生命の交歓 岡本太郎の食/川崎市岡本太郎美術館

食から読み解く巨匠の世界観「生命の交歓 岡本太郎の食」【川崎市岡本太郎美術館】 

2024年5月16日

「生命の交歓 岡本太郎の食」【川崎市岡本太郎美術館】 

岡本太郎《水差し男爵》1977年 岡本太郎美術館
キャプション:キリン・シーグラム社のウイスキー「ロバートブラウン」のノベルティーとして制作された水差しボトル(写真中央)

川崎市制100周年を記念した展覧会「生命の交歓 岡本太郎の食」が、川崎市岡本太郎美術館で7月7日まで開催中です。

「食」を切り口に、岡本太郎が制作した食器や得意料理のレシピ、取材先で撮影した写真など約200点の多彩な資料を本人の言葉とともに紹介。

「生きものが生きものを食べるのは、まさに生命の交歓である。」(『暮しの設計』中央公論社1974年4月号より)の言葉に代表される、岡本太郎のユニークな食事観・生命観を読み解きます。

生活に溶け込む芸術作品たち


岡本太郎《人間ボトル》1985年 岡本太郎美術館
キリン・シーグラム社が「国際科学技術博覧会(科学万博-つくば’85)」記念として販売した、岡本太郎(以下、岡本)デザインの記念ボトル。男性ボトルにはウイスキー、女性ボトルにはブランデーが入っている。

本展は全6章。食にまつわるさまざまな作品や資料を紹介しながら、食に対する岡本独自の哲学を読み解いていく構成です。

1~2章では両親の紹介や青春時代を過ごしたパリでの生活など、生い立ちやバックグラウンドについて。3章では岡本が縄文文化から受けた影響について。

4~5章は家具や食器などの生活用品と陶芸作品、6章では旅先で撮影した写真などを展示しています。

順不同になりますが、食器、レシピ、民族学の影響についてピックアップしてご紹介します。


第4章 生活を彩る ポスター展示風景より

岡本は一般の人を巻き込んで芸術を広め、生活の中に芸術を溶け込ませることを目指していました。その考えの下、家具や食器などの生活用品、パブリックアートなどさまざまな作品を制作しています。

本展第4章に展示されているキリン・シーグラム社のウイスキー「ロバートブラウン」のノベルティー、底面に顔がデザインされた《顔のグラス》(上ポスター写真参照)や岡本をモチーフとした特撮テレビ番組に登場するキャラクター《水差し男爵》(トップ画像)などは、現在でも人気を誇るグッズです。


岡本太郎《夢の鳥》(ティーセット)1977年 岡本太郎美術館
「一見非実用的で、しかも使い勝手の良いものを作ろうと思った。」(本展図録より引用)と岡本はコメントしている


第5章 岡本太郎の陶芸作品 展示風景より

パリ時代の10年間

岡本太郎《傷ましき腕》1936/49年 岡本太郎美術館
パリ時代の代表作。戦火で消失し、戦後に再制作された

岡本は18歳の時に、漫画家である父・岡本一平のロンドン軍縮会議取材に同行する形で作家・歌人の母・かの子とともに船でヨーロッパへ渡航します。その後、両親が帰国した後もパリに残り、10年間滞在しました。料理もその頃に覚えたようで、帰国後に得意料理を雑誌で紹介しています。

第2章では得意料理レシピや1953年に日本橋高島屋の7つのショーウィンドウを飾り付けた際の写真をパネル展示、また岡本の日常生活のようすを撮影したビデオも上映しています。


雑誌に掲載された得意料理のレシピ
パリの下宿で覚えたタルタルステーキが好物だったと言われる


写真8:得意料理レシピ 第2章 パリ時代から戦後 展示パネル


《箱根丸船上にて》 1930年 岡本太郎美術館
左から一平、太郎、かの子、恒松安夫、新田亀三
ヨーロッパ渡航中に船上で撮影した写真

神聖な儀式としての食~岡本が民族学から得た生命観


岡本太郎《鹿踊り(花巻)岩手》1957年 岡本太郎美術館
岡本は、狩猟生活の中で生命の糧となる鹿を神聖なものとした祭りに、縄文の精神が残っていると考えていた

第3章は本展のタイトル「生命の交歓」と題した、岡本独自の食事観に触れる展示です。パリ大学で民族学を学んだ岡本は、食べるという行為が各古代の民族、各国の民族の儀礼行為につながっていることを学びました。


岡本太郎《縄文土器(富山県出土)》1956年 岡本太郎美術館
岡本は縄文土器に感激し、その後日本各地の風俗を取材した

1951年には東京国立博物館で観た縄文土器に感銘を受け、美術雑誌にその時の衝撃を「四次元との対話-縄文土器論」(雑誌『みづゑ』1952年)として発表しています。

また、著書「美の呪力」には、文化の根源に祭りや儀式があり、食を始めとする全てがそこにつながっているという記述があります。

“人間文化には、根源の時代から、儀式があり、祭りがあった。そこには歌もあれば踊りもある。食事も、性の営みも、労働も、戦争も、その他もろもろの行為があった。そのどれが重く、どれが軽いとは言えない。全体がからみあって生活のシステム、一つの有機体となっている。”「美の呪力/岡本太郎」(新潮社)より

民族学に裏打ちされた、独特の世界観がうかがえます。


岡本太郎《縄文人》1982年 岡本太郎美術館
縄文の精神は、その後の作品にも反映されている

人間の力の源泉が食であることは間違いありませんが、筆者はそれが生き物の死とセットであることはふだん考えないようにしています。意識したら到底食べられないからです。

ですが、食べることを儀礼行為としていた古代民族のように、本来は人間の営みの全てに偏見を持たず、丸ごと抱きかかえて歓ぶたくましさを持つべきなのかもしれません。そうすることで、より深く豊かに生きられるような気がしました(展示の感想で、食の多様性を否定するものではありません)。

さまざまな視点から食の奥深さに触れ、戸惑いながら岡本ワールドに魅了された展覧会でした。

Exhibition Information

展覧会名
川崎市市制100周年記念展 生命の交歓 岡本太郎の食
開催期間
2024年4月27日~7月7日 終了しました
会場
川崎市岡本太郎美術館
公式サイト
https://www.taromuseum.jp