していました。
空海は、「大日経」と「金剛頂経」を一対に大成させた僧・恵果と運命的な出会いを果たします。
恵果は空海の才を見抜き、教えを伝授。10年はかかるはずの学びを空海はたった3か月で会得し、2年後に日本へ帰国します。
国宝《弘法大師請来目録》平安時代(9世紀)京都・教王護国寺(東寺)所蔵(前期展示)
唐での成果を朝廷に報告するために空海が作成した文書。師の恵果から譲られた経典や法具の目録、密教の重要性などが説明されています。
これは空海がしたためた文書を天台宗の祖・最澄が借り受けて書写したもの。最澄(さいちょう)と空海の交流を示す史料としても貴重な記録です。
国宝《金銅密教法具》中国・唐(9世紀)京都・教王護国寺(東寺)所蔵
空海が唐から持ち帰った、密教の修法に使う法具。
東寺では現在も、御七日御修法(ごしちにちみしほ)という真言宗最高の儀式で大阿闍梨の所用具として用いられています。
1200年の時を経てなお渋い輝きを放つ現役の品です。
国宝《両界曼荼羅(高雄曼荼羅)》のうち胎蔵界 平安時代(9世紀)京都・神護寺所蔵(前期展示、金剛界は後期展示)
本展の見どころ、空海自ら制作を指揮した現存最古で唯一の国宝両界曼荼羅「高雄曼荼羅」。修理後初の一般公開です。
近くで仰ぎ見ると、大きさをしみじみと実感します。
一見すると黒っぽく見えますが、赤紫綾を地絹として金銀泥で図柄が描かれています。
2016年から2022年にかけて修理が行われ、往年の金銀の描写が蘇りました。
5月12日までは胎蔵界、5月14日からは金剛界の曼荼羅が展示されます。ぜひ実物をご覧あれ!
国宝《灌頂歴名》(部分)平安時代(812~813年)京都・神護寺所蔵(展示期間:4月13日~29日)
空海は812年から翌年にかけ、高雄山寺で結縁灌頂(けちえんかんじょう)を行いました。
灌頂とは、師が弟子に法を授け、正統な継承者であることを認めるもっとも重要な儀式。
灌頂歴名は、灌頂を受けた人の名簿。天台宗の開祖・最澄の名も見られます。
空海が手元控えとして書き留めた、本人直筆の書です。
国宝《風信帖》(部分)平安時代(9世紀)京都・教王護国寺(東寺)所蔵(前期展示)
比叡山延暦寺を建て天台宗を開いた最澄は空海と同時期に唐に渡り、帰国してから深い交流が始まりました。
こちらは空海が最澄にあてた直筆の手紙。ふたりが経典などを見せあい、親しく交流していたことがわかります。
展示風景
密教の法が国を護る力があると期待され、空海は天皇の信頼を得て平安京の入り口の東寺を任されます。
東寺に伝わるこの国宝両界曼荼羅(西院曼荼羅〈伝真言曼荼羅〉)は、彩色では最古であるにもかかわらず鮮やかな色彩が残る完成度の高い曼荼羅です。
国宝《金剛般若経開題残巻》(部分)平安時代(9世紀)奈良国立博物館所蔵(前期展示)
空海は布教のための執筆活動にも力を入れました。
これは密教の経典「金剛般若経」の内容をわかりやすくまとめた空海自筆の著作。行間に修正を書き込み、推敲を重ねたことがわかります。
さらりとした筆運びですが、書の美しさも一級品。
空海は嵯峨天皇、橘逸勢(たちばなのはやなり)と並んで「三筆」と称されるほどの能書家でした。
《弘法大師坐像(萬日大師)》室町~安土桃山時代(16~17世紀)和歌山・金剛峯寺所蔵
やがて空海は、自然の中で心静かに修行したいと望み、高野山に金剛峯寺を建立します。
空海は835年に亡くなります。真言宗では、空海が永遠の瞑想に入ったという意味の「入定(にゅうじょう)」と呼び、今でも東寺や高野山では空海に食事を届ける「生身共(しょうじんぐ)」という儀式が続けられています。
重要文化財《孔雀明王坐像》(部分)鎌倉時代 正治2年(1200年頃)和歌山・金剛峯寺所蔵
鎌倉時代に活躍した仏師・快慶が高野山孔雀堂完成にあわせて造った像。
この孔雀明王は、空海が描いたといわれる画を立体化したもの。孔雀堂は後鳥羽上皇の祈願所となりました。
空海を慕う人は絶えず、弘法大師信仰が広まっていきます。
「生きながら仏に」という即身成仏の教えは当時の人びとの望みとして受け入れられ、空海は権力者から庶民まで多くの人に慕われました。
鹿さんもお出迎え
視覚的・立体的な工夫を凝らした展示で密教を体感し、空海のスーパースターぶりをじっくり観ることができるかつてない展覧会です。
奈良公園では、名物の鹿さんたちもお出迎え。
さすが神の使い、子鹿も凛々しい表情ですね。
人なつこい鹿と戯れたあとは、近隣の東大寺や興福寺への散策もいかがでしょう。