第8回横浜トリエンナーレ「野草:いま、ここで⽣きてる」/横浜美術館

現代の「生きづらさ」の正体とは?絶望を起点に「ともに生きる」手がかりを探る 現代アートの国際展【横浜美術館 ほか】

2024年3月25日

第8回横浜トリエンナーレ「野草:いま、ここで⽣きてる」/横浜美術館

横浜美術館 外観

約3年間の長期休館を経てリニューアルオープンした横浜美術館を中心とした会場で、「第8回横浜トリエンナーレ」が開幕しました。

横浜トリエンナーレは、横浜で3年に一度開催される現代アートの国際展です。

8回目となる今回は、アーティスティック・ディレクターに北京を拠点に活動するリウ・ディン(劉鼎)、キャロル・インホワ・ルー(盧迎華)を迎え、93組の多様な国・地域のアーティストの作品が展開されます。


「第8回横浜トリエンナーレ」総合ディレクター 蔵屋美香、アーティスティック・ディレクター リウ・ディン(劉鼎)、キャロル・インホワ・ルー(盧迎華)、参加アーティストたち

国際展「野草:いま、ここで生きてる」に加え、横浜市内のアート拠点を会場とした「アートもりもり!」という多彩な展示やプログラムも同時に展開され、横浜のまち歩きをしながらアートを楽しめる本展をレポートします。


現代の「生きづらさ」のもとを考え ともに生きる知恵を探る国際展

今回のテーマ「野草:いま、ここで生きてる」は、約100年前に活躍した中国の小説家・思想家の魯迅の文学作品「野草」に着想を得たもの。

1924年-26年に制作され、魯迅の宇宙観や人生哲学が記されたこの散文詩集は、「希望」ではなく「絶望」を出発点とした内容となっています。


みなとみらい駅から横浜美術館に向かうクイーンズスクエア横浜2Fには、魯迅に扮した森村泰昌の写真も。
北島敬三+森村泰昌《野草の肖像:L.X. / M. Y. September 17th, 2023》2023年

会場は横浜美術館・旧第一銀行横浜支店・BankART KAIKOなど計5カ所で、7つの章からなる構成。

現代の暮らしのなかでわたしたちが抱える、 災害や戦争、気候変動や経済格差、互いに対する不寛容といった「生きづらさ」がなぜ生じるのかをたどり、皆が共に生きていくための知恵を探ります。


会場のひとつ BankART KAIKO 外観

今回の横浜トリエンナーレで特徴的に感じた3つのポイントを軸に、いくつかの作品をご紹介します。

コロナ禍以降の「今」 世界で起こっていることに目を向ける

リニューアルで天井から柔らかい自然光が降り注ぐようになった横浜美術館。グランドギャラリーの広大な空間には、まさに今の時代に起こっている事象をテーマとした作品が並びます。


自然光が差し込む 横浜美術館 グランドギャラリー

ホールに響きわたる不穏な声が印象的なのは、ウクライナのアーティスト集団 オープングループの《繰り返してください》という、難民キャンプに逃れたひとびとが武器の音を口で再現した作品。

音で兵器の種類を聞き分けて行動する”生きるための知恵”が必要な状況を表現しています。


オープングループ(ユリー・ビーリー、パヴロ・コヴァチ、アントン・ヴァルガ)《繰り返してください》 2022年

毎日、戦争の報道を目にしつつも、すこし遠い出来事にも見える中、自分たちと同じ市民の状況を想像させます。


セレン・オーゴード 《プレッパーズ・ラボ》 2024年

元料理人のセレン・オーゴードは、発酵食品や保存食についての料理番組のような映像インスタレーション作品を展開。

コロナ禍において、わたしたちも、これまではスーパーでいつでも買えたものが突然手に入らなくなったりした経験を思い出しながら、「日常」のシステムが実は安定したものではないことを再認識させられます。


エマニュエル・ファン・デル・オウウェラ《ビデオスカルプチャーXXVIII(1月6日)》 2023年 作家蔵

エマニュエル・ファン・デル・オウウェラによる《ビデオスカルプチャーXXVIII(1月6日)》は、ドナルド・トランプ前アメリカ大統領の支持者が国会議事堂を襲撃した際のインターネット上の動画を用いたビデオインスタレーション。

スマホの中で扇情的な動画を見ると、ついそれだけが真実のように見えてしまいがちですが、彫刻作品化することで現実との距離感を示します。


中央ヨーロッパのデモとその衝突のようすを客観的な視点で撮影したトマス・ラファの映像作品は会場内に複数展示されている。
(左)トマス・ラファ《Video V59 ロマ人に対する民族主義者の抗議》 2013年
(右)ジョシュ・クライン《営業終了(マウラ/中小企業経営者)》2016年、《生産性の向上(ブランドン/会計士)》2016年

「歴史」を通じて「現代」を考える

「現代アート」の国際展である横浜トリエンナーレですが、今回は50-100年ほど前に制作された作品も多く展示されているのが印象的でした。

これは、「歴史」と「現在」が互いに鏡のように映し出されることを目指したもので、偉人たちの歴史だけでなく、庶民の「歴史」からの学びに注目しています。


1950年代、戦前戦中のナショナリズムに変わる新しいアイデンティティを求める傾向のなかに見られた「縄文ブーム」に着目したセクションも。

「苦悶の象徴」の章は約100年前に活躍した日本の文筆家、厨川白村の著書からタイトルをとったもの。

1902年から7年間にわたり日本に留学した魯迅は、帰国後、中国に近代的な考え方を伝えるため、文字が読めない人にも伝える手段として版画を使った活動も展開します。


「苦悶の象徴」展示室風景

この展示室では、日本の版画家 小野忠重による1930年代前後に労働者の苦しい生活を描いた《三代ノ死》と、魯迅が指導した「一八芸社」に参加した中国の版画家 鄭野夫(ジョン・イエフー)による1931年の揚子江大洪水をテーマにした木版画《水災》が並びます。


小野忠重《三代ノ死》 1931年 町田市立国際版画美術館蔵

当時、日本と中国の間で共鳴し合った木版画運動。そこに描かれているのは、2つの国の100年前の庶民のようすですが、現代でもシンパシーを感じられる部分があるかもしれません。


鄭野夫《水災》

同展示室で、アメリカのトランスジェンダーアーティスト ピッパ・ガーナーは、「女性らしさ」「男性らしさ」をかき乱す写真作品を展示。

1960年代から男女のイメージによる生きづらさに焦点を当てた作品が制作されますが、その生きづらさはまだまだ現代にも残るようにも感じられます。


ピッパ・ガーナー《un(tit)led(軍服のセルフポートレート)》 1997/2024年


横浜美術館エントランスに設置された 性別や年齢、肌の色などのことなる多様なひとをひとつの彫刻として表現した作品もピッパ・ガーナーの作品です。
ピッパ・ガーナー《ヒトの原型》2020年

今ある「当たり前」の流れを問い直すアート

今ある「当たり前」を身近な視点から問い直し、変えていこうとする視点を与えるような作品も多く感じられました。


台湾の工場で働くヴェトナム人女性たちが寮でストライキを行ったようすに着想を得て制作された作品
你哥影視社(スー・ユーシェン/蘇育賢、リァオ・シウフイ/廖修慧、ティエン・ゾンユエン/田倧源)《宿舎》 2023/2024年

ワルシャワを拠点に活動するアネタ・グシェコフスカは、母親そっくりにつくられた人形と遊ぶ娘や、人間の仮面をかぶった飼い犬を撮影した写真作品を展示。

日常の役割を転換することで、わたしたちの当たり前を見直させます。


仮面をかぶった犬や、母親である自分自身そっくりにつくった人形と娘などをモチーフにした写真を中心とした アネタ・グシェコフスカによる作品群

旧第一銀行横浜支店の会場では「革命の先にある世界」をテーマに、世の中の流れに抗うような作品が多く展示されていました。


SIDE CORE《construction giant》 2024年

松本哉は山下陽光らと高円寺でリサイクルショップ「素人の乱」を運営しつつ、放置自転車の撤去反対を訴えるデモや高円寺再開発反対デモなどの活動を展開します。


旧第一銀行横浜支店内「革命の先にある世界」展示風景

3つの会場で作品を展示するSIDE COREは、横浜美術館では、その壁面一面を使った巨大なグラフィティ《big letters, small things》を制作。

消されてもまた描かれる落書きのように、会期中、壁画は毎日少しずつ変化を続け、今ある状況を更新し続けます。


SIDE CORE《big letters, small things》 2024年 は、この日もクレーンに乗って壁画が描き足されていました。

まとめ

歴史や政治と向き合った作品が多い、今回の横浜トリエンナーレ。

その中で個人的に印象的だったのは、ラファエア・クリスピーノのネオン管をつかった静かな作品《We don’t want other worlds, we want mirros(われわれは他の世界なんて必要としていない。われわれに必要なのは、鏡なんだ)》です。


(左)ラファエア・クリスピーノ《We don’t want other worlds, we want mirrors(われわれは他の世界なんて必要としていない。われわれに必要なのは、鏡なんだ)》2013年
(右)オズギュル・カー《枝を持つ死人(『夜明け』より)》 2023年 作家蔵

現代の「生きづらさ」のもとにあるわかりあえなさや分断を象徴するような言葉にも感じられる一方、「鏡」で自分自身を見直すことがそれを解消するヒントにつながるようにも感じられます。

「芸術祭」のような祝祭感からは少し遠くも感じられますが、日本でもっとも古い現代アートの国際展のひとつであることや、舞台である横浜の「国際性」も強く意識した展示となっていました。


馬車道駅内の展示「石内都 『絹の夢ーsilk threaded memories』」。
このほかにも、みなとみらいの各所で無料展示も多数展開されています。

横浜トリエンナーレの会場以外でも、みなとみらい近郊では多くのアートプログラムも展開されています。

同時開催の「BankART Life7「UrbanNesting:再び都市に棲む」」と「黄金町バザール2024 —世界のすべてがアートでできているわけではない」などもめぐりながら、いまの世界を見つめ直してみませんか。


横浜美術館から、旧第一銀行横浜支店・BankART KAIKOへと移動する間に見えるみなとみらいの風景