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2024年11月1日
シダネルとマルタン展/SOMPO美術館
19世紀末から20世紀初頭にかけて活躍したフランスの画家、アンリ・ル・シダネルとアンリ・マルタン。「最後の印象派」の二大巨匠として知られる2人の作品が日本で公開中です。
『シダネルとマルタン展—最後の印象派、二大巨匠—』の会場である東京都・新宿のSOMPO美術館は、複数の路線が走るターミナル駅・新宿駅から徒歩5分の好立地にあり、3フロア構成の展示室は見ごたえもたっぷりです。
印象派の“末裔”ともいえるシダネルとマルタン、彼らが描く光と詩情はどのようなものでしょうか。
この記事では内覧会の様子をレポートしつつ、展示の見どころや作品についてご紹介します。
シダネルとマルタンは同時期に活躍した画家で、フランス芸術家協会サロンこと「ル・サロン」で深い親交がありました。その後、新しい協会「ソシエテ・ヌーヴェル」を共同で立ち上げていることからも、親密さがうかがえます。
また2人とも、世紀末からモダニスムへ至る「ベル・エポック期」において画壇の中心にいた人物です。
「シダネルとマルタン展 -最後の印象派、二大巨匠-」展示風景
※展示室内は美術館の許可を得て撮影しています
シダネルとマルタンはともに印象派の系譜にありながら、新印象主義や象徴主義にも影響を受けています。
独自の画風を確立した2人は、よく知られる前衛画家たちとはまた別の、フランス近代絵画史における“もう一つの本流”とも言えます。
彼らの作品を目にすることで、19世紀以降のフランス絵画に新たな視点を見出せるかもしれません。
展示室は、右にシダネル、左にマルタンが手がけた大判の代表作から始まります。
二大巨匠として並べられる2人ですが、活動の拠点は対照的な「北」と「南」であり、その土地らしい光の表現はまったく異なる個性を放ちます。
画家それぞれのアイデンティティを象徴する作品は、私たちに2人のちがいを示しているかのようです。
展示室にシダネルとマルタンの絵が交互に飾られるさまは、2人が競い合うようでもあり、華やかな共演を思わせます。
カラフルなカーテンのかかったタイトルや各章のバナーは、まるで光の差し込む窓のよう。
シダネルとマルタン、個性は異なれど、ともに外界の光を描いた画家であることが印象づけられます。
この2人に焦点を当てた展覧会は国内初とのこと。
これまではあまり紹介される機会がありませんでしたが、近年ではヨーロッパで再評価され始めています。
日本で初めての二人展であることは、本展の見どころのひとつです。
アンリ・ル・シダネルは、インド洋のモーリシャス島に生まれ、のちに北フランスを拠点に活動した画家です。
上京してパリの国立美術学校に入学したシダネルは、のちにアカデミックな教育と都会の喧騒から距離を置くため、北部の寂れた港町「エタプル」に滞在します。この時期に北フランス特有の淡い光の表現を学び、印象派らしい明るい光よりも、微妙に変化する繊細な光を好んで描くようになりました。
「シダネルとマルタン展 -最後の印象派、二大巨匠-」展示風景
シダネルの作品は《エタプル、砂地の上》をはじめ、牧歌的な風景が特徴的です。
くすんだような色合いからは、空間の静寂や風の感触までもが伝わるようで、どこかメランコリックな印象も漂います。
《エタプル、砂地の上》アンリ・ル・シダネル 1888年 油彩/カンヴァス 46×60.5cm
フランス、個人蔵 ©Bonhams
シダネルは創作活動の一環で、イタリアを度々訪れました。そこでさまざまな画家の絵に感銘を受けましたが、自身の画風に大きな影響は受けませんでした。習作の旅をして多くの作品や風景に触れつつ、自らの画風を確立していったのです。
そんな中でも、ベルギー北西部の町・ブルージュとの出会いは、彼にとって転機となります。自然主義的に描く情景と、内面的な抒情性との調和を目指すことが、シダネルの方向性となったのです。
アンリ・マルタンは、フランス南部のトゥールーズに生まれ、南仏を拠点に制作活動を展開しました。
南仏の暖かく陽気な気候を反映してか、シダネルとは対照的に、マルタンの絵画は明るく強い色彩や活動的なタッチが特徴です。
「シダネルとマルタン展 -最後の印象派、二大巨匠-」展示風景
マルタンは、19世紀末のヨーロッパを席巻した象徴主義に影響を受けました。詩や文学に着想を得ながら、《野原を行く少女》のように身近な女性をモデルとして、象徴性の強い作品を描いています。
晩年には、大胆で主張の強い象徴主義の表現から離れ、親密で身近な光景の描写へと切り替わっていくところも特徴的です。
マルタンは《腰掛ける少女》にも代表されるような、明るい背景と影のある人物像の対比を得意としています。
絵画の中の「人」を表現するにあたって、シダネルとマルタンでは対照的な個性がみられます。
マルタンは、初期から身近な人物をよく描いていました。そんな彼の大きな功績は、市庁舎や大学など、公共建造物の壁画装飾を手がけたことです。印象派の画家で壁画の装飾を依頼されたケースは他になく、マルタン独自の大きな成功と言えます。
「シダネルとマルタン展 -最後の印象派、二大巨匠-」展示風景
パリ1区パレ・ロワイヤル内にある国務院の「総会室」に飾られた壁画には、“勤労のフランス”というテーマをもとに人びとの働く姿が描かれました。
群像表現を得意としたマルタンは、巨大な壁画を描くまでに、絵画に登場する人物たちを数多く描いています。老若男女と幅広く、中にはマルタンの知人をモチーフにした人物もいるそうです。
一方でシダネルは、人を描きませんでした。
しかし、絵の世界から人間の営みを完全に排してはいません。たとえば、無人の光景にぽつりと灯る家の明かりからは、たしかに人の存在を感じられます。
人を直接描かずとも、人の気配を感じさせるシダネルの絵は、豊かな詩情や物語性に満ちています。
「シダネルとマルタン展 -最後の印象派、二大巨匠-」展示風景
そんなシダネルも、例外として家族や友人などの絵は残していました。身近な人物に愛情豊かな眼差しを向け、肖像画を手がけたシダネルとマルタンは、ともに「アンティミスト(親密派)」としても知られます。
シダネルもマルタンも、晩年はフランスの村部に拠点を置き、制作活動を続けました。
シダネルは「バラの村」とも称される北フランスの村・ジェルブロワを見出しました。この土地に家を購入し、周囲の光景を題材とした絵画に取り組みます。穏やかな村の景色、バラが咲き誇る家や窓、庭や食卓を描いた絵は、いずれもシダネルの代表的な作品です。
また、窓を題材として取り上げた画家は印象派の中では珍しいと言われています。
庭にマルタンをはじめ仲の良い知人を招き、もてなしたこともあったようです。
アンリ・ル・シダネル《ジェルブロワ、テラスの食卓》
シダネルはのちに息子たちの教育のため、都市部のヴェルサイユにも住居を持ち2拠点生活を始めますが、淡く幻想的な詩情は健在です。
同じ頃、マルタンは南仏のラバスティド・デュ・ヴェールに、別荘「マルケロル」を購入して活動の拠点とします。画題にすることを念頭に作られた庭は、花に囲まれた池や、家族の憩いの場であったつる棚が特徴的です。
「シダネルとマルタン展 -最後の印象派、二大巨匠-」展示風景
後年にはさらに南へと足を伸ばし、近郊のサン・シル・ラポピーに家を購入します。崖の上に立つ教会や、断崖から見下ろす渓谷のロット川は、マルタンを魅了しました。
その後は、スペインとの国境にも近い港町・コリウールにも家を手に入れます。眩い南仏の日差しはマルタンの絵にさらなる輝きを与え、彩度の高い色彩によって入り江や船場の風景が描かれました。
「シダネルとマルタン展 -最後の印象派、二大巨匠-」展示風景
展示室の最後には、二人の素描が飾られています。
隣に並べられた2人の絵を比べてみると、左のマルタンの素描《沈黙》は特徴あるモチーフが生み出す象徴性が目を引き、右のシダネルの素描《輪舞》は淡くやわらかな線が印象的です。
「シダネルとマルタン展 -最後の印象派、二大巨匠-」展示風景
それぞれ素描においても、独自のスタイルと高い画力を存分に発揮していたことがわかります。
シダネルとマルタンの描く風景に魅せられ、フランスの南北を旅するような気持ちを味わえる「シダネルとマルタン展」。
彼らの作品を交互に見比べながらその対照的な個性を知り、共通項である外界の光を堪能できるのは、またとない機会です。
ぜひ会場を訪れ、多様な光の表現を楽しみましょう。
SOMPO美術館には、常設作品としてフィンセント・ファン・ゴッホの《ひまわり》が展示されています。
アジアで唯一、《ひまわり》を見られる美術館としても知られていますので、展示室の最後にある収蔵品コーナーであわせてご鑑賞ください。