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2026年2月24日
焼絵 茶色の珍事/板橋区立美術館

(左から)《歳寒三友図》 朴桂淡 朝鮮時代以降(20世紀)、《花鳥図屏風》 朴桂淡 朝鮮時代以降(20世紀)、《芦雁図》 白南哲 朝鮮時代以降(20世紀) いずれも彌記繪菴
板橋区立美術館にて、2026年4月12日まで「焼絵 茶色の珍事」が開催されています。
本展は、古くから東アジアで親しまれてきた「焼絵(やきえ)」という技法を、日本で初めて本格的に紹介する展覧会です。
日本、朝鮮、中国、そして現代の作家たちが歩んできた表現の軌跡をたどり、その魅力に迫ります。
「焼絵」とは、熱した鉄の筆や鏝(こて)を素材に押し当て、焦がすことで絵や文字を表現する技法です。
一見すると地味な茶色の世界ですが、熱の加え方ひとつで、まるで墨の濃淡のような豊かなグラデーションが生まれます。
なぜ紙や木を焦がしても燃えないのか。その秘密は、素材が燃え上がる寸前で止めるという絵師たちの高度な技術にあります。
本来は素材を傷めるはずの火と熱を自在に操る技は、展覧会のタイトルの通り、めったに出会えない「珍事」といえるでしょう。

(左から)《月芦雁図》 白峨 江戸時代(19世紀) 個人蔵、《露草狗子図》 白峨 江戸時代(19世紀) 彌記繪菴、《面壁九年達磨図》 白峨 江戸時代(19世紀) 彌記繪菴
実は焼絵は、私たちの身近なところにも存在しています。贈答用の桐箱や木製玩具に見られる、茶色く立体的な文字や模様がその一例です。
摩擦に強く色が落ちにくいという特性から、かつては羽子板の輪郭線などにも用いられていました。

《焼絵羽子板》 作者未詳 大正~昭和時代(20世紀) 彌記繪菴
江戸時代後期、忘れられかけていた焼絵を芸術の域まで高めた人物がいます。近江・山上藩の第5代藩主、稲垣如蘭(いながき じょらん)です。
手本も師匠もない中、彼は独学でこの技を習得しました。その作品は、まるで水墨画のような高い完成度を誇ります。

(左から)《芦蟹・芦鷺図》 稲垣如蘭 江戸時代(18~19世紀) 個人蔵、《三十六鱗図(登龍門図)》 稲垣如蘭 江戸時代(18~19世紀) 彌記繪菴
江戸時代の焼絵は、教養豊かな人びとの間で一種のブームとして楽しまれていました。
名前に「如」の字を持つ絵師の作品が多く残ることから、如蘭が彼らに技法を伝授していたと考えられています。

(左から)《亀図》 如秀、洞山人賛 江戸時代(18~19世紀)、《梅鶴図》 蘭旭 安政3年(1856) いずれも彌記繪菴
如秀の《亀図》は、茶色の濃淡を巧みに使い分け、硬いこうらの質感を表現しています。
如蘭と関わりがあったとされる蘭旭の《梅鶴図》は、白い絵具を使わず、周囲を淡く焦がして紙の白さを際立たせることで、鶴の羽を表現しています。まさに超絶技巧といえる逸品です。

《源氏物語五十四首短冊貼交屏風》(右隻) 作者未詳、上田秋成筆 江戸時代(18~19世紀) 公益財団法人逸翁美術館
江戸後期を代表する文化人・大田南畝(おおた なんぽ)は、焼絵に強い関心を持ち、作品に詩や文章を書き添えることもありました。
また、『雨月物語』で知られる読本作家・上田秋成が和歌を記した短冊を貼り交ぜた屏風には、焼絵で花や虫が描かれています。
文字を引き立てるために紙自体を彩る、平安時代の雅な美意識を思わせる作品です。
葛飾北斎の弟子ともされる北鼎如連(ほてい じょれん)など、浮世絵師たちも焼絵を手がけています。なかでも、高い技術を持つ名手として知られるのが白峨(はくが)です。

(左から)《竹虎図》 白峨 江戸時代(19世紀)、《椿図》 稲垣如蘭 江戸時代(18~19世紀) いずれも彌記繪菴
《竹虎図》では、細かな毛並みや波打つような縞模様を巧みに描き、虎の立体感や躍動感を見事に表現しています。

(右)《達磨図》 白峨 江戸時代(19世紀) 彌記繪菴
白峨は、富士山とだるまを特に好んで描きました。
《達磨図》では、絵や文字だけでなく、印章(いんしょう)も焼き色で表現しており、徹底したこだわりが見られます。

第2章「朝鮮の焼絵」展示風景
焼絵は日本だけでなく、朝鮮半島や中国でも独自の発展を遂げました。
朝鮮半島の焼絵は「烙画(らくが)」と呼ばれます。画題は山水や花鳥が多く、焦がして書かれた漢詩が添えられるのが特徴です。

《竹図》 石南 朝鮮時代以降(20世紀) 彌記繪菴
《竹図》は、青く染められた絹に描かれた、珍しい作例です。
この作品は、下からのぞき込んだり、横から見たりと角度を変えて鑑賞してみてください。独特の光沢が現れ、表情が劇的に変化します。
見る位置によって印象が変わるのも、焼絵の魅力のひとつです。

(左から)《短簫》、《合竹扇》 いずれも作者未詳 朝鮮時代以降(1930年代) 日本民藝館
日本民藝館の創設者・柳宗悦(やなぎ むねよし)は朝鮮工芸に深い関心を寄せていました。実際に現地へ渡って、竹に焼絵が施された工芸品などを自ら収集しています。
温度を調整できる、電気式の焼絵器具が登場したことで、焼絵の表現は新たなステージへと進化しました。
彫刻家の辻󠄀野榮一は、この器具を駆使し、色をつけるだけでなく、素材の表面に物理的な凹凸を刻み込みます。
近くで見ると、角度によって光沢や影が変化し、海洋生物などの質感がリアルに浮かび上がります。

第4章「焼絵のいま、これから」展示風景より、辻󠄀野榮一の作品
一方、絵本作家の猫野ぺすかは、木の風合いや木目を生かした温かみのある作品を手がけています。
会場では、焼絵の茶色の線と鮮やかな色彩が調和した、優しく豊かな物語の世界が楽しめます。

(左から)《遊遊心心》 猫野ぺすか、《『おおかみとしちひきのこやぎ』絵本原画》 猫野ぺすか(絵)・末吉暁子(文) いずれも平成30年(2018) 作家蔵
江戸時代、ひとりの殿様が灯した小さな火種は、多くの作家たちを経て、今もなお燃え続けています。
「茶色の珍事」が放つ静かな熱気を、ぜひ会場で体感してみてください。