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クロード・モネの世界にひたる。日本初公開作品を含む〈睡蓮〉などを堪能【国立西洋美術館】
2024年11月1日
日本には、美術館・博物館がたくさん存在しています。
年に何度か足を運んだり、旅先でお楽しみとして訪れたり・・・素敵な館が全国のさまざまな場所にありますよね。
「学芸員の太鼓判」は、全国の館の自慢の名品を詳しく知りたい! そんな想いから生まれた企画です。本連載では、全国の美術館・博物館の自慢の所蔵品を詳しくご紹介。
今回は国内外の優れた写真作品を展示・収集・研究する「東京工芸大学 写大ギャラリー」の所蔵品を紹介します。
写大ギャラリー
写大ギャラリーは、東京工芸大学の中野キャンパスに位置する写真教育機関です。
オリジナル・プリント*の所蔵数は1万点超え!ウィン・バロックを始め、アンセル・アダムスやエドワード・ウエストンなど、20世紀の世界的巨匠の名作や、W.H.フォックス・タルボットやナダールのような19世紀の歴史的作品など、数多くの著名写真家の作品を所蔵しています。約1,200点の土門拳コレクションと、約1,000点の森山大道コレクションを有することでも知られています。
*オリジナル・プリント・・・写真家自身により制作され、署名などが入れられた、写真家の最終的な表現媒体としてのプリントのこと。芸術作品の一つのジャンルとして、当時海外の美術館などではすでに展示・収集されるようになっていた。
土門拳「中宮寺観音菩薩半跏像」
国内外の優れた写真作品を展示・収集・研究する常設施設として写大ギャラリーが設立されたのは1975年のこと。
写大ギャラリーの初代運営委員長であり、第一線で活躍する写真家であった細江英公(ほそえ えいこう)が教授として迎えられた際、写真教育に携わる条件として、本物の写真を日常的に見せられるギャラリーの設置を提案したことがきっかけで誕生しました。
人間写真家 細江英公「旭日重光章」受章記念写真展(2018年)
1975年5月20日の設立以来、オリジナル・プリントを活用した展示を幅広く行っています。
「あれ?工芸大にあるのに写大ってどういうことだろう?」と思われる方も多いのではないでしょうか。
実は写大ギャラリーが設立された当時、東京工芸大学は東京写真大学という名称で、略して「写大」と呼ばれていました。1977年に校名が現在の東京工芸大学に変更された後も、永年親しまれてきた「写大」という呼び名をギャラリーの名前に残しています。
海外の著名写真家の初個展や、歴史的意義のある国内作家の写真展など、数多くのユニークな展覧会を開催するなど、幅広い展示を行う写大ギャラリー。
今回詳しくお話を聞いたのは、深尾美希子学芸員です。深尾学芸員は、展覧会運営や収蔵作品管理などをされています。
写大ギャラリーが誇る作品、そして深尾学芸員イチオシの作品をお聞きしました!
公式サイトはこちら
森山大道「アクシデント・6」事故 警視庁・交通安全ポスターより
森山大道(もりやま だいどう)は、現在も日本の写真界の第一線で活躍している写真家です。
1967年に「にっぽん劇場」で日本写真批評家協会新人賞を受賞。1969から1970年には多木浩二や中平卓馬による写真同人誌『プロヴォーク』に参加し、荒々しいフレーミングと画質(ブレ、ボケ、粗い粒子、ハイコントラスト)による鮮烈なイメージで先鋭的な写真表現を展開しました。近年では海外の美術館で大規模な展覧会が開催され、世界各地で写真集が出版されるなど、国際的な評価も得ています。
この「アクシデント」というシリーズは、1969年に写真雑誌『アサヒカメラ』で一年間(12回)にわたって連載されていました。そのうちの1点であるこの作品は、警視庁の交通安全ポスターを複写したものです。事故そのものではなく、自分で作成したものでもない、もらってきたポスターを撮影したこの作品。印刷のハーフトーンや、ポスターに反射した光まで写り込んでしまっています。
事件や事故など社会的でタイムリーな題材を扱いつつ、テレビ画面やポスターの複写といった手法が大胆に取り入れられたこのシリーズでは、写真の時代性や複製性を問いかける作品となっています。
作品のポイント
・森山の初期作品!
・複写という手法を大胆に用いた作品
森山大道の貴重なヴィンテージ・プリント
こちらの作品をはじめとした、写大ギャラリーで収蔵している森山大道作品900点は、全て森山本人によって制作されたヴィンテージ・プリントです。ヴィンテージ・プリントとは、写真のプリントのなかでも、撮影した当時に制作されたもののことを指します。
ヴィンテージ・プリントは、写真家の撮影時の意図を最も表すものとして美術館などでは重視されています。しかし、森山のこれらの作品が制作された当時、印画紙に焼き付けられたプリントは印刷原稿用として制作されることが主であり、そのあとは処分や散逸することが多くありました。そのため、この写大ギャラリーの初期作品のヴィンテージ・プリントのコレクションは、匹敵する量と質の所蔵は他にない、世界的に見ても貴重なコレクションといえます。
写真に対する森山の撮影時の挑戦的な試みだけでなく、当時の時代背景までここから伺うことができます。
森山の思考をたどるヒント
写大ギャラリーに収蔵されている森山作品には、雑誌・写真集などに掲載され発表された作品のほかに、それとはトリミングや調子が異なる、同じ被写体のカット違いのプリントや、裏焼き(左右反転)、未発表のプリントが多数あります。
この「アクシデント」にも、画面の一部だけが大きくクローズアップされたもの(画像)など、同じ被写体でありながら全く異なる印象をもつプリントが複数あります。これらの作品からは、撮影とはまた違った、暗室での作品を生み出す作業、写真のあり方を問いかけた森山の思考の軌跡を伺うことができるようです。
写大ギャラリーに所蔵されている森山大道のヴィンテージ・プリント900点は、1976年に写大ギャラリーで開催された「森山大道寫眞展」で一部が展示されたものです。
1961年から3年間ほど細江英公の助手を務めていた森山は、1976年10月、かつての師である細江の呼びかけにより、写大ギャラリーで写真展を開催することになりました。その際に運び込まれた「にっぽん劇場写真帖」や「写真よさようなら」など、1960年代から1970年代における森山初期の代表作のプリントを、森山本人より作品の返却は不要との申し出がありました。これらは細江の提案により、展示しなかったものも含めた全てのプリントを一括して写大ギャラリーで購入し、収蔵することになったことがこのコレクションの経緯となります。
現在これらの作品が貴重なコレクションとして国内外から高く評価されていることを考えると、当時の細江英公に先見の明があったことが伺われます。
細江英公《薔薇刑#6》
細江英公は1933年に生まれ、1954年に東京写真短期大学(現・東京工芸大学)を卒業しました。卒業後すぐにフリーランスの写真家として活動を開始し、1959年には戦後の日本の写真表現を牽引していくメンバー、川田喜久治、佐藤明、丹野章、東松照明、奈良原一高と写真家のセルフエージェンシー「VIVO」を立ち上げます。日本写真批評家協会新人賞を受賞した「おとこと女」や、秋田の農村を舞台に舞踊家の土方巽をモデルにした「鎌鼬」など、1960年代から国際的に評価されてきた写真家です。
この「薔薇刑」は、1961年から1962年にかけて、新進気鋭の写真家だった細江によって撮影された作品です。被写体となったのは小説家の三島由紀夫。撮影は主に三島の自邸で行われました。この、肉体をモチーフとした耽美で斬新な写真表現で、細江は一躍時代の寵児となりました。
細江の代表作!制作メンバーも超豪華
この「薔薇刑」は細江英公の代表作のひとつでもあります。細江英公と被写体となった小説家の三島由紀夫とを結びつけたのは、舞踏家の土方巽(ひじかた たつみ)でした。当時全く新しいスタイルの舞踏を作り上げようとしていた土方の公演に魅了された細江が彼を訪ねたことをきっかけに撮影された「おとこと女」。その写真集などを見て興味を持った三島が、撮影を依頼したことがこの作品につながっていきます。
時には土方巽と仲間のダンサーたち、女優の江波杏子なども撮影に参加しました。また、撮影での現場とプリントを制作する暗室作業などで、助手をつとめたのが、森山大道でした。また、この作品の写真集は幾たびも刊行され、これまでに杉浦康平、横尾忠則、粟津潔らが装幀を担当しました。このような時代を彩る豪華な面々が作品に携わっていたのでした。
細江英公《薔薇刑#32》
装飾的な画面に注目
この「薔薇刑」のシリーズは、バロック的ともよく称される装飾的な画面が特徴です。超現実的な作品の中で、被写体となった三島由紀夫の肉体は、あくまでオブジェとして扱われています。また、画面作りには三島が愛好した西洋絵画の「聖セバスティアヌス」や「眠れるヴィーナス」なども用いられています。
撮影時の画面構成だけでなく、プリントを作成する際には、複数のネガを合成するフォト・モンタージュなどの技法を駆使するなどして、鮮烈な作品作りが行われています。
リアリズム写真が全盛時であった当時にあって、幻想的で耽美な写真表現がいかに独自の世界を描いていたかが伺われます。
作品のポイント
・被写体は三島由紀夫
・細江独自の耽美な表現
撮影の現場では、その場でさまざまなアイディアが実施されました。裸体の三島にぐるぐるにゴムホースを巻きつけたり、アイディアを次々に実行していく細江によるエピソードが複数あります。そのうちに三島夫人や子どもたちが「教育上よろしくない」ということで、家から遠ざけられてしまうこともあったそうです。
この作品に関わるエピソードからも、細江英公のひらめきとバイタリティ、そして強い情熱を感じられるように思います。
教育機関付属の施設として、収蔵品を教育と研究の場で活用し、保存すると同時に、一般の方にも広く公開している写大ギャラリー。
今回ご紹介した以外にも、日本の写真史を語る上で欠かせない昭和の巨匠の1人、土門拳の作品は、生前の土門拳自身の厚意により、1237点のオリジナル・プリントが写大ギャラリーに寄贈され、収蔵されています。こちらの作品も、ほぼ毎年のように展覧会を企画しているそう!
土門拳と森山大道、細江英公の作品は、次回展覧会「占領と平和」でも出品予定です。こちらもぜひお見逃しなく。
開催する展覧会の詳細については、写大ギャラリーのホームページをご確認ください。
次回の自慢の名品紹介もお楽しみに。