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2024年11月1日
「10分でわかるアート」は、世界中の有名な美術家たちや、美術用語などを分かりやすく紹介する連載コラムです。
作家たちのクスっと笑えてしまうエピソードや、なるほど!と、思わず人に話したくなってしまうちょっとした知識など。さまざまな切り口で、有名な作家について分かりやすく簡単に知ってもらうことを目的としています。
今回は、エコール・ド・パリを代表する画家のひとり「モーリス・ユトリロ」について詳しくご紹介。
「この作品を作った作家についてもう少し知りたい!」「美術用語が難しくてわからない・・・」そんな方のヒントになれば幸いです。
1883年、フランス・モンマルトルに生まれたモーリス・ユトリロ(1883-1955)。1920年代パリで制作活動をしたアーティストたちの一群「エコール・ド・パリ」を代表する画家のひとりです。
ユトリロの母であるシュザンヌ・ヴァラドンは、当時のフランス画壇の大御所ピュヴィス・ド・シャヴァンヌに大変気に入られて、彼の絵のモデルを7年間勤めていました。そのため「ユトリロの父親はシャヴァンヌではないか」と言われています。しかし、シュザンヌは恋多き女性だったために、「ユトリロの父親が一体誰であるか」については諸説あります。
8歳の頃、批評家のミゲル・ユトリロに認知されたことにより「ユトリロ姓」を名乗るようになったユトリロ。同じ頃、元々絵の才能があったシュザンヌは女流画家になるため、幼いユトリロをシュザンヌは母マドレーヌ・ヴァラドンに預けて彼の元を離れてしまいます。
ユトリロの祖母・マドレーヌは大の酒好きで、「ワインは健康によい」と信じていたのだそう!なんとユトリロは中学生の時からワインを飲むようになっていたといいます。若い頃からの飲酒経験により彼はアルコール依存症になってしまいます。
朝からワインを飲み、学校の帰りにも飲んで千鳥足で帰宅していたというユトリロ。アルコール依存症により日常生活をまともに送れなくなった彼は、17歳から18歳で依存症に対する治療を始めるようになります。
パリのサン・タンヌ病院へ入院し、そこで治療のために絵を描くようになります。実は幼い時、たまに絵の上手いシュザンヌに絵を見てもらっていたことがありました。絵の教育は受けたことがないユトリロでしたが、その時描かれた《コタン小路》や《サン・ピエール協会とサンク・レール》など、白を基調とした絵が高く評価されました。そうしてユトリロは画家としての人生を歩むようになります。
ユトリロは、学生時代からずっとアルコール依存症に苦しめられてきた人生を送ってきました。そのため、彼の初期作には色彩があまりなく、白を基調とした風景画が多く見られます。それは生まれ故郷であるモンマルトルの風景が彼の中で強く残っているからだと考えられています。
モンマルトルはレンガや漆喰の階段が多く、ユトリロは幼少期にそのカケラで遊んでいたといいます。そのため「白」はユトリロにとって身近な色であることがうかがえます。そんなユトリロは「白の画家」とも呼ばれたほど、作品に白色を多用しました。
ちなみにユトリロは絵を描く時は馴染みの酒場に絵ハガキを持って行き、隅のカウンターでそのハガキを見ながら描いたていたのだそう!「一日に一度酔っぱらって、一日に一枚傑作を描いた」というユトリロ。彼の作品は良く売れたため、画廊とも契約ができ収入には恵まれていたといいます。
ノスタルジックな白い建物が並ぶ風景画は、アルコールに蝕まれ、荒廃していた内面を描き出したものなのかもしれません。
アルコール依存症に苦しみながらも、多くの傑作を生みだしたエコール・ド・パリの画家、モーリス・ユトリロについて詳しくご紹介しました。
依存症治療の入退院をくり返していたユトリロ。35歳の時に療養所から脱走し途中モンパルナスで、唯一の友であるアメデオ・モディリアーニ(1884-1920)に出会います。モディリアーニもかなりの酒好きだったようで、2人で飲み明かす日も多かったのだそう。絵もよく一緒に描いていました。
しかし、モディリアーニはその一年後に死去。皮肉なことにモディリアーニの死後、ユトリロの絵がよく売れるようになりました。晩年は、財産家の未亡人であるリュシー・ポーウェル夫人と結婚し、彼女が望むままに絵を描くという画家にとっては囚人のような生活を送り、最後は西仏の街ダクスで72年の生涯に幕を閉じました。
日本では、東京都町田市にある「西山美術館」がユトリロの作品を一番多く収蔵しています。興味のある方はぜひ足を運んでみてくださいね。
次回は、「エコール・ド・パリ」について代表的な画家や作品と一緒に詳しく紹介します。お楽しみに。
【参考書籍】
・早坂優子『101人の画家 生きてることが101倍楽しくなる』株式会社視覚デザイン研究所 2009年
・井上輝夫ほか『ユトリロと古きよきパリ』新潮社 1985年
・朝日新聞社編『朝日美術鑑賞講座10 名画の見どころ読みどころ 20世紀 現代絵画②』朝日新聞社 1992年