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2024年11月21日
「10分でわかるアート」は、世界中の有名な美術家たちや、美術用語などを分かりやすく紹介する連載コラムです。
作家たちのクスっと笑えてしまうエピソードや、なるほど!と、思わず人に話したくなってしまうちょっとした知識など。さまざまな切り口で、有名な作家について分かりやすく簡単に知ってもらうことを目的としています。
今回は、俵屋宗達(たわらや そうたつ)が京都で確立した「琳派」について詳しくご紹介。
「この作品を作った作家についてもう少し知りたい!」「美術用語が難しくてわからない・・・」そんな方のヒントになれば幸いです。
江戸時代初期の京都に登場した、俵屋宗達を祖とする「琳派」。戦国末期から江戸初期の京都では、富裕な町人が文化活動の担い手として活躍し始めた時期で、琳派は彼らの文化サロンと深く関係しながら発展していきました。
江戸中期には尾形光琳(おがた こうりん)が出てきて宗達の技を継承し、琳派をさらに発展させていきます。
その後、光琳が没したことにより琳派が衰退し始めたころ、江戸で酒井抱一(さかい ほういつ)が琳派の技に江戸人の感性を加えた独自の画風を確立し、琳派ブームを再び巻き起こしました。
「琳派」という名前ですが、「派」とついているため、室町時代から幕末まで続いた日本画の一大流派である「狩野派」のように、師弟関係や血縁によって受け継がれていると思われがちです。
ですが琳派の代表的な絵師である宗達、光琳、抱一は、いずれも違う時代に生きた絵師たち。先人の作品に共感し、直接教えは受けないけれど勝手に尊敬して勝手に学ぶ。このつながりを後世の人たちが「琳派」と名付けたのです。
そんな琳派の最大の特徴は、計算された構図です。
(左)俵屋宗達 国宝《風神雷神図屛風》二曲一双 江戸時代・17世紀前半
(右)狩野探幽 重要文化財《雪中梅竹遊禽図襖》1634年
幕府や大名など当時の支配層に仕えていなかった町絵師の宗達と、同時代に活躍した徳川家康の御用絵師(*)を務めた狩野探幽(かのう たんゆう)の作品を例に観てみましょう。
ふたりの立ち位置は大きく異なりますが、ともに余白を効果的に用いるダイナミックな構図感覚を持っていました。
*御用絵師(ごようえし):江戸時代における幕府や大名のお抱え絵師のこと。
日本絵画に新しいデザイン様式を残した琳派は、その後の日本近代絵画にも大きな影響を与えました。
徳川家康が江戸に政治の中心を置いた17世紀。ヨーロッパの美術では「バロック様式」が花開きます。バロックもルネサンスと同じく、イタリアから始まった美術様式です。
ルネサンスの古代ギリシャやローマに見られる「人間を中心とした文化」を理想とした考えは、バロック時代にさらに強まり、宗教画に描かれる聖人の姿も庶民のような現実的な姿で描かれるようになりました。
また、風景画や風俗画、静物画といった現実との関係が深いジャンルも独立して発展していきます。
(左から)ディエゴ・ベラスケス《ラス・メニーナス》1656年/レンブラント・ファン・レイン《夜警》1642年/ヨハネス・フェルメール《真珠の耳飾りの少女》1665年頃
バロック美術は、複雑な動きや曲線から生み出されるダイナミックなデザインと、強烈なコントラストなどを使い、観る人を絵の世界へ引き入れる特徴があります。
この時代、スペインではベラスケスなどが活躍する「スペイン絵画の黄金時代」を迎え、市民文化が盛り上がるオランダではレンブラントやフェルメール、そしてフランドルでバロックの巨匠・ルーベンスなどが活躍しました。
①琳派の始祖・俵屋宗達
琳派を確立したといわれる俵屋宗達は、謎多き絵師として知られています。彼に関する資料はほとんど残されておらず、生没年すらも詳しく分かっていません。残されているわずかな記録から、江戸時代初頭の京都で活躍していたのではないかと考えられています。
俵屋宗達 国宝《風神雷神図屛風》二曲一双 江戸時代・17世紀前半
宗達の代表作である国宝《風神雷神図屛風》。右上には黒雲に乗って天を駆ける風神、左上には雲を蹴散らし舞い降りる雷神が描かれています。
風神と雷神をセットで描いたのは、宗達が最初と言われています。以降、本作は光琳や抱一、鈴木其一(きいつ)たちが模写するなど、琳派を代表する画題となりました。
※俵屋宗達についてもっと知りたい方はこちら
②琳派の大成者・尾形光琳
宗達が活躍したおよそ100年後に、京都画壇で注目を浴びる絵師が誕生します。それが、京都の裕福な呉服屋「雁金(かりがね)屋」に生まれた尾形光琳でした。
彼は、宗達が確立したデザイン性の高い新しい絵画をさらに洗練させ、琳派をさらなる発展に導きました。
尾形光琳 国宝《燕子花図屛風》六曲一双 江戸時代・18世紀
光琳の代表作である国宝《燕子花図屏風》は、絵師としての前半期を飾る作品です。
国語の教科書でおなじみの『伊勢物語』に登場するかきつばたの名所を描いた本作。主人公である在原業平や風景などはすべて省略し、かきつばたの花だけで構成されているのが特徴です。
光琳は制作の際、家業の呉服屋で用いた着物の型紙を下書きに使ったそう。独創的なアイデアや、「自分の表現したいものを描く」というハッキリとした意志が感じられる点などから、光琳らしい新しい作品だと言われています。
③江戸に琳派ブームを巻き起こした・酒井抱一
酒井抱一は、光琳が没した45年後、姫路藩(兵庫県)の藩主・酒井家の次男に生まれました。
37歳で家を出てお坊さんになる修行をしたのち、光琳の作品に魅力を感じて絵師の道に進みます。そして、京都で栄えた琳派に江戸っ子の「粋」を加えて、独自の琳派を発展させて、江戸に琳派ブームを巻き起こしました。
酒井抱一 重要文化財《夏秋草図屏風》二曲一双 江戸時代・19世紀
重要文化財に指定されている《夏秋草図屛風》は、光琳が描いた《風神雷神図屛風》の裏面に貼る作品として依頼された作品です。
抱一は、本作に対して宗達から光琳と琳派を受け継ぐ者としてのプライドを表したそう!長い時を越えて作品がコラボレーションするのも、琳派ならではなのかもしれません。
琳派で注目したいのはなんといってもその技法です!本記事では2点の絵画技法をご紹介。実際に作品を鑑賞の際の参考にしてみてください♪
①クローズアップ
『伊勢物語』の「東下り」で主人公・在原業平一行が、駿河国(現在の静岡県)の宇津山を越える場面を描いた、重要文化財《蔦の細道図屛風》に注目!
本作では、人物を描かずに物語の登場人物が目にした風景を描いています。この場合は、業平が見たとされている宇津山の風景が表現されていることになります。
俵屋宗達《蔦の細道図屏風》六曲一双のうち左隻 江戸時代・17世紀前半
古典文学などの題材から、登場人物や草花などのモティーフを切り取り、単独の画面を作り上げる「クローズアップ」は、琳派の絵師が好んだ技法です。
同時期に西洋で流行していたバロック美術のように、絵の中に入り込んで「どんな場面を描いているのかな?」と考えて鑑賞してみるのもおすすめです。
②たらし込み
たらし込みとは、塗った色が乾かないうちに、ほかの色を垂らしてにじませて、独特の効果を生む技法です。
これは宗達が発案したとされ、彼の作品では国宝《風神雷神図屛風》の風神雷神が乗る雲に使われています。
尾形光琳 国宝《紅白梅図屏風》二曲一双 江戸時代・18世紀
光琳の最晩年に描かれた国宝《紅白梅竹図屛風》の左右の梅の木の幹に注目!水墨と、白緑(びゃくろう)と呼ばれる白っぽい薄い緑を使い、たらし込みの技法により表現されています。
晩年、光琳は宗達の作品を盛んに模写していました。こうしたたらし込みの表現もですが、左右に梅の木を配し、中央の余白部分に川が流れる構図も、宗達の国宝《風神雷神図屛風》の影響を大きく受けているのではないかと言われています。
琳派を代表する作品が観られる美術館をご紹介します。
①根津美術館――国宝《燕子花図屛風》を所蔵
東京・表参道に建つ根津美術館は、実業家・初代根津嘉一郎(1860₋1940)が蒐集した日本・東洋の古美術品コレクションを保存し、展示するためにつくられた美術館です。
同館のコレクションを代表する作品が、尾形光琳の国宝《燕子花図屛風》です。本作は毎年、同館の庭園にかきつばたが咲く4月末から5月ごろに展示されます。
②岡田美術館――風神雷神図屛風が大画面で楽しめる!
岡田美術館は、温泉街として知られる箱根にある美術館です。時代の流れや流派にそって美術品を約450点展示し、館内のところどころに逸品コーナーやテーマ展示室などを設けています。
京都・建仁寺所蔵(現在は東京国立博物館に寄託)されている国宝《風神雷神図屛風》は、なかなか本物を観る機会はなのですが・・・
美術館正面の壁画に、福井江太郎氏によって「風・刻(かぜ・とき)」と名付けられて、創造的に再現された「風神雷神図」があります。
縦12メートル、横30メートルにも及ぶ巨大なスケールの本作は、一見の価値あり!同館の「足湯カフェ」に浸りながら、平成の「風神雷神図」をゆっくりと眺めてみては?
血縁や直接的な師弟関係がなく、洗練された作品へのあこがれで受け継がれていった「琳派」について、詳しくご紹介しました。
日本美術と聞くと、「西洋美術よりもわかりにくい」あるいは「ハードルが高いかも」という意見を多く聞きます。しかし改めて、西洋と日本を並べてみると・・・
ダイナミックなデザインと、強烈なコントラストなどを使うことで、観る人を絵の世界へ引き入れる特徴する琳派とバロック美術って、少し似ているのかも?と思いました。
次回は、琳派を発展させた尾形光琳について、さらに詳しくご紹介します。お楽しみに!
【参考書籍】
・矢島新『マンガでわかる「日本絵画」の見かた 美術展がもっと愉しくなる!』誠文堂新光社 2017年
・矢島新『マンガでわかる「日本絵画」のテーマ 画題がわかれば美術展がもっともっと愉しくなる!』誠文堂新光社 2019年
・守屋正彦『てのひら手帖 図解 日本の絵画』東京美術 2014年