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2024年11月1日
「前衛」写真の精神: なんでもないものの変容/渋谷区立松濤美術館
現在、渋谷区立松濤美術館では、「前衛」写真の精神:なんでもないものの変容が開催されています。
千葉市美術館を皮切りに日本全国を巡回し、今回の松濤美術館が最後の展示です。
本展では、前衛写真を広めた美術評論家の瀧口修造(たきぐちしゅうぞう、1903-79)、絵画と写真で活躍した阿部展也 (あべのぶや、1913-71)。
2人に影響を受けた写真家・大辻清司(おおつじきよじ、1923-2001)と牛腸茂雄(ごちょうしげお、1946-83)の4人の功績を写真とともに展示しています。
日本の写真史のなかで特別な位置づけをもつ「前衛写真」。この記事では、本展の見どころを紹介します。
前衛写真は、1930年代に流行した写真スタイルです。全国各地のアマチュアカメラマン集団を中心に流行しました。
シュルレアリスム(無意識を表現するフランスで生まれた芸術活動)や抽象表現(目に見えない物を表現した芸術)の影響を受けています。
東京で本格的に前衛写真が広まるきっかけは、1938年です。阿部展也が瀧口修造とともに詩画集を共著したことがきっかけで「前衛写真協会」を設立。
写真雑誌『フォトタイムス』に作品や文章が取り上げられたことにより、前衛写真の静かなブームが起こります。
しかし、1941年の太平洋戦争により、ブームは終息。1938年〜40年の2年余りのブームでした。
前衛写真とは、いたずらに現実を加工するのではなく、「日常のなかに潜む美を見出し、スナップすること」「写真によって物体を発見すること」と瀧口はフォトタイムスに掲載された批評のなかで論じています。
その精神は、のちに大辻清司と牛腸茂雄によって、受け継がれていくのです。
本展覧会は、瀧口修造と阿部展也の1930年代から40年代の前衛写真の活動を紹介した第1章。
2人に影響を受けた大辻清司や牛腸茂雄の写真を取り上げた第2章、第3章から構成されています。
瀧口修造と阿部展也に影響を受け、前衛写真を発展させてきた大辻と牛腸。
2人の写真家に焦点を当て作品を紹介します。
大辻清司は、旧制中学校在学中に雑誌『フォトタイムス』と出会うことで、写真家になることを決意しました。
戦後、阿部が演出したコラボレーション作品の制作、瀧口が活動を支えていた「実験工房」「グラフィック集団」などに参加することを皮切りに、写真家デビューを果たしています。
大辻の写真は、モノの意味をなくすことで、モノそのものの奇妙な部分を浮かび上がらせようとしているのが特徴です。
大辻清司 《物体A》 1949年(2007年複写)武蔵野美術大学 美術館・図書館
今回の展覧会では、松濤美術館でしか観られない特別出品が2点あります。
1つ目は、大辻が住んでいた渋谷区上原2丁目の商店街や裏路地を撮影した作品。
オリジナルプリントがありませんでしたが、今年新たにプリントし直したとのことです。
大辻清司《界隈》 1974年 武蔵野美術大学 美術館・図書館
もう1つは、写真家の大辻としては珍しい映像作品の上映。自宅付近の商店街を一定の地点から撮影した映像です。
この映像では、何でもない日常的な空間から、ドラマの1コマのような不思議な世界観が広がっています。
手前に映る焦りの表情を浮かべた小学生、写真奥に映る母と娘の軽やかな足取り、時計を気にしながら歩く女性。それぞれ、何かストーリーを感じさせます。
大辻清司 《上原2丁目》 1973年 武蔵野美術大学 美術館・図書館
その他にも、大辻が1975年に『アサヒカメラ』に1年間連載した「大辻清司実験室」のなかにも、目を引く作品が多くありました。
一見、なんともない日常の風景を切り取った作品ですが、しばらく見ていると何かしらの意味があるのではないかと不思議な気持ちにさせられます。
「大辻清司実験室」には、同じような構図の写真があるとか。その構図を発見するのも楽しみの一つですよ。
(左)大辻清司《大辻清司実験室⑤〈なんでもない写真〉》 1975年(1980年プリント)
(右)大辻清司《大辻清司実験室⑤〈なんでもない写真〉》 1975年(2001年プリント)
いずれも、武蔵野美術大学 美術館・図書館
牛腸茂雄は、桑沢デザイン研究所のリビングデザイン科に入学。当時主任講師を務めていた大辻清司のすすめで、写真学科を選びました。
牛腸の才能は、さっそく写真科の課題で開花。
被写体を抽象的に捉えた独自の感性で撮った写真は素晴らしい構成力で、当時の同級生たちも認めざるを得なかったといいます。
大辻も、教師と生徒の関係を超えて、牛腸の才能を高く認めていたようです。
牛腸茂雄《桑沢デザイン研究所課題「多重露光」》 1966~67年 新潟市美術館
牛腸は桑沢デザイン研究所を卒業したあと、同級生の関口正夫との共著『日々』を出版します。
人びとの何気ない日常の一瞬を切り取った写真集です。
幼子の無邪気な表情を映し出したこの作品。
周囲の大人のようすとは裏腹に、「世界の中心は自分だ!」と言わんばかりの存在感をひときわ放っています。
牛腸茂雄《日々》 1967~70年、ゼラチン・シルバー・プリント、新潟市美術館蔵 『日々』(私家版、1971)より
牛腸は、1983年の遺作「幼年の時間」では、子どもの表情を切り取った作品を多く撮っています。
なにか不満でもありそうに、こちらを見つめる少年。複雑な表情ながらも、どこかユーモアを感じさせます。
牛腸茂雄《幼年の「時間」2》 制作年不詳、ゼラチン・シルバー・プリント、新潟市美術館蔵
渋谷区立松濤美術館で開催中の展覧会「前衛写真」の精神:何でもないものの変容について紹介しました。
「前衛写真の歴史を振り返ることは、自分たちの置かれている現在を見つめ直すきっかけになるのではないか。」
そんなことを感じさせる展示の数々でした。
瀧口、阿部、大辻、牛腸。この4人の作品世界をたどりながら、日本の写真史にはかなくも輝いた「前衛写真」という世界に心を寄せ、感性を磨いてはいかがですか?
※会期中、展示替えがあります
前期:12月2日~1月8日
後期:1月10日~2月4日