塩田千春の作品から他者との「つながり」を考える。圧巻のインスタレーションに注目
2024年10月3日
空の発見/渋谷区立松濤美術館
「空の発見」展(渋谷区立松濤美術館)展示風景
私たちが日々なにげなく眺める「空」は、アートの中でどのように描かれてきたのでしょうか?
渋谷区立松濤美術館で開催中の「空の発見」展では、日本の古来から現代までの空の表現を通して、私たちの認識の揺らぎや、時代の移り変わりを浮かび上がらせます。
空のようすは昔も今も変わらないはずなのに、日本美術の中では「青い空と白い雲」といった空があまり描かれてこなかったという気づきをきっかけに企画されたという本展。
展示は2Fと地下1Fの2フロアで展開され、2Fでは日本の近代までの「空」の描き方の変遷が紹介されています。
「空の発見」展(渋谷区立松濤美術館)展示風景
1章「日本美術に空はあったのか?—青空の輸入」のはじまりは、松川龍椿 《京都名所図屏風》から。屏風の中には都市風景が緻密に描かれ、川の水も青く描かれる一方、空は「金雲」や「金地霞」で抽象的に表現されています。
松川龍椿 《京都名所図屏風(右隻)》江戸末期(19世紀) 国立歴史民俗博物館
江戸時代後期になると、西洋画の影響を受け、日本でも青い空の表現が見られはじめます。例えば、葛飾北斎の《富嶽三十六景 山下白雨》では、プルシアンブルーという新しい顔料で鮮やかに空が描かれていました。
葛飾北斎《富嶽三十六景 山下白雨》江戸時代(19世紀)埼玉県立歴史と民俗の博物館
しかしながら、これも水平に青い一本のラインをひく「一文字ぼかし」という定型的な空の表現であり、空を表す記号的な意味合いのものだったといいます。
一方、同時代の西洋絵画では、写真のように、見えるものをすべて写実的に描いていました。
2章「開いた窓から空を見る―西洋美術における空の表現」では、17世紀のヤン・ボトや、19世紀のジョン・コンスタブルなど、自然を写実的に表現した作品が並びます。
「空の発見」展(渋谷区立松濤美術館)展示風景
日本でも幕末から明治にかけて、そうした西洋絵画に学び、写実的に空を描く試みが行われていったようすが3章「近代日本にはさまざまな空が広がる」で紹介されています。
例えば、高橋由一や五姓田義松らの油彩画の中に、青い空と雲が描かれています。
高橋由一《不忍の池図》1880(明治13)年頃 愛知県美術館
しかしながら、実は高橋由一の《不忍の池図》のスケッチには空のようすは描かれておらず、浮世絵表現の「一文字ぼかし」といった伝統的な空のイメージに影響を受けていた可能性も指摘されているそうです。
また、同時代には自然科学的な視点で雲を観察する動きも生まれました。備後国(びんごこく)福山藩阿部家第11代当主の阿部正直は、写真とスケッチで雲の観察を行いました。展示では、そのスケッチと、当時のステレオ写真(立体写真)も紹介されています。
阿部正直《阿部正直コレクション:気象観察記録資料》1929(昭和4)年 東京大学総合研究博物館
自然の風景を写実的に描く動きがある一方で、萬鉄五郎の《雲のある自画像》では、写実的な雲とは色も形状も異なる主観的な雲が描かれ、岸田劉生の作品の中でも、不自然なまでにのっぺりと平面的な空が描かれました。
萬鉄五郎《雲のある自画像》1912(明治45/大正元)年 公益財団法人大原藝術財団 大原美術館
写実的な表現の探求が行われる一方で、古来の空の表現や、空の風景に心象を重ね合わせたりと、同じ空に対しての認識の揺らぎが感じられます。
(左)岸田劉生《窓外夏景》1921(大正10)年 茨城県近代美術館、(右)萬鉄五郎《太陽の麦畑》1913(大正2)年頃 東京国立近代美術館
続く地下1階では、近代から現代にかけての作品が展示されます。
「空の発見」展(渋谷区立松濤美術館)展示風景
人が「空」を見上げる機会のひとつとして、「悲劇」が起こった時があることに注目したのは、5章「カタストロフィーと空の発見」です。
例えば、関東大震災を描いた池田遙邨の《災禍の跡》では、建物の残骸だけが残る地上と対比するように大きく広がる空が、強い印象を残します。
(左)鹿子木孟郎《大正12年9月1日》制作年不詳 東京都現代美術館、(右)池田遙邨《災禍の跡》1924(大正13)年 倉敷市立美術館
また、空をモチーフに戦争を描いた対照的な2つの作品も並びます。フランスで絵画を学んだ中村研一は、戦時中、戦争記録画としてB29に体当たり攻撃を行った瞬間を描き出しました。
一方、香月泰男は、徴兵され、中国で軍事訓練のさなかに考えた「蟻になって穴の底から青空だけを見ていたい」という思いを《青の太陽》で表現しています。
震災や戦争の記憶と感情が空を通して描きだされているようすが見られるようです。
(左)中村研一《北九州上空野辺軍曹の体当り B29二機を撃墜す》1945(昭和20)年 東京国立近代美術館(アメリカ合衆国より無期限貸与)、(右)香月泰男《青の太陽》1969(昭和44)年 山口県立美術館
6章「私たちはこの空間に何を見るのか?」では、現代の作品が展示されます。
AKI INOMATAは、《あの日の空を覚えている》で、3Dプリントの技術を使い、過ぎ去った雲のようすを再現しました。コップの中につくりだされた雲は、飲むこともできるそう。
AKI INOMATA《あの日の空を覚えている》2024(令和6)年 作家蔵
さらに、今回は新作として、2階に展示されていた、100年前に阿部正直がステレオ写真に残した雲を3Dプリントで再現し、再度ステレオ写真として残すという試みも行いました。アナログとデジタル、過去と現在を同じ雲で結びつけています。
(左)阪本トクロウ《ディスカバー》2005(平成17)年 山梨県立美術館、(右)小林正人《絵画 = 空》1985-86(昭和60-61)年 東京国立近代美術館
このほか、小林正人や、阪本トクロウらの空を描いた絵画も展示されます。多様化する空の表現の中で、アーティストたちは空を通じて自己表現や感情の投影を行っているようです。空は人間の意識を映す鏡のようなモチーフとなっています。
渋谷区立松濤美術館
「空の発見」展では、日本の空の表現の変遷を通じて、私たちの認識の揺らぎを浮かび上がらせることが試みられ、作品とともに、「空」に反映された作家たちの思いを想像するような展覧会です。
なお、会場の松濤美術館は、白井晟一が設計した建築で、その中央の空間は中空となり、丸く切り取られたような空に思わず注目してしまいます。忙しい日常の中ですが、空を描いた作品とあわせ、時にはすこし立ち止まって空を見上げてみるのもよいかもしれません。
※会期中、一部展示替えあり
前期:9月14日~10月14日
後期:10月16日~11月10日