塩田千春の作品から他者との「つながり」を考える。圧巻のインスタレーションに注目
2024年10月3日
日本には、美術館・博物館がたくさん存在しています。
年に何度か足を運んだり、旅先でお楽しみとして訪れたり・・・素敵な館が全国のさまざまな場所にありますよね。
「学芸員の太鼓判」は、全国の館の自慢の名品を詳しく知りたい! そんな想いから生まれた企画です。本連載では、全国の美術館・博物館の自慢の所蔵品を詳しくご紹介。
今回は、美術館・図書館など複数の機能を持つ複合施設「武蔵野美術大学 美術館・図書館」の所蔵品を紹介します。
武蔵野美術大学 美術館・図書館
武蔵野美術大学 美術館・図書館は1967年、「図書館」に「美術館・博物館」の機能を持たせた複合施設として開館。
「書籍だけでなく美術作品にも親しめるような美術大学ならではの図書館をつくろう」という発想から生まれたユニークな施設です。
武蔵野美術大学 美術館・図書館
現在、美術館は3万点に及ぶポスターと400脚を超える近代椅子を中心とした4万点を超えるデザイン資料や、美術作品のコレクションを所蔵。所蔵品を活かした企画展も多数開催しています。
また、図書館は約32万冊の図書や学術雑誌・専門誌約5000タイトルを持ち、美術、デザインの専門書を中心とした図書館のなかでも日本有数の規模を誇っています。
さらに同館では、約9万点の国内有数のコレクションを持つ民俗資料室や、約2万点の映像資料を視聴できるイメージライブラリーも併設しており、それぞれ属性や扱いの異なるさまざまな資料群を相互に関連づけ、融合の機会を生み出す場となっています。
「片山利弘——領域を越える造形の世界」展示風景 2021年 撮影:佐治康生
今回詳しくお話を聞いたのは、同館で展覧会企画運営、収蔵品管理などをされている森克之学芸員、大野智世学芸員です。
武蔵野美術大学 美術館・図書館が誇る作品、そして学芸員イチオシの作品をお聞きしました!
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倉俣史朗《ミス・ブランチ》1988年 アクリル、造花、アルミニウムパイプにアルマイト染色仕上げ
撮影:佐治康生
《ミス・ブランチ》(1988年)を制作した倉俣史朗は、60年代から90年代にかけて活躍した、近現代デザイン史をひもとくうえで重要な人物のひとりです。日本国内のみならず国際的にも評価と知名度が高く、独創性の高さから「クラマタ・ショック」という言葉まで生み出されたほどでした。
本作は、テネシー・ウィリアムズ原作の戯曲《欲望という名の電車》の主人公ブランチ・デュボアを着想源としてデザインされた椅子です。倉俣が1991年に急逝する直前の、国内外の仕事で多忙を極めていた時期にデザインされた、彼の代表作品のひとつといえます。
ムサビの所蔵する《ミス・ブランチ》
初期版の《ミス・ブランチ》は、販売後に倉俣が急逝したこともあって、彼の享年にちなんで56脚が生産されました。のちにオリジナルの設計をもとに、再制作版として18脚が制作されますが、その際にスタジオプルーフ版が2脚作られました。スタジオプルーフとは、販売用に制作する前の試作品です。
つまり、《ミス・ブランチ》はわずか76脚のみが生産され、武蔵野美術大学 美術館・図書館が所蔵する作品は世界で2脚しかないスタジオプルーフ版のひとつです。
当時の技術を駆使した唯一無二の椅子
当時の先端技術や素材を用いて造形的に美しい椅子を作ろうと試行錯誤している点、完成した椅子が他に類を見ない唯一無二のデザインとして知られていることからも、プロダクトデザインとしてではなく、アートやデザインをつなぐ作品として、また空間における椅子の存在意義を問うような作品です。
真っ赤なバラの造花を一本ずつ、花の向き、葉のひらきまで整えながらアクリルに封じ込めた、儚さをかたちにしたような椅子です。
作品のポイント
・有名だけど希少な椅子
・アートの側面を強調したユニークさ
武蔵野美術大学 美術館・図書館はこれまで「近代椅子コレクション」として400脚ほど収集しています。
倉俣史朗の椅子も7点所蔵していますが、この作品は当館の新たなコレクションとして重要な位置を占める作品となることが期待されています。
《ミス・ブランチ》は通常は収蔵庫で保管されているので企画展のみの公開ですが、当館の椅子コレクションのうち、約半数ほどは、美術館内にある「椅子ギャラリー」というスペースで常設展示しています。「椅子ギャラリー」内部へは大学の授業等でしか入ることができないのですが、美術館開館中はガラス壁越しに、椅子ギャラリー内部をご覧いただくことが可能ですよ。
作品のここに注目!
・「近代椅子コレクション」の中心となる作品
・窓ガラス壁越しに見られる椅子ギャラリーも気になる!
ご紹介した《ミス・ブランチ》は、2022年7月より開催の企画展「みんなの椅子 ムサビのデザインⅦ」で鑑賞できます。
素材、技術、機能、形態、経済、政治、思想等々、プロダクト・デザインにとって重要な要素が集約されている椅子のデザイン。デザイン史上で秀品と評される椅子群で構成される当館の近代椅子コレクションの中から精選した300脚をじっくり眺め、触れ、そして座りながら近代デザイン史を辿れる展覧会だそうです! ぜひお見逃しなく。
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武蔵野美術大学 美術館・図書館イチオシの作品は、図書館が所蔵する図書資料からセレクト!
『FRONT』1-2号 東方社 1942年
撮影:佐治康生
『FRONT』は、1942年から1945年にかけて東方社より刊行された対外宣伝グラフ誌です。対外宣伝グラフ誌とは、自国のイメージを海外の国々に広くアピールするための雑誌であり、戦時中は国威を誇示するプロパガンダの手段として用いられた一面も持ちます。
本誌の出版社である「東方社」は、対外宣伝を担うプロダクションとして設立されました。その東方社の美術部長として『FRONT』のアートディレクションを担ったのが、日本のグラフィックデザインの開拓者ともいえるデザイナー・原弘(はらひろむ、1903〜1986)でした。
若き日の原弘の学究的姿勢が身を結んだ実践の場
『FRONT』といえば、実験的なレイアウトやフォトモンタージュによるダイナミックな紙面構成などの造形的魅力が挙げられます。ソ連の『USSR in Construction』等の海外のグラフ誌の影響を受けながらも、それらに引けを取らない紙面作りは今でも高い評価を受けています。これは当時、紙面のアートディレクションを引き受けた原の功績のひとつといえるでしょう。彼は1920年代より、ドイツをはじめとする欧米の印刷物に強い関心を抱き、当時は高価であった輸入書から海外の動向を追うことに余念がありませんでした。『FRONT』は、原が独学で蓄積した豊富な知識が最大限に活かされた実践の場として見ることができます。
『FRONT』1-2号 東方社 1942年
撮影:佐治康生
原は、多国語で制作された『FRONT』の制作にあたり、当時の日本で使用されていた欧文活字に不満を抱きながらも、海外から活字を取り寄せたり、レタリングによってカバーをしたりするなど強いこだわりを見せました。当館には、活字を取り寄せる際に上海の活字鋳造所と交わされた書簡も残っています。
一流の人材が切磋琢磨した「東方社」の存在
アートディレクションを手がけた原弘の功績とともに、忘れてはならないのが写真部長・木村伊兵衛(きむらいへい、1901〜1974)をはじめとする東方社のスタッフの面々です。木村の他にも、渡辺義雄(わたなべよしお、1907〜2000)や濱谷浩(はまやひろし、1915〜1999)といった戦後も活躍を重ねた写真家による力強い写真表現と、原の計算されたレイアウトによって紙面は形作られました。
また、東方社には山内光の名で映画俳優として活動する傍ら、原弘や木村伊兵衛とともに「日本工房」、「中央工房」の活動にも関わった岡田桑三や、フランス文学者の中島健蔵、中央公論社の理事も務めた思想家・林達夫らが深く関与し、この時の人脈は戦後の原の活動にもつながっていきました。
作品のポイント
・原弘による質の高い紙面づくり
・スタッフは一流の揃い踏み!「東方社」の面々
今回ご紹介した『FRONT』は1989年に復刻版も出版されていますが、当館で所蔵する資料は、当時発行された貴重なオリジナルです(1号から6号まで)。実物にあたると、斬新なレイアウトやフォトモンタージュといったデザイン面の魅力に加え、紙質や印刷技術の高さ、A3判という大きさから生み出されるその迫力から、対外宣伝グラフ誌の白眉と言われる由縁を実感します。
『FRONT』3-4号 東方社 1942年
撮影:佐治康生
7月から当館で開催する展覧会「原弘と造型:1920年代の新興美術運動から」では、今回ご紹介した『FRONT』に加え、ソ連の『USSR in Construction』などもあわせてご覧いただけます。原弘は戦後のポスターや装幀の仕事で高く評価されてきましたが、戦前や戦中の初期の仕事が取り上げられる機会はそこまで多くありませんでした。今回は、若き日の原の表現に焦点を当て、理知的かつ先駆的な実践の一端をご紹介します。
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作品のここに注目!
・オリジナルから伝わる印刷物としての完成度
・若き日の原弘の実践を垣間見られる
「美術館・図書館」の名前のとおり、美術担当と図書担当の職員が協力して企画する展覧会も開催する武蔵野美術大学 美術館・図書館。美術資料と図書資料といった扱いの異なる資料を有機的に関連づけ、多角的な視野で展覧会を組み立てています。
また、展覧会の開催だけでなく学生や教員の研究制作に役立つ情報拠点として、また社会に開かれた専門大学の研究機関として、教育研究機能の充実を目指して先端的な取組みを進めています。
「オムニスカルプチャーズ——彫刻となる場所」展示風景 2021年 撮影:稲口俊太
次回は、伊豆テディベア・ミュージアムの自慢の名品を紹介します。お楽しみに!