小林古径と速水御舟 ―画壇を揺るがした二人の天才―/山種美術館

2人の天才画家の名作と交流の軌跡をたどる「小林古径と速水御舟」展【読者レビュー】

2023年5月31日

小林古径と速水御舟 ―画壇を揺るがした二人の天才―/山種美術館

小林古径(1883-1957)と速水御舟(1894-1935)は、大正・昭和に活躍した近代日本画を代表する画家で、2人は11歳の年齢差がありましたが、交流を深め、互いに認め合う間柄でした。

山種美術館で開幕した「小林古径と速水御舟」展は、両者の代表作をはじめ、画業の初期から晩年にかけての作品を紹介するとともに、同じ時代を生き、刺激を与え合いながら独自の画風を確立した2人の天才画家の交流の軌跡をたどる展覧会です。

山種美術館所蔵の古径の本画、全44点を全て公開!

本展は、小林古径生誕140年を記念する展覧会とあって、山種美術館が所蔵する古径作品のうち本画44点(33件)全てが展示されます(前・後期展示替えあり)。

山種美術館と小林古径には、切っても切れない深い縁があります。

美術館の創設者である山崎種二は、古径の人柄や制作に対する真摯な姿勢に惹かれ、古径と交流していました。

古径の代表作として名高い《清姫》は、再興第17回院展に出品後、長い間画家の手元に置かれていたものですが、種二に対して「美術館をつくられるのならば」と購入することを許されたといいます。

《清姫》は美術館にとっても種二と古径の交流を象徴する重要な作品なのです。


小林古径《清姫》1930年 山種美術館

その他にも、若き古径が試みた油絵といった珍しい作品や、御舟と共に旅行した際の写生を基に制作した《弥勒なども展示され、古径の芸術世界がどのように形成されていったか、山種美術館だからこそ見ることができる展示になっています。

若き古径と御舟の試行錯誤と傑作誕生

古径は16歳の時に梶田半古の画塾に、御舟は14歳で松本楓湖の画塾に入門し、共に歴史人物画を得意とした師につき、師と同様、歴史人物画から画業をスタートさせます。

簡潔で淡麗な画風の印象が強い古径ですが、初期作品では人物の身体、特に手先など繊細な色遣いで肉体の立体感を描き出し、また着物の文様の細部まで丁寧に描き込まれています。

一方の御舟は、後に「黄土中毒」「群青中毒」だったと振り返るように、黄土や群青の色を多用するなど様々な表現を試みました。


(左)小林古径《闘草》1907年 山種美術館
(右)速水御舟《山科秋》1917年 山種美術館

1911年、古径と御舟は若手画家の研究会「紅児会」で知り合い、交流を深めます。

御舟が中国・宋時代の院体花鳥画に傾倒し、徹底した細密描写を試みると、古径も感化されて細密描写に挑戦するなど、互いに刺激し合います。


(右)速水御舟《桃花》1923年 山種美術館
(左)小林古径《静物》1922年 山種美術館

また当時、2人は実業家で近代数寄者であった原三渓(はらさんけい)の支援を受けていました。

三渓が購入した2人の作品のうち、古径の《極楽井》は、小石川伝通院にある井戸で水を汲む女性たちの姿を桃山時代の風俗で描いた作品で、繊細な色遣いで画面全体から典雅な雰囲気が漂います。

この作品を見た御舟は「小林さんの足跡は確固たるものがある」と日記に残しました。


小林古径《極楽井》1912年 東京国立近代美術館【前期展示】

三渓との交流の中で、2人は日本・東洋の古美術や琳派の作品、あるいは西洋の印象派など、古今東西さまざまな芸術に触れる機会を得ました。

その経験は彼らの制作に大きな影響を与え、御舟はそれまでの細密描写に加えて、象徴性、装飾性を融合させ、代表作となる傑作《炎舞》を完成させたほか、琳派の影響を色濃く受けた《翠苔緑芝》を制作しました。


会場風景

古径と御舟にとっての西欧の旅

古径は1922年の39歳の時、御舟は1930年の36歳の時、それぞれ西欧へ渡航する機会を得ます。

2人とも約7ヶ月間、ヨーロッパやエジプトなど各国の美術館や教会、名所等を見て周りました。

諸外国の芸術・文化は2人にとって大いに刺激的なもので、古径は線の描写に目覚め、一方御舟は人物画に取り組むなど新しい画題に挑戦しました。

速水御舟《青丘婦女抄 蝎蜅》1933年 山種美術館

古径の名作《清姫》を味わう

古径の代表作《清姫》は、能や歌舞伎などの題材にもなっている道成寺の安珍清姫伝説を描いた8点の連作です。

古径はイギリスの大英博物館で見た「女史箴図」に感銘を受け、細く均質な線によるしなやかで優美な造形を追求するようになります。

その様式は、まるで「蚕から絹糸を引くよう」であることから、「高古遊絲描(こうこゆうしびょう)」と呼ばれています。


《清姫》より「日高川」(部分)

安珍清姫伝説は、僧・安珍へ恋慕する清姫が、その一途な思いが裏切られたと分かると安珍を追いかけ、やがて大蛇へと姿を変え、道成寺で鐘の中に逃れた安珍を鐘ごと焼き尽くすという凄まじい結末を迎えますが、古径の描く清姫の姿には上品さを失うことなく、洗練された趣を湛えています。


会場風景

渡欧後の御舟が目覚めた「墨」、そして御舟没後の古径の「線」

渡欧後の御舟は、次第に水墨の表現を極めるようになり、一方の古径はさらに線の表現を追求しシンプルな画風へと変化していきます。

展覧会では、御舟の水墨作品の傑作《牡丹花(墨牡丹)》と古径が描いた《牡丹》が並び、墨のにじみによって表された繊細な花弁から柔らかな香りが漂ってきそうな御舟の牡丹と、シャープな線でスッキリとした清々しい古径の牡丹、趣の異なる2つの牡丹を楽しむことができます。


(左)速水御舟《牡丹花(墨牡丹)》1934年 山種美術館
(右)小林古径《牡丹》1951年 山種美術館

1935年、40歳の若さで御舟が他界すると、臨終に駆け付けた古径は御舟のデスマスクを描き、その死を悼みました。

画家同士が親しく交流することは珍しくありませんが、デスマスクを描いたというエピソードからは2人が互いをいかに深く敬愛していたかがうかがえます。

古径は自身よりも若い御舟に対して「あれほど芸術に熱烈だった友のことを想うと尊敬の念にかられる」と惜しみない敬意を表しています。


会場風景(左は小林古径《速水御舟(デスマスク)》1935年 個人蔵)

そして、展覧会は御舟没後から晩年の1950年代にかけての古径作品へと続きます。

この時期の作品は、背景を描かず、簡潔な線と明朗な色彩で対象の本質を描き出す画風となり、シンプルながらも凛として清廉な風情を醸し出します。


会場風景

古径の《猫》と御舟の《炎舞》は第2展示室でじっくり味わう


(左)小林古径《猫》1946年 山種美術館 (右)速水御舟《炎舞》1925年 山種美術館

さて、本展のポスターやチラシのメインビジュアルになっている古径の《猫》と御舟の《炎舞》は、ミュージアムショップの奥にある第2展示室に展示されています。

この小さな展示室は、開館当時から御舟の代表作にして傑作《炎舞》をじっくりと鑑賞するために設計されたとのことで、小さな部屋で心を鎮めて幻想的な御舟の描く炎に向き合うことができます。

展覧会を順番通りに見るのがスタンダードだと思いますが、今回はあえて第2展示室から観るのもおススメです。

2人の画風を象徴する代表作を先に見てから、第1章の初期作品を見ると、これらの傑作誕生に至るまでに、どういう試行錯誤があったのかをより意識的に感じられるでしょう。

また第1展示室には《炎舞》の連作である「昆虫二題」《葉陰魔手》《粧蛾舞戯》が展示されているので、先に第2展示室の《炎舞》を見ると、作品のつながりを意識できると思います。

山種美術館はカフェで一服するまでが鑑賞体験!

山種美術館のもう1つの楽しみが「Cafe椿」での展覧会限定の和菓子。個人的には山種美術館はカフェで一服するまでが「鑑賞体験」だと思っています。

展示作品をイメージして作られた和菓子はどれも絶品。例えば、速水御舟《炎舞》をイメージした「ほの穂」は、炎を模したきんとんの隙間から黒糖風味の餡を見せることで暗闇に揺らぐ炎を表現した渾身の一品。一方「花涼やか」は、小林古径《菖蒲》をイメージした見た目も味も爽やかな一品で、これからの季節にピッタリです。

ぜひ展覧会後は、おいしいお菓子と共に、展覧会の余韻を味わってください。


(手前)「ほの穂」(奥)左上「花涼やか」、左下「はすはな」、右下「まさり草」、右上「緑のかげ」

グッズも豊富&年間パスポートも開始

ミュージアムショップでは、展覧会オリジナルグッズも販売中。

美術館所蔵の古径作品全点を収録した作品集(1,210円)をはじめ、ポスターにもなっている古径の《猫》をモチーフにしたトートバッグ(1,760円)や、御舟《炎舞》のクリアファイル(385円)など、普段の生活で使えるグッズが揃っています。

特にこれからの季節にぴったりなのが、御舟の《翠苔緑芝》の黒猫をモチーフにしたミニタオルハンカチ(550円)やてぬぐい(1,320円)。展覧会の記念にぜひお買い求めください。

また、今年より美術館のメンバーシップ「山種メンバーズ」が開始しました。

入会日から1年間有効の年間パスポートで、有効期間中は何度も入場無料で展覧会を楽しめるほか、同伴者割引、ショップやカフェでの割引、その他お得な特典が付いてきます。

申し込みは美術館の受付、もしくは美術館のwebサイトより申し込み可能なので、こちらもぜひチェックしてみてください!

Exhibition Information

展覧会名
【特別展】小林古径 生誕140年記念   小林古径と速水御舟 ―画壇を揺るがした二人の天才―
開催期間
2023年5月20日~7月17日 終了しました
会場
山種美術館
公式サイト
https://www.yamatane-museum.jp/
注意事項

※会期中、一部の作品を展示替えします。
前期:5月20日~6月18日
後期:6月20日~7月17日