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2024年11月1日
牧歌礼讃 / 楽園憧憬 アンドレ・ボーシャン + 藤田龍児/東京ステーションギャラリー
東京駅丸の内駅舎内にある、東京ステーションギャラリー。創建当時のレトロな面影の残る美術館で、アンドレ・ボーシャンと藤田龍児の作品を紹介する展覧会を開催中です。
「牧歌礼讃 / 楽園憧憬 アンドレ・ボーシャン + 藤田龍児」展示風景
20世紀前半のフランスと20世紀後半の日本。活躍した時代も国も異なるふたりの画家ですが、彼らの描く作品にはのどかな自然や街なみが描かれ、観る者の心に沁み入るような魅力があります。
50歳近くになって転機を迎えたという点でも共通するふたりの画家の、代表作を含む114点の作品が鑑賞できる展覧会をご紹介します。
※展覧会情報はこちら
1928年に京都で生まれ、大阪市立美術研究所で絵画を学んだ藤田龍児。
着々と作品を発表していましたが、48歳の時に脳血栓を発症。翌年に再発して、右半身不随となってしまいました。
利き腕も動かず、一時は画家としての活動を断念しますが、療養とリハビリを経て、絵筆を左手に持ち替えて復活! 1981年に53歳で再起後初の個展を開き、2002年に亡くなるまでのあいだ、意欲的に絵を描き続けました。
藤田龍児 ≪於能碁呂草≫ 1966年 星野画廊蔵
藤田が終生好んでモチーフにしたエノコログサを描いた作品です。
藤田の画風は、大病を経験する前後で大きく変化します。病気になる前は、シュルレアリスムを思わせる、抽象的で幻想的な絵を描いていました。
≪於能碁呂草≫の穂の部分は、粉末クレンザーとボンドを用い、盛り上がるように表現されています。「ねこじゃらし」とも呼ばれるエノコログサですが、この絵に描かれた穂からは、ふわふわと風に揺れる軽やかさや可愛らしさというより、地表をうごめく生き物のような不気味さが感じられます。
画家の道を諦めようとしていた時期、藤田は自作の多くを廃棄してしまい、現存しているのはわずか14点のみとのこと。希少な作品です。
左:藤田龍児《BUILDING》1989年 星野画廊蔵
右:藤田龍児 ≪軍艦アパート≫ 1990年 大阪市立美術館蔵
療養とリハビリを経て再起した後、藤田は素朴で親しみ深い絵を描くようになりました。
《軍艦アパート》は、1930年に大阪の日本橋近くに建てられた、大阪市営下寺住宅を描いた作品です。
藤田は若き日に、このアパートで暮らしながら制作に励んでいた時期があったのだそう。実際は3階建てだったのが、当時の記憶を元に描いたこの絵では4階建てになっています。
アパートの住人や、ポストやじょうろ植木など、画面の隅々まで緻密に描かれています。
独特な画風を生み出している制作方法が、下塗りの「黒」。まず、黒の絵の具や煤などで画面を下塗りした上に彩色。レンガや屋根、電線や草などを描写する際には、絵の具がある程度乾いたタイミングでニードルを使ってスクラッチしていました。
街角や野原、工場や鉄道など、ありふれたものをモチーフにしながら、描かれているのは幼い日にどこかで見たことのあるような、ノスタルジックで味わいのある風景です。
1873年にフランス中部で生まれたアンドレ・ボーシャン。苗木職人として園芸業を営んでいましたが、第一次世界対戦が始まり徴兵。46歳で除隊後に戻った農園は倒産して荒れ果て、妻は心労から精神を病んでしまいます。
戦地で地図を描く仕事に携わったのをきっかけに、独学で絵を描きはじめたボーシャンは、妻の世話をしながら絵画制作を続けます。1921年にはサロン・ドートンヌに初入選。ロシア・バレエ団から舞台美術の依頼を受けたり、欧米各地で展覧会が開かれるなど評価はしだいに高まり、1958年にその生涯を閉じました。
アカデミックな美術教育を受けていない画家によって描かれた、素朴で独創的な作品は「素朴派」と呼ばれています。ボーシャンも、アンリ・ルソーやグランマ・モーゼスなどと並び、素朴派を代表する画家として知られています。
アンドレ・ボーシャン ≪川辺の花瓶の花≫ 1946年 個人蔵
苗木職人として花や木に囲まれてきたボーシャンは、画家になってからも草花や緑豊かな自然をモチーフに、数多くの絵を描きました。《川辺の花瓶の花》も、のびのびと描かれた川辺を背景に、花瓶に活けられた鮮やかな花が描かれています。
遠近法は使わず、手前のモチーフと遠くの風景、どちらも細部までくっきりとした描写は、軍隊にいたときに学んだ測地術の影響だと言われています。
左:アンドレ・ボーシャン《タルソスでアントニウスに会うクレオパトラ》1952年 個人蔵
右:アンドレ・ボーシャン ≪芸術家たちの聖母≫ 1948年 個人蔵(ギャルリーためなが協力)
ボーシャンは人物も好んで描いています。
肖像画や市井の人々の姿も描きましたが、神話・宗教・歴史に題材を取った歴史画も手がけました。
《芸術家たちの聖母》には、前方に聖母子が、背景には制作中の画家や彫刻家が描かれています。
神々しく偉大な人物も、ボーシャンが描けばのほほんと親しみやすい雰囲気に。緑豊かな背景とともに眺めていると、自然と心がなごみます。
左:藤田龍児 ≪静かなる町≫ 1997年 松岡真智子氏蔵
右:藤田龍児 ≪収穫≫1997年 星野画廊蔵
鉄道や蛇行する道、エノコログサなど、藤田の絵に繰り返し登場するモチーフがあります。
《静かなる町》に描かれている、とんがり帽子の女の子や白い紀州犬は、藤田の作品ではおなじみのモチーフです。
町並みはヨーロッパ風ですが、どこか郷愁も感じられる作品です。
アンドレ・ボーシャン ≪異国風の庭にいる人々≫ 1950年 個人蔵
《異国風の庭にいる人々》では、南国風の植物の生い茂った庭で、豊かに実った果物をもぐ人たち。まさに平和で牧歌的な楽園を象徴するような光景が描かれています。
制作された時代も地域も違いながら、ともに牧歌的な雰囲気のある2人の作品。
苦難を経て再起した彼らだからこそ、明るくほのぼのした世界を夢想し、絵画で表現したのかもしれません。
3階フロアには藤田龍児、2階フロアにはアンドレ・ボーシャンの作品を展示。ラストに2人の絵が2点ずつ並べて展示されています。
同じ会場で観ることで、それぞれの絵の持ち味がさらに引き立ち、癒やしの絵画世界の魅力を堪能できるのではないでしょうか。
歴史を感じさせる煉瓦壁が残る展示室には、大勢の人の行き交う駅構内にいることを忘れてしまうくらい穏やかな時間が流れていました。一点一点をじっくり、ゆったり鑑賞しながらリフレッシュできました!
なお、本展は日時指定券をオンラインで販売しています。入館人数の美術館の上限に達していなければ、会場で当日券を購入することもできますが、前もって美術館のWEBサイトでチケットを購入しておくと安心です。
※会期中一部展示替えがあります(前期4/16~5/29、後期5/31~7/10)
※新型コロナウイルス感染拡大防止のため開催内容が変更になる場合があります。最新情報は、美術館公式サイトをご確認ください。