2022年4月16日

「映画館で映画を観たくなる展覧会」が国立映画アーカイブで開催中

日本の映画館/国立映画アーカイブ

2022年4月12日から、国立映画アーカイブの展示室で展覧会「日本の映画館」が開幕しました。
本展では、映画館の写真やポスター、パンフレットなど300点以上の展示品を通して、日本の映画館の歴史を振り返ります。

現在、全国の映画館は、1つの場所に多くのスクリーンを持ち、効果的に多くの観客を動員するシネマコンプレックス(シネコン)が主流となりました。そのため、映画黄金期と呼ばれた昭和中期に建設された大型劇場や、街角の小さな映画館の多くは姿を消しています。
本展では、震災や戦争、復興、経済成長などの社会情勢のなかで、映画館がどのような変遷を遂げてきたのか、膨大な資料とともに解説。

「映画館で映画を観る」ことの大切さや尊さを再確認できるとともに、映画館に足を運びたくなるような展示品がたくさん詰まった展覧会となっています。

※展覧会情報はこちら

映画興行発展の象徴「東京浅草六区」の展示資料

本展は、映画興行発展の象徴となった「東京浅草六区」の紹介から始まります。


浅草六区電気館前のステレオ写真

1903年に浅草で開業した日本初の映画常設館・浅草六区電気館の写真や、細部まで作り込まれた浅草六区の模型、当時の映画スターのポスターなどの貴重な資料が並ぶ光景は圧巻です。

写真1枚で、周囲の建物や上映中の映画作品、人びとが身にまとっていた衣服がわかるため、当時の文化を知るきっかけにもなります。

そのほか、「弁士」と呼ばれる映画説明者の人気を反映した「活動写真弁士番付表」なども展示されており、初期の映画館や映画興行のようす、人びとの映画の楽しみ方などを知ることができるでしょう。

震災から復興を遂げた映画館

映画館数が増えていくにつれて街が賑わうようになり、そのうち映画街が形成されていくようになります。

しかし映画産業が盛り上がりを見せた頃に、関東大震災が発生。多くの映画館は焼けたり崩れたりと甚大な被害を受け、建て直しが必要となりました。

この復興に伴う再建ラッシュの過程で、個性的な外観をした建築デザインや、映画館建築に特化した建築家が誕生するなどの新しい文化が登場します。


新宿武蔵野館の写真

震災後に建設された映画館を紹介するコーナーでは、写真とともに独特な建築方法の紹介をしています。新宿武蔵野館など、現存する映画館の昔の建物の写真も紹介されているので、展覧会の後に映画館に足を運んでみるのも楽しみ方のひとつです。
また、この時代に誕生したモダンなデザインの映画ポスターも展示。現在の目から見ても新鮮なデザインとして映ります。


神田日活館『椿姫』(1927年、村田実監督)のポスター

戦争中の統制下の映画館

本展では、戦争中に国の統制下におかれた映画館のようすも、さまざまな資料とともに紹介しています。

1939年「映画法」が制定されると、ニュース映画・文化映画の上映強制など興行の形式が統制されました。


ポスター「映画はかうして配給される!」(1943年)

さらには1942年に社団法人映画配給社が設立され、作品の配給も統制下に置かれるようになったのです。同社は配給システムを徹底して簡素化したり、配給系統を作るなどして、製作の減少した映画を効果的に届ける手法を取りました。

また、戦争中の問題のひとつが「物資不足」でした。映画フィルムの製造に必要な硝酸が軍の求める爆弾の原料でもあったことから、「フィルムは弾丸なり」というスローガンが生まれます。このスローガンにより、フィルムの無駄を減らす国家的なキャンペーンが行われました。

実際に貼ってあったポスターや資料を目の当たりにすると、戦争中の映画制作や興行の不自由さを感じます。同時に、自由に表現できている今の映画制作や興行のありがたさ、尊さを実感しました。


展示資料

地域とともに歩んだ映画館、川崎の「チネチッタ」

「日本の映画館」展ならではの見どころを、展示・資料室を担当した国立映画アーカイブの濱田特定研究員にお聞きしたところ、「東京だけでなく、ふたつの地方都市の映画館に着目している点」だそうです。本記事ではふたつの都市についてもご紹介します。

川崎のチネチッタ

ふたつの大都市のうち、1つ目は「川崎」にある映画館です。JR川崎駅の近くに12スクリーンの映画館『チネチッタ』を構える株式会社 チネチッタは、その創業者が1922年に東京・日暮里に「第一金美館」を開業。今年で100年の節目を迎えます。


チネチッタを紹介するコーナー

チネチッタは、「観客とともに都市を作る」という姿勢で地域と映画作品の間に立ち、さまざまなイベントを企画してきました。

本展では、バーテンダーコンテストや没フィルム供養、映画仮装パレードなど、これまでチネチッタが実施してきた映画にまつわるイベントの一例を紹介しています。

映画の多様な楽しみ方を知ることができたのと同時に、地域とチネチッタの間に存在するあたたかい関係性を見ることができました。

北九州市にある映画・芸能資料館松永文庫

2つ目は、「北九州」にある映画館です。

北九州・門司生まれの映画興行主・中村上(なかむら じょう)は、1921年に門司の映画館に勤務して以来、興行の才能を発揮。数多くの映画館を経営したり、映画の入場税の減税運動に携わったりと映画のために奔走してきました。

中村氏が生涯で収集した映画に関する資料は約8000点にのぼり、遺族から北九州市の映画・芸能資料館松永文庫に寄贈されました。現在は貴重なコレクションとなっている資料の一部を、本展でも展示しています。


中村上氏が遺した資料

資料の中には、敗戦から間もない1945年の10月に、中村氏が地元の占領軍責任者に対して映画館建設資材の提供を求める陳情書がありました。資料を通して戦後の困窮した物資の状況が垣間見えると同時に、中村氏の映画に対する情熱を感じます。

映画史にとって重要な資料を長いあいだ大切に取っておいたという点から、映画という文化を後世に受け継いでいきたいという中村氏の想いが伝わってきたコーナーでした。

映画館で映画を観たくなる展覧会、『日本の映画館』

本展を一周することで、映画史の変遷を学ぶことができます。観る人によっては懐かしさを感じる展示品もあるでしょう。


展示資料

また、写真撮影が可能となっているので、思い出の映画館や心に残った資料をカメラに収め、後から見返すのも楽しみ方のひとつです。

近年、充実した作品数を誇る配信サービスの台頭や、新型コロナウイルス感染症の影響で映画館で映画を観る人は以前よりも少ない傾向にあります。しかし、そんな状況だからこそ人びとが同じ時間に集まって同じ作品を楽しむ「映画館」の魅力や楽しさ、尊さを再認識できた展覧会でした。

貴重な資料がたくさん展示されている展覧会になっているので、日頃から映画館で映画を観る人はもちろん、映画が好きな人はぜひ「日本の映画館」に足を運んでみてください。

Exhibition Information

展覧会名
日本の映画館
開催期間
2022年4月12日~7月17日 終了しました
会場
国立映画アーカイブ 展示室(7階)
公式サイト
https://www.nfaj.go.jp/