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2024年11月1日
私たちは何者? ボーダレス・ドールズ/渋谷区立松濤美術館
あなたは「人形」と聞いたらどのようなものを思い浮かべますか?
着せかえ人形やアニメのフィギュアから、リアルな蝋人形、それにお雛様まで、ひとことで「人形」と言っても本当に幅広いですよね。
そんな日本の「人形」に注目し、平安時代の呪いの人形から現代アートまでをたどりながら、引き継がれ続けているものについて考える展覧会が開催されています。この記事では、東京都の渋谷区立松濤美術館で開催中の「私たちは何者?ボーダレス・ドールズ」展についてご紹介します。
タイトルにある「ボーダレス」とは、日本の「人形」は、民俗や工芸、玩具、現代美術など、さまざまな分野にまたがった曖昧な存在として現代まで長い年月を生きながらえてきた唯一無二の造形物であるということを示した言葉。
本展では、そうした「ボーダレスな存在」である人形を、年代を追った10の章に分け、その歴史を振り返っていきます。今回は、章をまたいで3つの注目ポイントでレポートします。
「私たちは何者?ボーダレス・ドールズ」展 キービジュアル
本展のはじまりは、平安時代の人形から。この時代のものとして出土した《人形代(ひとかたしろ)》は、短冊状の木片に墨で顔を描いたもの。お祓いや儀式に使われたものと考えられているそうですが、こうした平面のものとは異なる、人の身体が立体的に表現された同時代の《人形代》が、10年ほど前に出土しました。
《人形代[男・女]》平安京跡出土(平安時代・9世紀) 京都市指定文化財 京都市蔵
本展のキービジュアルにもなっているこの《人形代》は、人の名前が書かれたいわゆる呪いの人形。板の人形よりもリアルなのは、より強力に呪いをかけるための狙いがあったと考えられているそうです。
現代でも、「人形には魂が宿っていそうで、手放す場合もゴミに出すのは避けたい」という感覚がありますが、日本人にとっての人形は、この時代からすでに、生命を宿すような存在だったことがわかります。
「私たちは何者?ボーダレス・ドールズ」展(渋谷区立松濤美術館) 2F展示風景。
子どもの健康と成長を願う「御所人形」や、子どもの病や災いの”身代わり”として使用された「天児」なども。
時代は進み、第二次世界大戦中には、兵士のための人形も制作されたといいます。
人形といえば、女の子のためのものというイメージもありますが、戦地の兵士を励ますために送られた「慰問袋」には、戦地に赴かない少女たちによって制作された《慰問人形》を入れることが推奨されたそう。
《人形・奉公袋》昭和時代・20世紀 靖国神社遊就館蔵
それは、「この人形を作った少女たちを守らなければいけない」と、守るべき者の姿を兵士たちに想像させ、戦意を鼓舞する狙いがあったとも考えられているそうです。
「人形」には、自分の身に危機が迫っているとき、そうした”恐怖や不条理に対する自身の身代わり”として求められる側面があるようです。
左から《おばといとこたち》(2005)《約束された子供》(2013)《快復する私たちの身体》(2020) / 工藤千尋 個人蔵
こちらの現代の作品にも、作者自身の健康状態や心情が反映されています。
一方、展示された作品たちからは、「人形」には、”憧れや欲求の投影先”として求められる側面があることも感じられます。
大正時代の画家で、ロマンチックな画風で知られる竹久夢二は、アマチュア人形創作団体「どんたく社」を結成し、身のまわりにある素材を使用した人形のつくりかたを研究していたそう。
今回展示されている《ピエロ》も、竹久夢二の絵画と同様、ロマンチックな雰囲気が醸し出されています。美しい人形は、当時の子どもにも大人にも夢を与えたことでしょう。
《ピエロ》/ 竹久夢二 (1930-1934) 国立工芸館蔵
昭和初期に活躍し、「ひまわり」と「それいゆ」といった雑誌の編集者や、イラストレーターでもあった中原淳一も、実はそのルーツは人形の制作にあるのだそう。
会場には、中原が自身を投影して制作してきたという男性の人形が展示されています。
《無題》/ 中原淳一 (1967)個人蔵 現代に見てもそのロマンチックな雰囲気に惹かれます
今回の展覧会では、「ラブドール」と呼ばれる、性愛の対象として制作されたリアルな等身大の人形も展示されています。こうした人形は、さまざまな事情をかかえた人の「性」だけでなく「気持ち」の受け皿の意味合いを持って制作され、「ケア」の視点が盛り込まれているそうです。
「人と心を通わせることができる」造形が追求された人形は、人間をそのまま再現した”リアル”とは異なるリアリティが感じられます。
《無題》/ 天野可淡 (1988-1989)国立工芸館蔵
また、人形の姿を借りることで自己の内面、思想を表現するアーティストも。
「球体関節人形」で知られる四谷シモンや天野可淡の作品は、美しさとグロテスクさを持ち合わせ、耽美な雰囲気が表現されています。
人のさまざまな思いを投影して制作されてきた人形は、どれも非常に丁寧に制作されたものですが、今回「美術館」に展示されているこれらの人形たちは「美術」のカテゴリに入るものなのでしょうか?
本展では、人形と美術の関係についても考えられています。
《三人舞妓》/ 小島与一 (1924)アトリエ一隻眼蔵
細部まで端正に整えられた博多人形の造形は、「彫刻」とどこが違うのでしょうか?
明治時代に西洋から”Sculpture(彫刻)”という概念が持ち込まれると、「彫刻」と「彫刻以外」が規定される中で、人形は「彫刻」の外、そして「美術」の概念の外に追いやられてしまったといいます。
左から《生人形 束髪立姿明治令嬢体[頭部のみ]》/ 安本亀八 (1907)、《生人形 源平時代大将体立姿[頭部のみ]》/ 安本亀八 (明治時代・20世紀)、《生き人形 源平時代侍体坐像[頭部のみ]》(明治時代・20世紀)東京国立博物館蔵
幕末から明治にかけて流行した「生人形(いきにんぎょう)」は、現代に見てもそのあまりの精巧さに驚いてしまうほどですが、当時は「見世物(みせもの)」として見せる、エンターテイメントのひとつでした。
「私たちは何者?ボーダレス・ドールズ」展(渋谷区立松濤美術館) 地下1F展示風景。
等身大のリアルな人形たちが並びます。
その後、見世物が廃れるに従い、その技術は、人体模型やマネキンに応用されていったといいます。こうした「マネキン」もまた、「美術」のイメージからは離れて感じられるかもしれませんが、彫刻家の向井良吉は、マネキン製造業の「七彩」の事業に携わりながらも、オリジナルの彫刻作品を発表し続けました。
本展では、彼の制作したマネキンと彫刻作品《蟻の城》 が並べて展示されています。
左から 《SA-10》/ 向井良吉 (1952)株式会社七彩蔵、《蟻の城》/ 向井良吉 (1960)東京国立近代美術館蔵
リアルな「蝋人形」も、現代のエンターテイメントのひとつのようなイメージもありますが、松﨑覚によって制作されたロシアの文豪 ドストエフスキーの蝋人形は、製品とは別に、自分のための作品として制作したもの。
ロシアのウクライナ侵攻に刺激され、ロシア文学を大切にしたいという自身の気持ちに入り交じる複雑な思いを反映したとてもリアルな人形は、エンターテイメントとは違った意味合いに感じられます。
《フョードル・ドストエフスキー》/ 松﨑覚 (2022)蝋プロ蔵
会場の最後に登場するのは、村上隆による《Ko2ちゃん (Project Ko2)》。小さな顔に大きな目、細いウエストと、かわいらしさの「記号」を集めた等身大の人形の前に立つと、「かわいい」とだけ言い切れないような不思議な感覚になります。
村上隆 《Ko²ちゃん(Project Ko²)》1/5原型制作 BOME(海洋堂)1997年 個人蔵 ©1997 Takashi Murakami/Kaikai Kiki Co., Ltd. All Rights Reserved.
2003年のクリスティーズ・オークションで日本現代美術作品の最高額で落札されたことでも話題となったこの作品ですが、今回の展覧会では、この小型フィギュアを付録として付けた同年の美術手帖も合わせて展示。高額なアートのフィギュアを付録にし、その金銭的価値を覆すという意味で、アートの価値に疑問を投げかける意味も持った作品となっています。
本展のキービジュアルになっている《人形代》から《Ko2ちゃん (Project Ko2)》まで、さまざまな分野を超えたボーダレスな存在である人形を観ると、その根底には、何らかの気持ちの投影先であり、その時代の人をうつす鏡のような意味合いは現代まで変わらず引き継がれていることが感じられます。それが、現代アートとなって世界に発信され、人形は、国境や価値観も超えたボーダレスな存在となっているのかもしれません。
《リセットちゃん》/ BOME (2018)株式会社海洋堂蔵
本展では89点もの人形が展示されていますが、それでも人によっては、自分の想像する「人形」のイメージとぴたりと合うものはないかもしれない、というくらい、日本の「人形」は歴史も深く、本当に幅広いということが感じられる展覧会です。全く違った時代、分野、役割の人形たちにも、脈々と繋がっている日本人と人形の関係が、この展覧会を通じて見えてくるかもしれません。
「私たちは何者?ボーダレス・ドールズ」展は、渋谷区立松濤美術館で2023年8月27日(日)まで開催されています。
※会期中、一部展示替えあり。
前期:7月1日~7月30日
後期:8月1日~8月27日
※本展覧会の出陳作品には、18歳未満の方(高校生含む)がご覧になれない作品が一部含まれます。あらかじめご注意ください。