総合開館30周年記念 鷹野隆大 カスババ/東京都写真美術館

「カスのような場所」から見つける 日常を生きのびるヒント【東京都写真美術館】

2025年3月5日


(左から)鷹野隆大《2019.12.31.P.#02 (距離)》《2019.12.29.P.#02 (距離と時間) 》 ともにより 2019 作家蔵

東京都写真美術館で、総合開館30周年を記念した展覧会「鷹野隆大 カスババ―この日常を生きのびるために―」が開催されています。

本展では、写真家・鷹野隆大(たかの りゅうだい)が1990年代から撮影し続けてきた日常のスナップショットを中心に、新作から旧作まで116点を展示。

都市の空間を自由に散歩するような会場でわたしたちの日常を「再発見」するような展覧会です。

写真家・鷹野隆大

鷹野隆大(1963年生まれ)は、1994年より作家活動を続ける写真家・アーティスト。

写真集『IN MY ROOM』で2006年に第31回木村伊兵衛写真賞を受賞しました。


鷹野隆大

セクシュアリティをテーマにした作品で知られる一方、「毎日写真」や「カスババ」といった日常のスナップショットの作品も発表してきました。東日本大震災以降は「影」を被写体とした写真の根源に迫るテーマにも取り組んでいます。

2021年には大阪の国立国際美術館で大規模な個展も開催されました。

混沌とした展示室で
日常のなかのわからなさと出会う

柱や壁が立ち並ぶ会場には、さまざまなサイズの写真が展示され、一見混沌とした空間になっています。明確な動線はなく、都市の空間を自由に散歩するような回遊型の構成です。


鷹野隆大 カスババ ―この日常を生きのびるために― 展示風景

展覧会タイトルの「カスババ」は、鷹野による造語で「カスのような場所」の複数形を意味する言葉。彼にとっては、東京や日本の都市景観を象徴する言葉であり、古いものと新しいものが混在し、秩序のない乱雑な風景を表しているといいます。

若い頃、鷹野はこの都市の乱雑さを嫌っていたところから、あえてそれを被写体にすることで、自分が無視していたものへの敬意を見出していきました。

本展は「カスババ」シリーズをはじめ、1990年代の旧作から初公開の新作まで、複数のシリーズの作品で構成されています。

鷹野隆大が木村伊兵衛賞を受賞した「In Mu Room』シリーズは、鷹野が自身の部屋に被写体を招き入れて撮影したポートレート作品。セクシュアリティの境界の曖昧さが表現されています。


(左から)鷹野隆大《模様の入った黒のストッキングをはいている (2002.04.30.L.#11)》2002、《レースの入った紫のキャミソールを着ている (2005.01.09.L.#04)》2005 、ともにより 作家蔵

また、鷹野の代表作のひとつである「毎日写真」シリーズは、1998年から現在まで毎日最低1枚の写真を撮り続けているもの。

自身の顔や東京タワーのほか、暮らしの中で気になったものが撮りつづけられ、「生きること」と「写真を撮ること」が密接につながっているようすが感じられます。


鷹野隆大《2001.11.24.T》<東京タワー>より 2001 作家蔵

本展では、2001年から最近までの東京タワーの写真がスライドショーで展示され、時間の流れと日常の積み重ねを感じさせます。

写真を通して表現する人との触れあい

今回の展覧会には「人と触れあうこと」がもうひとつのテーマとして込められており、親密な雰囲気を感じる写真も複数見受けられます。

2023年に制作された新作のひとつ「CVD19」シリーズは、コロナ禍における人と人との触れ合いをテーマにした作品。

手袋を介して手と手が触れ合うようすからは、触れることに対しての恐れがあった当時の感覚も伝わってきます。


鷹野隆大 シリーズ 2023 作家蔵

また、本作では等身大の手をスキャンし、そのままのサイズで出力することで、人間の存在感をリアルに伝えています。

複数枚の写真が蛇腹状に展示され、歩きながら作品を観ていくとその動きも感じられる作品です。

ほかにも、被写体を実物大で撮影・プリントした「ヒューマンボディ 1/1」シリーズなど、等身大の身体を表現した作品が展示されています。


鷹野隆大《HB#23》<ヒューマンボディ 1/1>より 1999 作家蔵

鷹野は東日本大震災以降、「影」を被写体にする作品も制作してきました。

「Red Room Project」シリーズでは、大判の印画紙を壁に貼り、壁に映った影そのものを記録する独自の手法を用い、影の存在感を表現しています。

印画紙のなかに白く写し取られた影の大きさによって「距離」を、動きに起因するブレによって「時間」をも捉えた作品です。


(左から)鷹野隆大《2019.12.29.P.#01 (距離と時間) 》《2019.12.31.P.#02 (距離)》 ともにより 2019 作家蔵

「美しい」だけではない
リアルな日常へのまなざし

「立ち上がれキクオ」シリーズは、一般的に写真の「モデル」としてイメージするのとは違った体型の男性が立ち上がるようすを撮影したもの。

美しく演出することなく、ありのままの姿を撮影することによって、鷹野はその人の尊さも捉えようとしています。


(左から)鷹野隆大《2002.09.08.M.#b08》《2002.09.08.M.#b09》《2002.09.08.M.#b10》<立ち上がれキクオ >より すべて 2002 作家蔵

会場の出口付近に展示された「カスババ2」シリーズは、東日本大震災後の2011年から2020年までを記録した作品です。

都市空間で撮影されたスナップショットを通じ、日常の中の乱雑さや違和感に向き合っています。


(左から)鷹野隆大《2015.10.28.#a28》2015、《2011.04.21.#06》 2011、ともに<カスババ2>より 作家蔵

本展担当の遠藤みゆき学芸員は、「私たちが日常をいかに再発見するかというところが、この展覧会のテーマの核になっていると思います」と語りました。

展覧会全体を見渡すと、被写体も撮影方法も幅広く、鷹野のいう「カスババ」の混沌とした風景にも重なって見えるかもしれません。

しかし、一貫して、身の周りにいる人や風景のありのままの姿、そのわからなさや違和感と向き合い続けてきたようすも感じられます。


鷹野隆大《2015.12.29.#12》<毎日写真>より 2015 作家蔵

まとめ

鷹野隆大が「カスババ」と名付けたのは、混沌として嫌いだった場所であり、一方では最も身近な場所。

そこにカメラを向け続けることで「今まで無視していたり、下げすんでいたものに対して、むしろ面白さであったり敬意というものが生まれてきた」と鷹野は語りました。

私たちの日常も、SNSに並ぶキラキラした瞬間だけでできているわけではありません。

展覧会のサブタイトル「―この日常を生きのびるために―」が示すように、本展ではそうした、必ずしも理想的ではない「日常」の面白さを再発見し、それに向き合いながら生きていくヒントが隠されているようにも感じられます。