Viva! Agri-Culture!… えだまめとラディッシュ

本田正初となる個展が渋谷で開催。人と人がつながる「障害のある人の展覧会」とは

2023年5月9日

新しい形の「障害のある人の展覧会」を考えること。キュレーターの嘉納礼奈さんに詳しく聞いてみました

2023年5月12日より、MHD Artists Scholarship Program(MHD アーティスト奨学金プログラム)スカラシップ受賞作家の本田正さんの初個展「Viva! Agri-Culture!… えだまめとラディッシュ」を渋谷区で開催します。

作家初の個展となる本展では、作家のライフワークである農業(カルチャー=耕す)が文化(カルチャー)の語源であることをテーマとし、中でも代表的なおつまみとして親しまれている枝豆とラディッシュにフォーカスした新作を展示します。

サーフィン・アート・農業をライフワークとする作家、本田正

1979年、福島県須賀川市に生まれ、現在も暮らす本田正さんは、17才でサーフィン、26才で絵画に目覚め、以後はサーフィン、アート、生業とする農業の3つをライフワークとする作家です。


本田正さん ポートレート

2011年の東北地方太平洋沖地震の際、海を見たショックでうつ病になり、病院を診察した際に発達障害と診断された本田さん。

以降、10代から20代にかけては仕事が長続きせず、社会に適応できない生きづらさと悩みを抱えながら生きていましたが、農業を始めて、気がつくと野菜や果物の絵を描いていました。

自分で野菜を作って、作品でも野菜を作る。
野菜や果物の一箇所を切り抜いたイメージで描かれた図形のような絵画で独自の造形表現を切り開きました。

おつまみの代表格「枝豆」と「ラディッシュ」にフォーカスした新作


《えだまめとラディッシュ(春夏)》

本展では、新作である全長4mの四曲一双の屏風を展示。

さらに、作家が全国5箇所(宮城、福島、東京、奈良、福岡)の人びとにラディッシュを育ててもらい、そのようすをレポートしてもらった映像や写真作品も発表します。

また、育ててもらった人とのコミュニケーションから触発され創作した絵画も展示します。

作家の主体性を大切にしたキュレーション

本展のキュレーションは嘉納礼奈さんが担当。

嘉納さんは芸術人類学を専門とし、『アール・ブリュット アート 日本』(平凡社)の著書ほか、2021年に開催された展覧会、ポコラート世界展「偶然と、必然と、」(アーツ千代田3331*)のメインキュレーターを務め、活躍されています。

*アーツ千代田3331:旧千代田区立練成中学校を改修して誕生したアートセンター。2023年3月15日閉館。

今回、作家初となる個展をキュレーションするにあたり、作家と一緒に練り上げていく展覧会を企画したという嘉納さん。

障害者のある人の展示を行う場合、キュレーターが既存の作品を作家や施設から預かり、作家自身が関わらずコンセプト作りを行い、展示することが多いです。

しかし、現代美術の個展などでは、作家が展示に携わるのは当然のことで、作家とキュレーターが話し合いを重ねてコンセプトや企画が進められて行きます。

嘉納さんは、「障害者アート」の枠組みで感じていたこの疑問を解決するために、作家の主体性を大事にしたキュレーションを行い、本展を企画しました。

嘉納さんが提示する新しい「障害のある人の展覧会」に注目です。

本展についてキュレーターの嘉納礼奈さんに聞いてみた

キュレーターの嘉納さんに、本展覧会に込めた想いや見どころについてお聞きしました。

──嘉納さんと本田さんの出会いについて教えてください。

2016年に前職のアーツ千代田 3331の公募展に本田正さんが応募してくださったのがはじまりです。

それ以来、今日まで7年以上、本田さんの作品展示に関わりました。また、自身の作品を定期的に見せてくださったり、他の作家の作品について議論をしたり、展覧会の話をしたり、私がキュレーションした展示に見に来てくださったり交流が続いています。

──作家の主体性を大切にした新しい形の障害のある人の展覧会ですが、本田さんとのコミュニケーションの中で、本田さんご自身の言葉を引き出す上で大切だと思ったこと・感じたことを教えてください。

展覧会も他のあらゆる事業と同様、目指すべき日程があり時間に限りがあります。

とはいえ、コミュニケーションに時間を沢山とることに尽きます。できるだけ長く話を聞く、言葉を待つ、何度も聞いたり、確認する。同じ内容の話し合いでも、その日の調子によって良くも悪くも変わることがあります。

たくさんの意見を引き出せる時と、そうでない時があります。そのような時は、私も本田さんもどちらも無理をしないことです。

多くの時間をとることで、お互い冴えた状態で議論を交わしあえる時が必ずあります。展覧会に向けて8ヶ月間ほど話して、最後の方は、本田さんの「こだわり」のツボがここだなと分かるようになってきました。

──キュレーションするにあたって、大切にしたことを教えてください。

特に、キュレーション側は本田さんが作家として作品を見せる上での「こだわり」を外してはならないということがあります。

キュレーション側の都合にならないように、作家が置いてきぼりにならないように注意をしました。

どのような展示にしたいか、個展を通してどのようなことを伝えたいかとコンセプトを考え、テーマ、タイトルを考えるところから、新作を発表すると言うこと、新作の主題、大きさ、形状、素材、展示方法、会場構成などを作家と議論しながら進めました。

作家が気を使わずに「ノー」と言える関係を築くことが大切かもしれません。

──展覧会の見どころについて教えてください。

本展では、文化(カルチャー)は「耕す」を意味するラテン語が由来することから、作家が農業やサーフィンをしながら感じる四季や一日の時間の移ろいをテーマとし、制作を発表します。

中でも代表的なおつまみとして親しまれている枝豆とラディッシュの栽培にフォーカスした新作の四曲一双の屏風を展示します。それぞれ4mの長さの大作です。

また、作家が全国5箇所(宮城、福島、東京、奈良、福岡)の人びとに種を送り、えだまめとラディッシュを育ててもらったようすを記録した写真も同時に発表します。

これらの記録写真からインスピレーションを得て、屏風が作られました。

──最後に、本展を通して本田正さんと嘉納礼奈さんが鑑賞者へ伝えたいことをお聞かせください。

本田正さん:通常は、展覧会の企画に乗っかり、既存の作品を展示に貸し出します。意見はなんとなく言いづらかったです。今回は、こだわったことが言えて企画に反映されてとてもよかったです。

また、展覧会のために新作を作って発表すると言うことは初めてでした。

目的なく作るのもいいですが、目的があって作るのもいいなと思いました。ぜひ、新作の4mの屏風2点を見に来ていただきたいです。

嘉納礼奈さん:本田さんのこれまでの作品と同様に、今回の個展で発表する新作も当然、彼の人生のこれまでの経験から生まれて今後の人生に繋がっていきます。

彼の独自のスタイルの絵、極彩色の野菜や果物と波のモコモコの形の合わさった絵は、2011年の東日本大震災の直後に見た黒い海がきっかけで生まれた創作です。

本田さん自身、「最初は無意識のレベルだったが、一度壊れた後のあの暗い海を再生させるべく、明るい絵を描いている気配がある」と語っています。

そこには、本田さん自身の姿も重ね合わせていると思います。あの日をきっかけに、病気と障害が見つかったのです。

新しい職場で働き、季節や一日の移ろいを感じながらサーフィン、農業、アートに取り組んできました。黒い海から生まれたカラフルな再生の物語の一部をぜひ見にきていただきたいです。

本田さん、嘉納さんありがとうございました。

本田正初個展「Viva! Agri-Culture!… えだまめとラディッシュ」は、(PLACE) by method(東京都渋谷区東 1-3-1 カミニート♯14)にて、2023年5月12日~21日まで開催します。

嘉納さんと本田さんが約8か月間、ひたすらにコミュニケーションをとって作り上げた本展。

多くの人が本展へ足を運び、展示を観て「障害のある人の展覧会」について考えるきっかけになればと思いました。

【関連コラム】

本展のキュレーターである嘉納礼奈さんのインタビュー記事はこちら

Exhibition Information

展覧会名
本田正 初個展 Viva! Agri-Culture!… えだまめとラディッシュ
開催期間
2023年5月12日~5月21日 終了しました
公式サイト
https://soup.ableart.org/news/6520/