貴重な文化財を未来へ。東京国立博物館がクラウドファンディングを開始【インタビュー】

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2025年10月22日

貴重な文化財を未来へ。東京国立博物館がクラウドファンディングを開始【インタビュー】

解体寸前の民家で発見された、「源氏物語図屏風」(伝土佐光孚(とさみつざね)筆、19世紀・江戸時代)。

金色の雲を背景に、『源氏物語』の場面が18シーン描かれたこの屏風は、室町時代から続く土佐派の伝統を受け継ぐ貴重な文化財です。

東京国立博物館は、廃棄される危機に直面していたこの作品を守るため、3,000万円を目標としたクラウドファンディングを開始しました。

今回の屏風の発見から、クラウドファンディングに至るまでの経緯について、東京国立博物館 絵画・彫刻室長・土屋貴裕さんにお話を伺いました。

クラウドファンディングはこちらから→https://readyfor.jp/projects/tohaku2025

──「源氏物語図屏風」はどのような経緯で発見されたのでしょうか?

ある日、東京国立博物館に一通のメールが届きました。

「家の建て替えに伴い荷物を整理していたところ、大きな屏風が見つかった。個人での保管は難しいので、博物館の展示で活用できないか」というものでした。

送られてきた写真を一目見て『源氏物語』の屏風であることが分かり、すぐに現地へ向かいました。

──発見当時の作品の保存状態はどうだったのでしょうか?

実物を見たとき、率直に「これは厳しい」と思いました。

一般的に、美術館などで展示されている屏風は自立した状態ですが、この作品は自立できないほど損傷していました。

各パネルをつなぐ蝶番が壊れ、絵具の剥落や猫による引っ掻き傷、虫食いが見られるなど、極めて危機的な状況でした。

──今回の屏風には、『源氏物語』のどの場面が描かれているのでしょうか?

『源氏物語』は全五十四帖からなりますが、江戸時代の屏風では、名場面を抜粋して描くのが一般的です。

この屏風には、右隻に9つ、左隻に9つの全18場面が描かれているのですが、物語の有名なシーンだけでなく、比較的知られていない場面も取り上げられています。

一般的な「源氏物語屏風」とは異なるという点でも非常に重要な作品です。

──この作品が持つ「文化財としての価値」について教えてください。

ご覧のとおり、画面にはふんだんに金が施され、質の高い絵具が使われています。

婚礼調度品など、特別な用途のために制作されたことが想像でき、相当な費用がかけられたと考えられます。

文化財としての価値はもちろん、当時の文学や美術の研究資料としても貴重です。

──なぜ今回、クラウドファンディングという手段を選んだのですか?

この屏風は、江戸時代後期に描かれた『源氏物語』を題材とする非常に貴重な作品。ぜひ当館で収蔵・展示したいと考えました。

ただし、寄贈には条件があります。たとえば「ボロボロだけど国宝です」と言われれば、受け入れる余地はもちろんあります。

しかし、今回のように、たとえ文化財的価値が認められる作品でも、多額の修理費用や収蔵スペースの都合によっては、やむを得ず寄贈をお断りすることもあるのです。

それでも、当館では「東京国立博物館2038ビジョン」に基づき、新たな挑戦を進めています。今回のクラウドファンディングも、「文化財の修理を通して多くの人とつながりたい」という思いから始まりました。

支援によって、文化財の未来をともに守るという意識が広がることを期待しています。

──今回の修理で重点的に行われる作業や、技術的な課題はありますか?

今回の屏風は、画面自体は比較的良好ですが、修理にあたっては一度すべてを解体して処置を施します。

その後、絵を一枚の紙として剥がし、金や絵具が落ちないよう補強しながら、骨組みも新たに組み直していきます。いわば「大手術」のような、本格的な修理です。

──支援者に修理状況はどのように伝えられますか?

文化財の修理は、本来企業秘密とされる技術を多く含みますが、今回は特別に許可を得て、修理工程の一部を動画で紹介する予定です。

リアルタイムではありませんが、ウェブサイト上でも修理の状況は随時発信していきます。多くの方に修復の裏側を知っていただく機会にしたいと考えています。

──クラウドファンディングのリターンには、どのような特典がありますか?

たとえば100万円以上の寄付をいただいた方には、修理作業を間近で見学できる「特別体験」を用意しています。

さらに、源氏物語図屏風の絵を飾った、特注でつくる木製のオリジナルフォトフレームや、屏風の端に打つ鋲を使ったピンバッジなど、作品にゆかりのあるオリジナルグッズもご用意しています。

こうした記念品が、今回ならではの「思い出の証し」となっていただければと願っています。

──最後に、このクラウドファンディングで伝えたいことはありますか?

土佐光孚の名前は、必ずしも広く知られているとは言えません。だからこそ、「有名でなくとも価値ある文化財」に対して支援が集まれば、それは“文化財を愛する真の気持ち”の表れだと感じます。

この取り組みは、私たちの日常の活動の意義を私たち自身も再確認し、皆さんにお伝えするまたとない機会にもなります。このクラウドファンディングを通して、「当館や古い日本の美術を愛する人たちが日本にどれほどいるのか」を知るきっかけにもしたいですね。

今まで当館を知らなかった人との縁をつなぎ、その上で寄付してくださった方にはぜひこの博物館に来てほしいです。

本プロジェクトをきっかけに、博物館に足を運んでくださる方が増え、私たちとの距離が少しでも縮まれば本当に嬉しいです。

「文化財を未来につなぐ」という使命を、皆さんと一緒に果たしていけたらと思っています。

今回のクラウドファンディングは、「文化財を未来に伝えるための保存活動の舞台裏」に触れられる貴重な機会になると期待しています。

長い年月を経て、大切に守り伝えられてきた「源氏物語図屏風」。
数多くの文化財が時代の流れの中で姿を消してきている今、私たちが未来へと受け継ぐ責任を担う番なのかもしれません。

クラウドファンディングはこちらから→https://readyfor.jp/projects/tohaku2025