特別展「本阿弥光悦の大宇宙」/東京国立博物館

総合芸術家・本阿弥光悦の深淵な美の世界に迫る特別展「本阿弥光悦の大宇宙」【東京国立博物館】

2024年1月29日

特別展「本阿弥光悦の大宇宙」/東京国立博物館

(手前)国宝《舟橋蒔絵硯箱》本阿弥光悦作 江戸時代・17世紀 東京国立博物館

東京国立博物館 平成館にて、特別展「本阿弥光悦の大宇宙」が3月10日まで開催中です(会期中、一部作品の展示替えあり。文中で期間表記のない作品はすべて通期展示)。

刀剣の鑑定を代々務める本阿弥家に生まれた本阿弥光悦(ほんあみこうえつ、1558-1637)は、家職(家業)の刀剣鑑定だけでなく、茶碗や蒔絵などさまざまな造形に関わり、江戸初期を代表する能書(書の名人)としても知られています。

しかし、あまりに多彩な活動のために、名前は聞いたことはあっても、実はどんな人なのかよく知らないという方もいるかもしれません。

本展では、信・刀・漆・書・陶の5つの観点から、徳川家康も認めた目利き・光悦の全貌に迫ります。

本阿弥家の家業、信仰と法華町衆のネットワークに注目

光悦芸術を理解するために役立つのが、展覧会公式ホームページにも掲載されている「人物相関図」です。

刀剣鑑定の名門家系に生まれ、刀剣の価値を引き出し見定める優れた審美眼を持っていた光悦は、徳川将軍家や大名たちにも一目置かれる存在でした。

光悦は、京都の町衆(裕福な商工業者)の一員としてさまざまな職種の職人たちと交流するとともに、信仰と血縁を通して広範なネットワークを築いていました。

尾形光琳、乾山の兄弟は、高級呉服商「雁金屋」尾形家に嫁いだ光悦の姉の曾孫にあたります。

また、本展に出品されている《本阿弥家図》には「タワラヤ宗達室」の名前が記されており、これが光悦の書の下絵を数多く手がけた俵屋宗達と同一人物だとすると、彼は光悦の義理の兄弟ということになります。


(左)《本阿弥家図》江戸時代・18世紀
(右)孫の本阿弥光甫がまとめたとされる《本阿弥行状記》原本:江戸時代・17世紀 天保13年(1842)写 兵庫・清荒神清澄寺 鉄斎美術館

本阿弥家は日蓮法華宗に深く帰依し、光悦もまた熱心な法華信徒でした。

本展では、光悦をより深く理解するために本阿弥家の信仰にも着目し、これまで紹介される機会が少なかった、光悦の信仰にかかわる品々も展示されています。


会場風景より
寺外では初めて公開される、寺院に掲げられた光悦筆の扁額(へんがく)などの展示

光悦が一族の菩提寺である本法寺に経箱とともに寄進した重要文化財《紫紙金字法華経幷開結(ししきんじほけきょうならびにかいけつ)》は、光悦の篤い信仰心がうかがえる品です。


会場風景より
(左)重要文化財《紫紙金字法華経幷開結》平安時代・11世紀 京都・本法寺 ※会期中、部分巻替えあり

本展ではこの経を納める《花唐草文螺鈿経箱》と《寄進状》も展示されています。

重要文化財《花唐草文螺鈿経箱》は、光悦が関与した漆工品として資料の上で直接結びつけることのできる唯一の作例。


重要文化財《花唐草文螺鈿経箱》本阿弥光悦作 江戸時代・17世紀 京都・本法寺

光悦筆の寄進状には「道風之法華経」とあり、《紫紙金字法華経幷開結》は、平安時代の「三蹟」で知られる小野道風(おののとうふう・894〜966)筆とされていたことがわかります。


(左)重要文化財《寄進状 (紫紙金字法華経幷開結付属)》本阿弥光悦筆 江戸時代・17世紀 京都・本法寺
(右)重要美術品《古今和歌集断簡(本阿弥切)》伝小野道風筆 平安時代・11~12世紀 京都国立博物館(展示期間1月16日~2月12日)

光悦にかかわる名刀が集結!

本阿弥家は足利将軍家の刀剣御用を代々務め、刀剣の鑑定や研磨などを手掛ける名門として知られています。

光悦もまた、多くの戦国武将たちから刀剣の目利きとして一目置かれる存在でした。

本展では、本阿弥家の審美眼によって選び抜かれた、国宝刀剣4件を含む珠玉の名刀が集結しています。

約40年ぶりに公開される重要美術品 《短刀 銘 兼氏 金象嵌 花形見》は、光悦が所持したと伝わる唯一の刀剣。

名高い刀工である志津兼氏の作品は、銘(刀に刻まれた作者名や日付のこと)が残っていないものが多く、本作は貴重な在銘作。

刀の持ち手部分には「花形見」の文字が刻まれ、刀身をおさめる刀装には金蒔絵で「忍ぶ草」の意匠が施されています。


(左)重要美術品 《短刀 銘 兼氏 金象嵌 花形見》志津兼氏 鎌倉~南北朝時代・14世紀
(右)(刀装)《刻鞘変り塗忍ぶ草蒔絵合口腰刀》江戸時代・17世紀

加賀藩主・前田家に伝来した《金象嵌銘 江磨上 光徳(花押)(名物 北野江)》の作者、郷(江)義弘は本阿弥家により高く評価された刀工。

数少ない江の作刀であるだけでなく、光悦の銘が認められる本作は、とても希少価値の高いものといえます。


(左)《刀 金象嵌銘 江磨上 光徳 (花押)(名物 北野江)》郷(江)義弘 鎌倉~南北朝時代・ 14世紀 東京国立博物館
(右)国宝《短刀 銘 備州長船住長重 甲戌》長船長重 南北朝時代・ 建武元年(1334)

ほかにも会場には、弘前藩主・津軽家に伝来し、「津軽正宗」の号を持つ国宝 《刀 金象嵌銘 城和泉守所持 正宗磨上 本阿(花押)》など価値の高い名刀が並んでいます。

また、人物や物の品質が保証されていることを「折紙付き」といいますが、重要美術品《短刀 銘 来国次 (名物 鳥飼来国次)》は、この言葉の語源となった、本阿弥家による鑑定書《折紙》があわせて展示されています。

光悦の美意識が詰まった「光悦蒔絵」と謡本

総合芸術家としての光悦の才覚が最大限に発揮された分野のひとつが蒔絵です。

光悦は、それまでになかった独創的なかたちと素材の質感で、新たな美意識を漆工芸の世界に持ち込みました。

俵屋宗達風の意匠を持つ一連の漆工作品は、光悦が何らかの形で関与したと考えられ、現在「光悦蒔絵」と称されています。

今回会場入口で来場者を迎えてくれるのは、展覧会メインビジュアルにもなっている国宝《舟橋蒔絵硯箱》。

展示室では、360度さまざまな角度からじっくりと鑑賞できます。

山型に盛り上がった独特な姿のこの硯箱は、大胆な意匠、高度な技術、古典文学から主題をとるなど、光悦の特色がよく表れた光悦蒔絵の代表作です。


国宝《舟橋蒔絵硯箱》本阿弥光悦作 江戸時代・17世紀 東京国立博物館

徳島藩主・蜂須賀家に伝来した料紙箱、硯箱、棚の3点は、室町時代に作られた格の高い宝物。

近代に入って光悦作と鑑定され、すべて重要文化財に指定されています。

高蒔絵を基調として、多彩な技法と素材を用いて美しい文様が表されており、光悦蒔絵の多様性を見ることができる作品です。


会場風景より
蜂須賀家旧蔵の料紙箱、硯箱、棚の展示
左から 重要文化財《扇面鳥兜蒔絵料紙箱》江戸時代・17世紀 兵庫・滴翠美術館、重要文化財《舞楽蒔絵硯箱》江戸時代・17世紀 東京国立博物館、重要文化財《子日蒔絵硯箱》江戸時代・17世紀 東京国立博物館

光悦蒔絵の独特の表現やモチーフの背後には、光悦がたしなんだ謡曲(ようきょく)の文化があったといわれています。

書が書かれた紙のことを「料紙(りょうし)」、文様や絵のある料紙のことを「装飾料紙」といいます。

会場では、光悦流書体の本文と豪華な装飾料紙を用いた謡本(うたいぼん)が、蒔絵の作品と同じ展示室に並んでおり、文学、文芸の世界と造形とのつながりを見比べながら鑑賞することができます。


会場風景より、さまざまな種類の謡本の展示
左から《光悦謡本 特製本》《光悦謡本 上製異装本》いずれも江戸時代・17世紀 東京・法政大学鴻山文庫

光悦と宗達の美の競演・重要文化財《鶴下絵三十六歌仙和歌巻》全巻一挙公開!

近衛信尹(このえ のぶただ)、松花堂昭乗(しょうかどう しょうじょう)とともに寛永の三筆のひとりと称され、桃山〜江戸時代を代表する書の達人でもあった光悦。

本展では、多彩な表情を見せる名品をとおして、光悦の書の魅力を余すところなく紹介します。

俵屋宗達が飛び渡る鶴の群れを金銀泥で描いた料紙に、光悦が三十六歌仙の和歌を散らし書きした、重要文化財《鶴下絵三十六歌仙和歌巻》は、2人の合作の中でも最高傑作のひとつといわれています。

鶴が飛び立って、大群をなして海を渡り、ふたたび地上に舞い降りるまでを、宗達は右から左に時間が流れる巻物の連続性を巧みに活かして見事に表現しています。

一方、光悦は鶴の上昇と下降、群れの密度に合わせて、字の大きさ、線の太さ、墨の濃淡を自在に変化させており、宗達の下絵と協調し、あるいは競い合うように展開するその書は、光悦が最も充実した作風を示した時期の代表作とされています。


重要文化財《鶴下絵三十六歌仙和歌巻》本阿弥光悦筆/俵屋宗達下絵 江戸時代・17世紀 京都国立博物館

飛び立つ鶴の羽音まで聞こえてきそうな躍動感あふれるダイナミックな作品。

13m以上あるとても長い巻物なので、全巻が展示される機会はそう多くはありません。この貴重な機会をお見逃しなく。


(手前)重要文化財《鶴下絵三十六歌仙和歌巻》(部分)本阿弥光悦筆/俵屋宗達下絵 江戸時代・17世紀 京都国立博物館

《蓮下絵百人一首和歌巻断簡》は、光悦が小倉百人一首を書写した和歌巻の後半部分から分割された断簡。墨の濃淡豊かに表現された光悦の書と、斬新な形態で描かれた蓮の下絵が美しく調和した作品です。


(左)《蓮下絵百人一首和歌巻断簡》本阿弥光悦筆 江戸時代・17世紀 京都・樂美術館
(中)《蓮下絵百人一首和歌巻断簡》本阿弥光悦筆 江戸時代・17世紀
(右)《蓮下絵百人一首和歌巻断簡》本阿弥光悦筆 江戸時代・17世紀 東京・サントリー美術館(展示期間1月16日~2月4日)
※会期中、展示替えがあります。

表情豊かな名碗でたどる、光悦の創造の軌跡

「光悦作」と伝わる茶碗は、大胆に箆(へら)削りを残していたり、ざらざらとした素地の土そのままであったり、一碗一碗じつに表情豊かです。

本展では、光悦が手がけたとされる名碗の数々から、光悦の造形美、創造の軌跡に迫ります。


「第4章 光悦茶碗-土の刀剣」展示会場風景

第4章の展示作品のうち7件が重要文化財に指定されていますが、なかでも見ごたえがあるのが黒楽茶碗の3碗です。

展示室の奥に並ぶ「村雲」「時雨」「雨雲」の銘をもつ3椀は、土、釉(うわぐすり)、手が織りなす美が堪能できる、まさに”大宇宙”をイメージさせる名碗です。


《黒楽茶碗 銘 村雲》本阿弥光悦作 江戸時代・17世紀 京都・樂美術館

ほかにも、江戸時代後期の松江藩主・松平不昧(まつだいら ふまい)など、江戸時代から近代にいたるまで、名だたる茶人・数寄者に愛蔵された重要文化財《赤楽兎文香合》や、わずか3椀しかないという光悦作の白楽茶碗のひとつ《白楽茶碗 銘 冠雪》(展示期間:~2月18日)などの名品が並んでいます。


「第4章 光悦茶碗-土の刀剣」展示会場風景

また光悦は、元和元年(1615)に徳川家康から鷹峯の地を拝領した頃から、樂家2代・常慶とその子・道入との交遊のなかで茶碗制作を行なったと考えられており、樂家歴代の作品もあわせて展示されています。

会場では、8K映像で光悦芸術を代表する4つの作品を紹介。

通常ではなかなか見ることのできない角度や至近距離からの鑑賞体験を楽しむことができます(約4分)。


《蓮下絵百人一首和歌巻断簡》 の紹介映像 ©️NHK

音声ガイドナビゲーターは、俳優の中谷美紀さんが担当。

詳細な作品解説をはじめ、本阿弥光悦の人物像や当時の時代背景など、より深く鑑賞を楽しむための情報をわかりやすく紹介してくれます。

バラエティに富んだミュージアムグッズ

展覧会特設ショップでは、バラエティに富んだアイテムが揃っています。

本展の代表作をモチーフにしたクリアファイル、可愛らしいフレークシールなどのほか、《鶴下絵三十六歌仙和歌巻》のマスキングテープも登場。

文房具をデコレーションするなどとさまざまな用途に使えそうです。

国宝 《舟橋蒔絵硯箱》をモチーフにしたかわいいマスコットキーホルダーは、バッグにつけられるボールチェーンもついています。

ほかにも、安政3 (1856)年創業の老舗が焼き上げた「オリジナル焼き印煎餅」や、名物の刀剣をモチーフにした「かまわぬ てぬぐい 北野江」など、ここでしか買えない魅力的なアイテムが揃っています。

ぜひ鑑賞の記念になるようなお気に入りのグッズを探してみてください。

 

多彩な分野で革新的な作品を生み出し、後の日本文化に大きな影響を与えた本阿弥光悦。

光悦ゆかりの名品をまとめて鑑賞することができる本展は、日本美術が好きという方はもちろん、さまざまなジャンルの日本美術について学んでみたいという方にもオススメです。

2024年は、大宇宙(マクロコスモス)のように深淵な光悦の美の世界への旅からスタートしてみてはいかがでしょうか。

Exhibition Information

展覧会名
特別展「本阿弥光悦の大宇宙」
開催期間
2024年1月16日~3月10日 終了しました
会場
東京国立博物館 平成館
公式サイト
https://koetsu2024.jp/
注意事項

※会期中、一部作品の展示替えを行います。
※展示作品、会期、展示期間等については、今後の諸事情により変更する場合があります。最新情報は展覧会公式サイト等でご確認ください。