演劇は戦争体験を語り得るのか/早稲田大学坪内博士記念演劇博物館

戦後80年。演劇から戦争体験を読み解く【早稲田大学演劇博物館】

2025年6月5日

2025年は、第二次世界大戦終結から80年という節目の年です。

多くのミュージアムで「戦争」に関する展覧会が開催されている中、早稲田大学演劇博物館では、演劇というジャンルから戦争について考える展覧会が開催中です。

本展では、公演ポスターや戯曲原稿、舞台美術模型、公演映像などの資料を展示。
日本の演劇作品において、第二次世界大戦の経験がどのように語られ、イメージ付けられてきたのかを紐解きます。

演劇の中で表現される戦争

展示室内の戯曲引用出展一覧は、出品リストに記載

戦争を題材とした作品は、絵画はもちろん、文学や映画でも多く生み出されてきました。

演劇というジャンルにおいても、戦争を取り扱った作品が多くあります。
しかし、演劇はその性質上、戦争の悲惨な光景を映画のような写実性や、小説のような詳細さを伴って描き出すことはできません。

そこで劇作家たちは、演劇の強みである舞台美術や役者の演技力を活かし、どの時代の人でも戦争の記憶にアクセスできるような作劇法を模索してきました。

第4章 展示風景 展示室内の戯曲引用出展一覧は、出品リストに記載

役者の発する台詞や表情、リアリティある舞台美術。
それらを巧みに使う演劇という表現には、観客を当事者にするような鋭さがあります。

日本の演劇では、どのように戦争が表現されてきたのでしょうか。
本展では、100点以上の資料からその問いかけに迫ります。

日本の戦後80年を演劇で振り返る

プロローグと全5章で構成される本展。

第二次世界大戦中から、今もなお続く沖縄の基地問題まで、実に幅広く「戦争」に関する演劇作品を紹介しています。

第1章 展示風景 展示室内の戯曲引用出展一覧は、出品リストに記載

また、展示室には各章を代表する戯曲の一節をパネルで紹介。

小説とはまた違う、戯曲ならではの文章表現からくる語り口は、どれも胸に迫って来るようです。

ちなみにこちらのパネルは、章ごとに色が違います。
それぞれの章をイメージした色を使用しているのだとか。

第2章 展示風景 展示室内の戯曲引用出展一覧は、出品リストに記載

舞台美術家の堀尾幸男による、舞台美術模型にも注目です。

本展出品にあたり、堀尾自らがそれぞれの舞台美術模型に、手書きのメッセージを添えています。

さまざまな視点で「戦争」を表現

戦後を生きる私たちにとって、第二次世界大戦と聞いて思い浮かべることは「原爆」や「敗戦」ではないでしょうか。

本展では、そうした被害者という側面だけではなく、加害者としての日本を表現した演劇作品も紹介します。

ここでは、その一部をご紹介します。

「場所」が演劇の舞台となる

高山明/Port B『サンシャイン62』ツアー・パフォーマンス紹介パネル 2008年 データ提供:高山明/Port B

演出家の高山明による創作ユニット「Port B」が、2008年に池袋で実施したツアーパフォーマンス『サンシャイン62』の紹介パネルです。

戦後、GHQが戦争犯罪者(戦犯)を収容した巣鴨拘置所の跡地に建つサンシャイン60。現在では、池袋のランドマークとして親しまれています。

サンシャイン60を起点に、戦争の記憶を辿るこのツアーパフォーマンスは、参加者一人ひとりがつくる、戦後日本の「いま」を辿る時のツアーです。
まさに演劇の枠を飛び越えた表現です。

パネル内のQRコードをスマートフォンで読み込むと、『サンシャイン62』で使用されたインタビュー音声を見ることができます。
イヤホンがあると便利です。

加害者としての日本を演劇で表現

劇団チョコレートケーキは、文献調査をもとに、日本の加害の側面に焦点を当てて描いた作品を公演しています。

写真の右から2番目の虹色の手が印刷されたチラシに注目。
こちらは、陸軍大将・松井岩根に焦点を当てた『無畏』の公演チラシです。

日中友好を誰よりも願っていた松井は戦後、南京事件の責任を問われ、戦犯として死刑判決を受けました。

『無畏』は、松井自身の回想録を軸に、彼の生涯を辿りながら「なぜ南京事件は起きたのか」という問いに迫る作品です。

第4章 展示風景燐光群が制作した『サイパンの約束』(写真右側)は、実際にサイパン、テニアンを取材して描いた作品。

対戦前、サイパンには日本人町があり、日本各地から夢を抱いて多くの移民が移り住んでいました。

第二次世界大戦で米軍はこのサイパン島を圧倒的な軍事力で攻撃し、沖縄へと向かいます。(サイパン玉砕)

サイパン島の近くにあるテニアン島には、日本軍がつくった飛行場があり、それを米軍は占拠し、やがて広島・長崎に落とされることになる原爆を保管していました。

戦後80年。だけどまだ終わらない戦争

第5章 展示風景 展示室内の戯曲引用出展一覧は、出品リストに記載

沖縄戦に関する演劇作品は、2010年以降の受賞作が多いといいます。

比較的最近の受賞作が多いことについて、本展担当の近藤つぐみ助手は以下のように話してくれました。

沖縄では、戦争が過去の出来事ではなく、基地問題など現在進行形で続いています。そのため、沖縄をテーマとする演劇作品では、過去から現在と時間軸が交差する不思議な構成をみることができます。

また、沖縄戦についての演劇を現地で公演し続ける劇団「エーシーオー沖縄」の公演写真も展示しています。

こちらは、展示室の外にパネル展示されています。お見逃しなく。

1945年8月15日から80年。世界各国では未だ争いが絶えません。

そうしたなか、過去の演劇の戦争イメージのあり方を見直すことは、私たちにとって重要なことです。

本展に展示されている作品からも、戦争という凄惨な現実が巧みに表現されていることが読み取れます。

また、紹介されている演劇作品内容の説明も充実しています。

演劇作品内容については、早稲田大学演劇博物館の公式サイトにPDFが掲載されています。
おうちでじっくりと読みたい方は、こちらをご覧ください。