塩田千春の作品から他者との「つながり」を考える。圧巻のインスタレーションに注目
2024年10月3日
ワールド・クラスルーム:現代アートの国語・算数・理科・社会/森美術館
みなさん、学校で好きな教科・好きだった教科は何ですか?
新しい発見にわくわくしたり、みんなで実習するのが楽しかったりと、それぞれの教科に思い出があるのではないでしょうか?
六本木ヒルズの森タワー53Fに位置する森美術館では、そんな「教科」を切り口とした展覧会「ワールド・クラスルーム:現代アートの国語・算数・理科・社会」がはじまりました。
「ワールド・クラスルーム」展 (森美術館) エントランス
開館20周年記念展として開催されるこの展覧会には、世界各国から54組もの現代アーティストたちが参加。
森美術館の広大な展示室を使った「クラスルーム」では、どのような授業が繰り広げられるのでしょうか?大型の作品も多く、見応えある展覧会のみどころをご紹介します。
今回の展覧会の特徴は、現代アートの作品を「国語」「社会」「哲学」「算数」「理科」「音楽」「体育」「総合」と8つの教科に分けて紹介していること。
これまでにも「医学」や「宇宙」など、美術以外の学問領域と現代アートを掛け合わせた展覧会を行ってきた森美術館らしい特徴的な展覧会ですね。
今回の展覧会のキービジュアルにもなっている 《フォロー・ミー》/ ワン・チンソン。作家本人が教師役となった写真作品です。
授業ではニガテに感じる科目もあるかもしれませんが、ここは作品を通じて、観て・体験して学ぶユニークなクラスルーム。
アートを入り口に、それぞれの教科を気軽に覗いてみましょう。
「ワールド・クラスルーム」展 (森美術館) 展示風景より。「教科」ごとに設置された立体文字の看板もユニークです。
もうひとつ特徴的なのは、半分以上の作品が、森美術館が収集した「コレクション作品」だということです。
2003年当時は、コレクションを持たない美術館としてオープンした森美術館ですが、徐々に作品の収集を行い、「90年代以降のアジアの現代アート」「”ミュージアムピース”となるような各アーティストの代表作」を軸に、現在は約460点の作品を収蔵。
なんと、今回の展覧会で初公開となる作品もあるのだとか。
《数理模型 022 回転楕円面を覆う一般化されたヘリコイド曲面》、《観念の形》/ 杉本博司。2005年に森美術館で開催された「杉本博司:時間の終わり展」を機にコレクションされましたが、すべてが展示されるのは今回が初とのこと。
なお、コレクションのうち、4割以上は、森美術館での展覧会をきっかけに収蔵された作品。
20周年を迎える森美術館で、過去の展覧会に観た作品にも、久しぶりに再会できるかもしれませんね。
《Miss Moonlight》/ 奈良美智。2020年に森美術館で開催された「STARS展:現代美術のスターたち―日本から世界へ」展に展示された本作品にも再会できます。
「美術」の教科はありませんが、現代アートの教科書があれば掲載されるような、重要なアーティストの作品も。
「コンセプチュアル・アート」の主要作家であるジョセフ・コスース、「社会彫刻」を提唱したヨーゼフ・ボイスなど、現代アート好きなら押さえておきたいアーティストの作品も間近で観られるチャンスです。
では、それぞれの教科のクラスルームを覗いてみましょう。
この展覧会でもっとも作品数が多いのが「社会」のゾーン。歴史、政治、地理、経済など、日々、身近に感じることも多いテーマですよね。
中国のアーティストであり、思想家・活動家・建築家でもあるアイ・ウェイウェイの作品は、約2000年前の漢時代の壺を落として割る写真作品《漢時代の壺を落とす》と、同じく漢時代の壺にコカ・コーラのロゴを描いた《コカ・コーラの壺》。
《漢時代の壺を落とす》、《コカ・コーラの壺》/ アイ・ウェイウェイ
古いものを壊すのは、新しい価値を生み出すアーティストらしい姿勢なのか、暴力的な破壊行為なのか、考えてしまう作品です。
壁一面にレトロな雰囲気の看板が並ぶのは、ジャカルタを拠点に活動するジャカルタ・ウェイステッド・アーティスト (JWA) の《グラフィック・エクスチェンジ》。
街に古くからあるお店の看板を、店主への要望を聞きながら新しく制作し、代わりに古い看板を譲り受けるプロジェクトです。
《グラフィック・エクスチェンジ》/ ジャカルタ・ウェイステッド・アーティスト (JWA)
激動の時代のジャカルタで、ある時、一瞬にして変容してしまう都市を目にしてきたアーティストたち。
だからこそ、今そこにある日常の風景や生活への関心が感じられるような作品でもあります。
このほか、身近にある風景の中から歴史を考えるヴァンディー・ラッタナやハラーイル・サルキシアンの写真作品、経済に着目した青山悟や田村友一郎の作品なども。
《Glitter Pieces #21》/ 青山悟
遠く離れた国なのに、同じような課題をテーマに着目した作品があったりするのも、興味深い点です。
「哲学」は、義務教育の教科にはないものの、世界の真理・普遍性について考えるという意味で、美術と深い関係のある科目ですね。
「もの派」を牽引したアーティスト李禹煥の《関係項》は、工業製品である鉄板とガラスの上に、自然石が置かれ、異なる素材が関係し合う作品。
《対話》《関係項》/ 李禹煥
無機質で静かな作品ながら、不安定な均衡のなかにある現代社会のようすも象徴しているようです。
《Innumerable Life/Buddha CCIƆƆ-01》/ 宮島達男
デジタルカウンターを使い、生や輪廻転生を表現する宮島達男の作品や、病院の遺体安置所で遺体を相手に「死」についての広義を行うアラヤー・ラートチャムルンスックの《授業》など、生と死についても考えます。
「理科」は、国や時間を超えても変わらない普遍的なものを考える科目で、ここでは、科学的な観点で制作された作品が紹介されています。
瀬戸桃子の映像作品《プラネットΣ》は、植物や昆虫をマクロレンズなどの機材や、スローモーションといった技法を使って撮影した高精細な映像作品。
現実世界を捉えた映像ですが、まるでSF映画のような物語が感じられ、小さな世界を覗きながらも、生態学や環境問題のような壮大なテーマが頭をめぐります。
《プラネット∑》 / 瀬戸桃子
壁一面を覆う、高さ4.4m、幅8.6mを超える絵画は、サム・フォールズによる《無題》。
奥 《無題》/ サム・フォールズ、手前 《黄昏の街》/ 梅津庸一
地面に置いたキャンバス上に、植物と染料を置いて一晩放置することで、植物のかたちを写し取っています。足跡なども写し取られたキャンバス上には、一晩分の「時間」までもが記録されているようですね。
全て実物のサイズがそのまま写し取られているため、作品の前に立つと、そびえ立つ植物の像に、森の中に立っているような気分にもなり、自然の大きさも体感できます。
宮永愛子は、今回の展覧会のための新作を制作しました。
《Root of Steps》《まどろみがはじまるとき》/ 宮永愛子
六本木に住んだり働いたりしている人たちの靴をモチーフにしたナフタリンの彫刻たちは、時間とともに昇華して形がなくなり、ケースの中に再結晶していきます。
消えてしまうはかなさとともに、形が変わってもそこにあり続けるという真理も見えるようです。
このほか、特定の教科に分類されない「総合」として、展示室を1部屋つかったヤン・へギュの新作インスタレーション作品のような壮大な作品や、マクドナルド六本木ヒルズ展と協働した、高山明による《マクドナルドラジオ大学》など、美術館の外に飛び出す企画も。
ヤン・へギュの新作インスタレーションでは、1日に2回、パフォーマンスも行われます。
こんなユニークなクラスルームで、現代アートを通じて世界をのぞいてみませんか?
左から、奈良美智、ヤン・へギュ、片岡真実(本展キュレーター)、宮永愛子、宮島達男、高山明
「教科」で分かれた展示を観ていくと、「社会」といっても歴史、政治、地理、経済のようにさまざまなテーマに分かれていたり、逆に「社会」と「哲学」とどちらにも属するような作品があったりと、世界はそれぞれの分野が影響し合ってできていることが感じられます。
そうした中、この展覧会では、「現代アート」がすべての教科につながる窓のような役割をしていました。
「ワールド・クラスルーム」展は、まさに同時代を生きる世界のアーティストたちの作品を通じ、世界の今を観られる展覧会。
ふだんは難しい・興味がないと思っていることも、アートの窓を通じて覗いたら、少し違って見えてくるかもしれません。