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2024年11月1日
ある図案家の仕事 -宮中の染織デザイン-/港区立郷土歴史館
國華 港区立郷土歴史館蔵
港区立郷土歴史館にて、港区に長年居住した図案家・中山冝一(なかやまぎいち)を紹介する展覧会が開催中です。
中山冝一は1884年、富山県高岡市末広町の漆芸を営む家に、十人兄弟の下から二番目の子として生まれました。
県立高岡中学校(現・県立高岡高等学校)に入学しますが、家業の都合で富山県工芸学校に転校。同校で設立されたばかりの図案絵画科第一期生として学びました。
展示風景より
ところで、「図案家」という言葉を辞書で調べると「美術工芸品および一般工作物に必要な図柄を考え出し、それを絵に書く人。デザイナー」とあります。
日本が明治時代以降、「美術」や「工芸」という概念を確立していくとともにつくられ、使われるようになった「図案」という言葉。
中山は、日本に図案という言葉が誕生し、その発展が求められた時期に図案の教育を受けた「近代日本の図案家第一世代」ともいえる存在です。
本展では、彼が遺した図案帖『國華』の世界から図案家・中山冝一の生涯を辿ります。
國華 港区立郷土歴史館蔵
『國華』は中山が晩年期、70歳の時に自身で編集から装丁、製本を手がけた図案帖です。
大きさは縦約80cmと、図案帖としては異例の大きさを誇ります。
『國華』には、大正時代末から昭和時代初期にかけて、40代前半頃の資料のほか、髙島屋東京店の宮内省皇后職御用部係員をとおして委嘱を受けた、貞明(ていめい)皇后や香淳(こうじゅん)皇后の染織に関する注文品の図案が収められています。
展示風景より
特に、宮中関連の内容は『國華』の大半を占めており、「室内装飾・その他」「お好み裂(ぎれ)」「洋服地」「有職裂地(ゆうそくきれじ)」に分類され、全106ページ、53枚の洋紙裏表に258点の図案やスケッチが貼り交ぜられています。
展示風景より
本展では、宮中ゆかりの品々とともに『國華』に収められた図案を紹介。
中山が遺した図案帖『國華』をじっくりと堪能できる貴重な機会です。
(左)引き裾付きドレス 昭和時代初期 昭和天皇記念館蔵/右)波兎裾模様色紋付小袖 昭和時代 昭和天皇記念館蔵
『國華』に掲載された「洋服地」や「袿地(うちきじ)」の衣裳について、残念ながら合致するものは未だ確認できていません。
そこで本展では、参考資料として貞明皇后、香淳皇后にゆかりの小袖やドレス類を展示しています。
これらの展示から、中山の図案がどのように衣裳となったのかについても迫ります。
本展会場の港区立郷土歴史館の建物にも注目です。
この建物は、東京大学の安田講堂などを手掛けた内田祥三(うちだよしかず)によって設計され、1938年に建設された「旧公衆衛生院」です。
構造は鉄骨・鉄筋コンクリート造、スクラッチタイルで覆われたゴシック調の外観で、「内田ゴシック」と呼ばれる特徴的なデザインとなっています。
内田が晩年を過ごした西麻布の自宅からもこの建物が良く見え、その眺望が気に入っていたという話も残っているのだそう!
旧講堂室
建物の内部にも、講堂や教室・研究室などのほか、細部にわたる意匠など当時の状態を伝える部分が多くあります。
現在は、歴史的に貴重なこの建物を保存・改修し、港区立郷土歴史館を中心とした複合施設として活用しています。
同館内の建物展示として公開している中央ホール、旧講堂、旧院長室・旧次長室などの場所は撮影OKです(ただし、事前許可のないモデル撮影は禁止)。
旧講堂室
港区に長年居住した図案家、中山冝一を紹介する本展。
館内のミュージアムショップでは、『國華』のミニノートと本展のメインビジュアルをあしらったブロックメモなど、特別展関連商品を多数販売中です。
ミュージアムショップもお見逃しなく。