歌川広重/10分でわかるアート

10分でわかるアートとは?

10分でわかるアート」は、世界中の有名な美術家たちや、美術用語などを分かりやすく紹介する連載コラムです。

作家たちのクスっと笑えてしまうエピソードや、なるほど!と、思わず人に話したくなってしまうちょっとした知識など。さまざまな切り口で、有名な作家について分かりやすく簡単に知ってもらうことを目的としています。

今回は、名所絵を極めた風景画の達人である「歌川広重」について、詳しくご紹介。

「この作品を作った作家についてもう少し知りたい!」「美術用語が難しくてわからない・・・」そんな方のヒントになれば幸いです。

浮世絵風景画の祖・歌川広重とは

名所絵シリーズの傑作である「東海道五十三次之内」シリーズの作者、歌川広重(1797-1858)。漢字ばかりの作品名でピンとこない方は次の作品を見ると「ああ、この浮世絵の人か!」となる方も多いのではないでしょうか。

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歌川広重「東海道五十三次之内 日本橋 朝之景」1833-34年頃

東海道の出発地点である江戸・日本橋の朝の風景を描いた本作をはじめ、広重の「東海道五十三之内」シリーズは今の私たちにも人気の高い浮世絵作品のひとつです。

当時人気の観光地などを描いた「名所絵」を極め、風景画の達人として知られる浮世絵師・歌川広重。そんな彼は1797年、武士(定火消同心(じょうびけしどうしん)/消防士のこと)の子として生まれました。

「歌川」と聞くと、国芳、また浮世絵展をよく観に行く人は豊国や国貞など・・・歌川の名前がつく絵師が頭に浮かぶかと思います。

実は広重たちは、浮世絵界に一大勢力を形成した歌川豊春を祖とする「歌川派」に属していました。なので、浮世絵師には「歌川」という名前を持つ人物が多いのです。

広重は15歳のころに、歌川豊広に入門。役者絵や武者絵、美人画などを描き、27歳になると武士の家督を親族に譲り、絵師の仕事に専念するようになります。

35歳のころ、風景画の「東都名所」シリーズを出版するとそれが好評を博し、以降、広重は風景画の分野に力を注いでいくようになりました。

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歌川広重「東都名所 日本橋之白雨」 江戸時代 19世紀

そして1833年、広重は37歳になると後世にまで語り継がれる大ヒット作「東海道五十三次之内」シリーズを出版します。

本作は世に出した瞬間から注文が殺到する大ベストセラー名所絵シリーズで、広重はこの作品で名所絵を描く浮世絵師としての地位を不動のものとしました。

本シリーズがヒットした理由は、当時の人びとの旅への高い関心とあこがれによるのだそう。それまで風景は、役者絵や美人画などの背景として描かれる程度でしたが、広重の成功により風景画は重要な絵画ジャンルのひとつとなったと考えられています。

ちょうど同じころ、西洋でも風景画の革新が興っていました。西洋の風景画について詳しく知りたい方はコチラをご覧ください。

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歌川広重「東海道五十三次之内 御油旅人留女」1833-34年頃

広重は生涯、名所絵の制作にこだわり、数多くの作品を残しています。また花鳥画のジャンルでも才能を発揮し、名所絵同様に多くの作品を残しています。

広重は横浜開港の前年である1858年に江戸で流行したコレラに罹り、この世を去りました。享年62歳でした。

広重のライバルは北斎ってホント?

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広重が「東都名所」シリーズで風景画に力を注ぎ始めたころ、浮世絵界のレジェンドである葛飾北斎も「冨嶽三十六景」シリーズを刊行し始めていました。

最近の研究によると、広重の「東海道五十三次之内」シリーズは「冨嶽三十六景」シリーズが完成した1834年ごろに、制作が始められたと考えられています。おそらく広重は、北斎の「冨嶽三十六景」シリーズの制作をリアルタイムで目にしていたのでしょう。彼の影響を受けつつ制作を続け、やがて広重は名所絵の世界で独自のスタイルを生み出しました。

そうして世に誕生した「東海道五十三次之内」シリーズのあと、北斎も「負けていられない!」というふうに名所絵の「諸国瀧廻り」や「諸国名橋奇覧」などを発表します。しかし、名所絵=歌川広重の地位は揺るがなかったといいます。

さらに2人は名所絵のみならず花鳥画でも競い合うようになり、お互いを意識し合うライバル関係を築いてきました。

ゴッホやモネも惚れた! 広重の浮世絵

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広重は「東海道五十三次之内」シリーズから約25年後、目録を含めて120図にもおよぶ一大シリーズ「名所江戸百景」の制作に挑みます。

一般的に名所絵というと、描かれた観光地に対するガイドが記載されていますが、本作はガイドがなく季節や天候などによる景色の移り変わりを情緒的に表現。さらに構図のセンスも一層冴えわたり、遠景と謹啓の極端な対比や、アップにしたモチーフが画面の端で切れているなど、鑑賞者の想像力を駆り立てるユニークな画面の作り方をしています。

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(左)歌川広重「名所江戸百景 大はしあたけの夕立」1857年
(右)フィンセント・ファン・ゴッホ「ジャポネズリー:梅の開花」1887年9月-10月

こうした西洋美術とはまったく異なる構図の描き方、景色の正確さや写実性よりも「どのように描くか」を追求した浮世絵は、印象派の画家であるクロード・モネやファン・ゴッホなどの西洋の画家たちにも影響を与えました。

ゴッホに至っては「名所江戸百景 大はしあたけの夕立」をはじめとする浮世絵作品を多く模写し、日本にあこがれを持っていたといいます。

おわりに

日本人の心に響く風景を描いた浮世絵師・歌川広重について詳しくご紹介しました。

広重の作品といえば「青色」を思い浮かべる方も多いかと思います。実はフェルメール・ブルーならぬ「ヒロシゲ・ブルー」という言葉があるほど、彼の作品の青色は高い評価を得ています。

この美しい青色の正体は、西洋から輸入した化学合成品のプルシアンブルー(通称:ベロ藍)によって生み出されています。ベロ藍は、従来の植物染料よりも鮮やかで発色のいい科学染料であり、広重のほかにも北斎などの多くの絵師たちが「ベロ藍」を愛用していました。

広重の作品を観るときは、鮮やかな青色にも注目してみてください。

 

次回は、浮世絵師が描いた一点ものの浮世絵「肉筆画」について、代表作などを通して詳しくご紹介します。お楽しみに!

【参考書籍】
・矢島新『マンガでわかる「日本絵画」の見かた 美術展がもっと愉しくなる!』誠文堂新光社 2017年
・稲垣進一『新装版 図解 浮世絵入門』河出書房新社 1990年
・深光富士男『面白いほどよくわかる 浮世絵入門』河出書房新社 2019年
・田辺昌子『アート・ビギナーズ・コレクション もっと知りたい 浮世絵』東京美術 2019年