塩田千春の作品から他者との「つながり」を考える。圧巻のインスタレーションに注目
2024年10月3日
8月15日は終戦記念日です。終戦からまもなく78年ですが、現在もこの世界で戦争は起こり続けています。
今夏、スフマートでは戦争や平和に関するテーマを取り扱う4つの館にインタビューしました。1か月の集中連載で毎週お届けします。
戦争のつらさや苦しみは、戦争中だけでなく、戦争が終わってからも続いたことをご存知でしょうか。第二次世界大戦・太平洋戦争においても、多くの人たちがさまざまな苦しみを味わいました。
平和祈念展示史料館 広報 加藤隆さん
東京・西新宿にある平和祈念展示資料館では、先の大戦で苦しくつらい体験をされた、兵士や戦後強制抑留者、海外からの引揚者にスポットを当て、彼らのそうした体験を物語るさまざまな資料を展示しています。
平和祈念展示史料館の設立に込められた思いや、皆さんがあまり知らないシベリア抑留の実態などを、広報担当の加藤隆さんと一緒に展示を巡りながらご紹介します。
──平和祈念展示資料館では、兵士、戦後強制抑留者、海外からの引揚者と、戦後も苦労された方々に焦点を当てた展示をされているのが特徴的です。そこにはどんな思いがあるのでしょうか。
当館は2000年に平和祈念事業特別基金によって開設され、その思いを大いに受け継いでいます。
平和祈念事業特別基金とは、軍に籍を置いていた期間が短いために終戦後、年金や恩給を受けられなかった兵士やシベリア等に強制抑留されて過酷な労働をさせられた方々、海外の移住先から追い出されるようにほぼ無一文で引き揚げてきた方々に対し、国として慰藉(いしゃ)することを目的に1988年に設立されたものです。
その活動の一環として彼らの労苦にまつわる体験談や資料をまとめて展示し、国民の皆さんの理解を深める場として、当館がつくられました。
歴史的には1945年8月15日に先の戦争は終わりを迎えたことになっていますが、実はその後も多くの人びとが苦しんだということをたくさんの方に知っていただきたいという思いで今日まで続いています。
──3つのコーナーに分かれた常設展示室内には、たくさんの実物資料をはじめ、当時のようすを再現したジオラマや当時の写真などもあり、とても見応えがあります。展示資料のエピソードを教えてください。
「兵士コーナー」では、いわゆる「赤紙」と呼ばれる臨時召集令状の実物が展示されています。
赤紙には誰がどの地に向かうのかが記載されており、いわば軍の機密情報。通常は召集された先で廃棄するものなので、現物が残っているのはとても貴重なんです。
それと、お守りとして出征する兵士に手渡された「千人力」の日の丸や千人針。当時の人びとの思いが知れるものになります。
「千人力」の日の丸は男性から贈られ、戦場で活躍できるように自分の力を貸すという意味で「力」の字がたくさん書かれています。
一方、女性たちから贈られた千人針は赤い糸で1針ずつ玉留を縫い、虎の絵柄を描いています。
玉留には「弾を止める」、虎には「千里行って千里帰る」という言い伝えにちなみ「必ず帰ってきてほしい」という祈りが込められているのです。
──続く「戦後強制抑留者コーナー」では、主にシベリアに抑留された方々が現地で使っていた生活の道具類が展示されています。シベリア抑留に関する資料をメインで展示しているのは、国内では平和祈念展示資料館を含めて2館だけなのだとか。
そうなんです。京都にある舞鶴引揚記念館と当館のみです。
シベリアに抑留された日本人は約57万5千人にものぼると言われているのですが、正確な数字はいまだにわかっていません。そのうちの1割の方が亡くなったと推定されています。
こちらのコーナーでは、抑留者の方々が手作りしたスプーンをぜひ見ていただきたいですね。
余った木材や金属などで作られたもので、多くの抑留者の方が帰国の際にスプーンを持ち帰りました。当時、食糧不足の中で、飯ごうの底に残ったお粥などをスプーンでかき出して食べて命をつないでいたといいます。
スプーンが展示されているのは意外かもしれませんが、そうした厳しい生活を生き抜くための必需品、命をつなぐものの象徴としてスプーンを展示しています。
──収容所での食事シーンを再現したジオラマも印象的です。パンを切り分けるようすを同室の者たちがじっと見守るというか、監視しているかのような・・・。
数人で1日1人350gの黒パンを切り分けて食べていたといいます。公平に切り分けるのが至難の業で、切る役目はみんな嫌がったんだそうです。
手作りのはかりや物差しで測って切っていたようですが、取り分を巡ってケンカになることもあったと聞きます。
──常設展示室最後の「海外からの引揚げコーナー」にも再現ジオラマがありますね。
こちらでは、満州からの引揚船の船底のようすを再現しています。ご覧のとおり、男性はひとりもいません。
戦死したか、シベリア等に連れて行かれたのでしょう。残ったのは女性、子ども、お年寄りだけでした。
この子ども用ワンピースは、日本の土を初めて踏む我が子のためにと母親が作ったものです。
母親には2人の子どもがいたそうなのですが、下の子は赤ちゃんのうちに収容所生活の途中で栄養失調で亡くなってしまいました。その後、上の娘と一緒日本に引き揚げる際に、亡くなった赤ちゃんの布おむつでワンピースを作ってあげたそうです。
満州生まれの娘に、祖国に戻るときくらいはきれいな洋服を着せてあげたいという思いからだったといいます。
──一見すると戦争と関わりがないように見える資料にも、さまざまな物語があるのですね。こちらのコーナーには、漫画家の方々が自身の体験を描いた絵なども多数展示されています。
引き揚げ経験者には、赤塚不二夫さん、ちばてつやさんなど、著名な漫画家には引き揚げ者が多いんです。彼らの体験談を絵にしたものを展示したり、トークショーを開いたりもしています。
戦争関連の展示というと、どうしても暗くなったり敷居が高くなったりしてしまいがちですが、戦争を知らない世代にもわかりやすく伝えていきたいと、漫画関連の資料や素材は積極的に活用しています。
最近では、シベリア抑留を体験された漫画家の斎藤邦雄さんが描き残したマンガをもとに「シベリア抑留ものがたり」というアニメを制作しました。
他にも、戦後強制抑留や満州からの引き揚げのようすを描いたマンガ冊子を作り、無料配布しています。
もちろん暗く重い話ではあるのですが、できるかぎり間口を広げて、子どもたちを含め多くの人たちに知ってもらえるように工夫しています。
また毎年、子ども向けの夏休みイベントも開催しています。
2023年の夏休みイベントでは、子ども記者になって平和新聞を作る自由研究や絵画のワークショップなどを企画しています。
──最後に、平和な世界を築くために私たちにできることとは、どんなことでしょうか。
やっぱり過去を学ぶことだと思います。過去を学ぶと時代の気配というものが何となくわかるし、今の時代も見えてくると思うんです。
当館のような施設を通して、戦争中には見えていなかったつらいことが戦争が終わってから起きたことを知ると、より深く戦争の恐ろしさを認識できるのではないでしょうか。
平和祈念展示資料館では、インターネット上で常設展示のすべてが見られる「見よう!知ろう!バーチャル資料館」も公開しています。遠方でなかなか来館できない人にはもちろん、来館前や後の予習・復習にもおすすめです。
私たちの想像を超えて人びとを苦しめる戦争の恐ろしさを改めて知り、一人ひとりが平和への思いを強くしていくことも、未来の平和へとつながる確かな一歩になります。いまできることから、まずは始めてみませんか。