風刺画/10分でわかるアート
2023年3月29日
2025年1月15日、新たな私設美術館「UESHIMA MUSEUM ANNEX」が北参道にオープンしました。
事業家・投資家の植島幹九郎のコレクションを展示する美術館として2024年に開館した「UESHIMA MUSEUM」の別館となる本美術館。オープニングを飾るのは、国内外で注目を集める今津景の個展です。
今津景展(UESHIMA MUSEUM ANNEX)展示風景
「UESHIMA MUSEUM ANNEX」は、東京メトロ副都心線・北参道駅から徒歩4分ほどの、MUPRE北参道ビルの3階にオープン。
オフィスビルのワンフロアを改装した展示スペースは、明るく開放感のある雰囲気が特徴です。
UESHIMA MUSEUM ANNEXの入るMUPRE北参道ビル
植島幹九郎が2022年から本格的に収集を開始した「UESHIMA MUSEUM COLLECTION」は、「同時代性」を重視し、作家が現代社会の感性を通じて創り上げた作品が中心を締めるコレクション。
700点を超えるそのコレクションの一部は、2024年6月にオープンした渋谷の「UESHIMA MUSEUM」で観ることができます。
「UESHIMA MUSEUM ANNEX」はその別館にあたるスペース。オープニング展示として、「今津景」展が開催されています。
今津景は、1980年山口県生まれのアーティスト。2018年からは、インドネシアを拠点に制作活動を行ってきました。
インターネット上の多様な画像をPhotoshopで編集して作成した下図をもとにキャンバスに油彩を描くというプロセスで作品を制作。近年は、気候変動やグローバルな課題をテーマとした作品も多く手がけています。
今津景《Drowsiness》 2022年 UESHIMA MUSEUM COLLECTION (今津景展(UESHIMA MUSEUM ANNEX)展示風景)
2025年1月からは、東京オペラシティアートギャラリーでも初の大規模個展が開催され、今注目される日本人アーティストのひとりです。
本展は、今津の活動初期にあたる2000年代後半から現在までの、およそ20年弱のキャリアをたどる構成となっています。
展示会場に入ると、鮮やかな色で描かれた今津景の初期作品が並びます。
(左)今津景《Blue Ribbon》 2022年 UESHIMA MUSEUM COLLECTION、(右)今津景《Orange Desert on Blue Sheet》 2029年 UESHIMA MUSEUM COLLECTION (今津景展(UESHIMA MUSEUM ANNEX)展示風景)
インターネット上の画像をもとに作品を制作するという特徴的な手法で今津が制作を始めたのは2005年頃から。
少年とビル街の風景をモチーフにした《Moment》は、2008年に制作された初期作品です。
今津景《Moment》 2008年 UESHIMA MUSEUM COLLECTION (今津景展(UESHIMA MUSEUM ANNEX)展示風景)
画面の下部には、少年とビルのモチーフが溶け込むように明るい暖色で描かれ、画面上部はそれと対比するような暗いトーンの寒色で描かれた都市の風景。
モチーフの間には何の関連もないように見える一方、水に濡れたような髪の少年の姿から、歪んだ都市の風景が水面に映って揺らぐようすにも見え、何らかのつながりを連想してしまいます。
タイトルの「moment」は、”一瞬”の揺らぎを捉えるような意味にも、物理学的な”物体を回転させる力”の意味の意味も感じられます。タイトルやモチーフから、複数の意味やつながりを見いだせるのは、現在の今津の作品ともつながっているようです。
今回の展覧会の中でもっとも目を引くのは、会場の奥に展示された《生き残る》。今津がインドネシアに拠点を移した後に制作した作品です。
今津景《生き残る》 2008年 UESHIMA MUSEUM COLLECTION (今津景展(UESHIMA MUSEUM ANNEX)展示風景)
天井高のある空間に吊って展示された約3M×4Mのキャンバスと、壁面を覆うデジタルプリントのシートで構成され、まずそのサイズと迫力に圧倒されます。
絶滅した鳥や、絶滅の危機に瀕した動物たちと銃を持った人間、手榴弾といったモチーフが描かれています。
外来種の侵入や侵略戦争による生態系の破壊など、人が豊かになることと引き換えに失われていくものへと眼を向けた作品です。
今津景《生き残る》 2019年 UESHIMA MUSEUM COLLECTION (今津景展(UESHIMA MUSEUM ANNEX)展示風景)
一方、視点を変えると、洞窟絵画などの人間の進化を想起させるようなモチーフも目に入り、「生き残る」というタイトルは、動物たちと私たちのどちらにも向けられているようにも感じられます。
本展でもっとも新しいのは、2024年に制作された《Mermaid of Banda Sea》。オランダ東インド会社統治下にインドネシアで捕獲されたとされる「アンボイナの人魚」にインスパイアされたという作品です。
今津景《Mermaid of Banda Sea》 2024年 UESHIMA MUSEUM COLLECTION (今津景展(UESHIMA MUSEUM ANNEX)展示風景)
透き通るような青を基調とした画面の中には、人魚の美しいシルエットが白く浮かび上がりますが、視点を変えると、大航海時代にはヨーロッパ諸国間の覇権争いが繰り広げられたインドネシアのバンダ諸島の地図や船、また、横たわった骸骨、動物の頭蓋骨をつかもうとする手などのモチーフも目に入ります。
1枚の絵の中に、描き方の異なる多数の層が見えてくるのも、近年の今津景の作品の特徴です。
(左)今津景《Susu》 2023年 UESHIMA MUSEUM COLLECTION、(右)今津景《Asyura》 2022年 UESHIMA MUSEUM COLLECTION (今津景展(UESHIMA MUSEUM ANNEX)展示風景)
本展で展示される12枚の作品からは、今津景の約20年間のキャリアで、デジタルで制作した下絵を油彩で描くというスタイルは一貫しながらも、そのテーマや表現方法は大きく変化していくようすがうかがえます。
展示室の今津景の作品のほか、エレベーターホールには、名和晃平やチームラボ、多田圭佑の作品も展示されています。
UESHIMA MUSEUM ANNEX エレベーターホール展示風景
手前が 多田圭佑《Heaven’s Door #5》2022年 UESHIMA MUSEUM COLLECTION
多田圭佑の《Heavenʼs Door #5》は、ゲームの中によく登場する古い門扉を立体的に再現した作品。実は絵の具でつくられた立体作品で、斧によって複数の傷をつけられた傷の内側には、黄色い絵の具が覗いています。
デジタルの世界をアナログの手法で現実で表現する部分や、「絵画」そのものについて考えるといった部分で、今回の今津の個展ともつながりが感じられる作品です。
UESHIMA MUSEUM ANNEXで開催中の「今津景展」は、今津景の約20年におよぶ作品の変遷をたどることができる展覧会です。同時期に開催されている、近年の作品を中心に構成された東京オペラシティアートギャラリーでの個展とは、また違った視点から今津景の作品に触れられます。
なお、渋谷のUESHIMA MUSEUMで2024年6月から開催されている「オープニング展」では、2024年12月から一部作品の入れ替えも行われました。
両展示ともに2025年3月末までなので、この機会にあわせて巡ってみるのはいかがでしょうか。