「つくる」「つたえる」を聞くインタビュー:国立公文書館 阿久津智広さん、永江由紀子さん(後編)

2022年8月15日

歴史的に重要な公文書を守り、伝えていくこととは。国立公文書館のこれからについて聞いてみた

スフマートでは、「つくる」「つたえる」という2つの視点をもとに、ミュージアムを支えるさまざまな人へのインタビューを隔週・前後編でお届けします。

東京メトロ「竹橋駅」から歩いて5分の場所に位置する国立公文書館。同館は2021年に開館50周年という節目を迎え、「記録を守る、未来に活かす。」というキャッチコピーを掲げました。公文書などの歴史資料の保存だけでなく、展示や資料のデジタル化を通して公文書に触れる機会を広げる取り組みを続けています。


(左から)阿久津智広さん、永江由紀子さん ※撮影時、マスクを外していただきました。

今回お話をお聞きしたのは、国立公文書館で保存業務を専門とする阿久津智広さんと広報を担当する永江由紀子さんです。

前編では、文書だけではない意外な所蔵資料をはじめ、国立公文書館を支える「アーキビスト」の仕事、公文書の保存方法や公文書の魅力を伝える展示づくりについて教えてもらいました。

つづく後編では、公文書の修復作業や被災資料のレスキューのこと、国立公文書館の未来像についてお聞きします。

後編:国立公文書館を「つたえる」こと

──国立公文書館には修復係もあり、所蔵資料の修復も行っていると聞きました。公文書の修復はどんな道具を使うのでしょうか。

阿久津:紙の文書の修復には、基本的に和紙生麩糊(しょうふのり)を使って行います。当館では保存性や安全性が確認されている和紙を使用しています。そのため、伝統的な製法で作られている和紙が多いですね。当館の場合は、コウゾで作られた和紙を主に使っています。所蔵資料に使われているのがコウゾを原材料にした紙が多いというのと、洋紙にもコウゾの和紙がなじみやすいことが理由です。修復に使用する和紙については作り手の方に和紙の製造方法などを確認したものを使用するようにしています。

というのも、コウゾは外側の黒い皮を削り、内側にある白い皮を煮て繊維状に分解して和紙の原材料に使用するのですが、効率をあげるために産地によっては黒皮を残したまま漂白したり、白皮を煮る際に強い薬品を使ったりすることがあります。そうした効率化が修復材料としての和紙の保存性、安全性を低くしてしまうため、どうやって作られた和紙なのかは必ず確認するようにしています。


サンプル資料による説明

生麩糊は小麦粉でんぷん糊のことです。白い粉状のものを水に溶かして、ダマにならないようにかき混ぜながら煮ていくと、だんだんペースト状になってくるので、それを漉(こ)してなめらかな状態にして使います。

生麩糊は、昔から掛軸や屏風の表装などに使われてきたものです。この糊の何が良いかというと、可逆性があるという点です。可逆性とは、一度貼ってもまた剥がすことができるということです。でんぷん糊なので虫の餌にはなりやすいのですが、きちんとした環境で保存することで虫の発生に気をつければ、将来的にまた剥がして修復をやり直すことができます。

──修復に使う材料にも細心の注意が払われているのですね。修復の作業自体は具体的にはどのようにされているのでしょうか。

阿久津:修復の方法にはいくつかあります。一つは、「繕い(つくろい)」という方法です。欠損した部分や虫喰いの穴の形に合わせて和紙をちぎって貼り付ける方法です。


繕い、裏打ちをしたサンプル資料

和紙をちぎる際、水筆などで水分を与えて濡らしてちぎります。そうすると、コウゾの和紙は繊維が長いため毛羽ができ、貼り付けた際の段差を最小限にすることができます。刃物で切るとスパッと切れている分、貼ったときに確実に段差が生まれてしまいます。もちろん、1枚だけならそんなに気にならないかもしれませんが、1枚1枚を綴じ直して冊子に戻すことを考えるとわずかな段差が大きな厚みになってしまいます。


サンプル資料による説明

──とても繊細な作業なのですね!ほかにはどんな修復方法があるのでしょうか。

阿久津:「裏打ち」という、資料全体に裏から和紙を貼り付ける方法もあります。広範囲にわたって虫喰いがある場合や、資料の強度が低下していて全体的に補強したい場合に「裏打ち」を行います。

ほかにも、ティッシュのように薄い和紙で資料の両面をサンドイッチしてしまう方法もあります。この薄い和紙なら両面印刷の資料の文字の上から貼っても判読することができます。薄い和紙には色をつけて、資料に貼った時に見た目をなじませる工夫もしています。

さらに、「リーフキャスティング」という方法があります。特に虫喰いのひどい資料は、繕いをするにも時間がかかりますし、裏打ちをしてしまうと分厚くなってしまう。そんな場合に便利なのが、このリーフキャスティングです。紙漉きの原理で、水の中に分散させた繊維を資料の虫喰い穴に流し込んで埋めます。

その時々の資料の状態に合わせて、修復方法や使用する素材を選ぶのもとても重要なことなのです。

──こうした修復の技術は、地震や水害などの災害で損傷した被災資料のレスキューにも役立っているそうですね。

阿久津:被災資料のレスキューの話でいえば、やはり東日本大震災は大きな節目でした。それまでは特定の個人や団体ごとに被災資料のレスキューに関わることが多かったのですが、あれだけ大きな被害となると対応しきれません。図書館や博物館、公文書館をはじめとするアーカイブズなどの垣根を超えて協力するようなネットワークができました。

そのおかげで、いまは災害が起きても、情報共有が以前よりも早くなっていますし、相談窓口も増えてきたと思います。

──被災資料のレスキューについて、今後の課題としてはどんなことが挙げられますか。

阿久津:課題としては、やはり事前にどれだけ備えておけるかということでしょうか。どうしても災害で泥だらけになった資料を見ると、もうこれは救えないと思ってしまいがちです。でも、実際はそうした資料を救うことができます。泥だらけになった資料も、適切な処置をすることでほぼ元の状態に戻せます。

そのため、まずは、資料を救える可能性があるということを知っておいてほしいと思います。そして、災害で資料が被災した際にどこに相談すればいいのか、相談窓口を知っておいてもらうということも大切です。地震や水害などの災害はどこでも起きる可能性があるので、前もってそうした情報を広く共有しておくことは、今後さらに必要になってくるのではないでしょうか。当館のHPでは「被災公文書等修復マニュアル」を公表し、梅雨や台風の発生が多くなる時期にSNSで周知するよう努めています。

──そういう意味では、デジタルで資料を保存しておくというのも一つの手ですよね。国立公文書館では、デジタルアーカイブにも力を入れています。紙の資料をデジタル化する際、どのように撮影されているのでしょうか。

阿久津:デジタル化をすることにより資料を傷めてしまっては元も子もないので、安全に撮影することが大前提です。皆さんが想像するような撮影する面を下に向けるコピー機とは違い、資料の写したい面を上に向けて撮影できるスキャナーを使用しています。

所蔵資料の中でも縦横数メートルと大型の資料である江戸時代の「国絵図」などは、櫓(やぐら)を組んでデジタルカメラによって分割撮影したり、レールを組んでその上でスキャナーを動かして分割撮影したりして、最終的につなぎ合わせて1つの画像に仕上げています。

──大掛かりな撮影もあるんですね。これまでにどれくらいの所蔵資料がデジタル化されたのでしょうか。

阿久津:2005年にデジタルアーカイブを公開してから、これまでにデジタル化してきたのは約38万冊です。いま161万冊ほどの所蔵資料があるので、全体の約24%をデジタル化しました。

近年は、利用ニーズの高い資料である「内閣文庫」を中心に、毎年2万5千冊から3万冊くらいずつデジタル化を行い、デジタルアーカイブで公開しています。いつでも、どこでも、誰でも、自由に、無料で資料を見ることができるようにとの思いで、デジタル化を進めているところです。

──2021年に、国立公文書館は開館50周年を迎えましたね。これからの国立公文書館の未来像についてお聞かせください。

永江:開館50周年の節目に、「記録を守る、未来に活かす。」というキャッチコピーを作りました。国民共有の知的資源である当館所蔵資料を永久保存すること、また所蔵資料を皆さんに利用していただきたいという当館の理念を表現するキャッチコピーになっています。

また、国会議事堂の近くに新館建設の計画があり、2028年度末の開館を目指しています。これから私たちが取り組んでいくべきことの一つに、文書の目利きができ、資料の保存や利用に関わる専門職のアーキビストを増やしていくことがあります。個人的には、司書や学芸員のように認知度を高めて「将来はアーキビストになりたい」というような学生さんが増えたらいいなと思っています。

いま私たちが作成している文書がワードなどのデジタルファイルであることを考えると当然なのですが、これまでは移管される資料のほとんどが紙中心であったのが、平成23年度から少しずつ電子媒体で移管されるようになってきています。電子媒体の資料については、長期保存に適したフォーマットに変換するなどの措置が必要になります。時代とともにメディアもどんどん変わっているので、こうした多種多様なデータを保存するとともに、媒体変換などを行って活用できる状態にすることを今後も進めていく必要があると考えています。

そして「公文書」というと堅苦しいイメージがあって、身近なものであるにもかかわらず、どう活用したらいいのか、なかなか伝わらないのが現状です。そのようなところを崩していって、気軽に当館に立ち寄ってもらえたり、デジタルアーカイブで調べ物をしたりしてもらえるようになってほしい。公文書や公文書館が、世代を超えて広く利用してもらえるような存在になることも、この先の50年で私たちが目指していかなければならないところです。

国の行政機関及び独立行政法人等から移管を受けた歴史資料として重要な公文書などを永久保存し、それを私たちが利用できる状態を常に保っている国立公文書館。「東京国立近代美術館の隣にあるけど、どんな場所なのか分からない」「そもそも、一般人が入ってもいいの?」と思う方も多かったのではないでしょうか。本記事をきっかけに、国立公文書館に行ってみようと思っていただけると嬉しいです。

また国会議事堂近くに開館予定の新館をはじめ、充実のデジタルアーカイブや幅広いテーマで展開する展示会などからも目が離せませんね。今後の国立公文書館の取り組みに注目です!

次回のインタビューもお楽しみに!