風刺画/10分でわかるアート
2023年3月29日
私たちのエコロジー:地球という惑星を生きるために/森美術館
猛暑や豪雨の増加といった気候変動の問題や、エネルギー問題、もっと身近なところではレジ袋の有料化など、私たちの日常生活で感じられるようになっている「エコロジー」。
そんな「エコロジー」について、現代アート作品を通して考える展覧会「私たちのエコロジー:地球という惑星を生きるために」が森美術館で開催されています。
「私たちのエコロジー」は、森美術館の20周年記念展示の第二弾です。国内外のアーティスト34名による作品約100点で構成されています。
六本木ヒルズ森タワー 53階にある森美術館エントランス
第一弾の展覧会「ワールド・クラスルーム」は、森美術館のコレクションを中心に「これまでの20年」を振り返るものでした。
第二弾の今回の展覧会では、「これからの20年」に向けて、現代アートの視点から、世界が直面している課題に目を向けます。
「エコロジー」とは、広辞苑によれば「生態学」という狭い意味だけでなく、「人間も生態系を構成する一員であるとし、人間生活と自然環境の調和・共存を考える思想・学問。人間生態学。」ともあります。
つまり、わたしたち自身もエコロジーの一部なんですね。
本展では、わたしたちが関わるエコロジーについて、4つのテーマで考えます。各章のポイントを見ていきましょう。
第1章「全ては繋がっている」では、環境と人間のつながりを伝える作品が展示されます。
展示のはじまりは、コンセプチュアル・アーティストとして有名なハンス・ハーケの実験的な作品のドキュメンタリー写真から
目を引くのは、床に敷き詰められたホタテの貝殻を踏み潰しながら歩く体験型の作品。
ニナ・カネルの《マッスル・メモリー(5トン)》で使われているのは、なんと5tものホタテの貝殻!実は、ホタテの貝殻は毎年20tの廃棄物となっているのだそう。
ニナ・カネル《マッスル・メモリー(5トン)》2023年
こなごなになった貝殻は、展覧会の後にセメントとして再利用される予定ですが、貝殻の上を歩いていると、踏み砕くのにも意外と体力が必要なことに気がつきます。
環境に優しく感じられる「再利用」という方法にも、またエネルギーが必要だという事を意識させられます。
第2章「土に還る」は、日本に着目したセクション。高度経済成長とともに深刻な環境問題が発生した1950-80年代の、日本人アーティストの作品に注目します。
高度経済成長期当時の記録写真や年表の展示も
アーティストは「炭鉱のカナリア」にも例えられ、社会のさまざまな問題に対して敏感に反応する存在としての役割を持っているといわれます。
岡本太郎、桂ゆき、中谷芙二子といった日本の現代アーティストたちが、当時、真正面から環境問題と向き合った作品が紹介されています。
左から 殿敷侃《山口ー日本海ー二位ノ浜 お好み焼き》1987年、谷口雅邦《発芽する?プリーズ!》2023年
また、地上53階の大きな窓から東京都一望できる風景が見える展示室には、谷口雅邦による植物と土を使った作品や、殿敷侃(とのしきただし)による、海辺のゴミを燃やして2tもの巨大な塊にした作品が並び、経済発展を象徴するようなビル群の風景と対になるような光景が印象的です。
谷口雅邦《発芽する?プリーズ!》2023年
トウモロコシの根や実、土や粘土など、有機的な素材で構成されています。
第3章「大いなる加速」では、産業革命以降の科学技術や産業社会の影響について考える作品が展示されています。
青い空間に大きな球体が浮かぶ作品は、モニラ・アルカディリの《恨み言》。真珠のように輝く球体は幻想的ですが、その空間では人間に対する「恨み言」が聞こえてきます。
モニラ・アルカディリ《恨み言》2023年
作者の出身地であるクウェートは、かつて真珠の産業が主力でしたが、日本の養殖真珠に取って代わられ、石油産業へと転換されました。
抽象的な詩のような言葉からは、果てのない人間の欲望や、生態系への介入など、さまざまな問題が伝わってきます。
保良雄《fruiting body》2023年
自然と人工の間を考えるようなインスタレーションです。
ここまで、これまでに人がエコロジーの中で与えてきた影響に注目していましたが、最後の第4章「未来は私たちの中にある」では、新しいエコロジーの中でのこれからの生き方について考えます。
アグネス・デネス《小麦畑ー対決:バッテリー・パーク 埋め立て地、ダウンタウン・マンハッタン》1982年
マンハッタンの埋め立て地を4ヶ月間麦畑に変貌させたプロジェクトの記録写真です。
イアン・チェンの《1000(サウザンド)の人生》は、ペットの亀の人生をAIシミュレーションし続ける作品です。亀は生まれ変わりながら、与えられた環境で生き延びるための条件を探り、進化していきます。
イアン・チェン《1000(サウザンド)の人生》2023年
しかし、シミュレーション上では1000回でも生まれ変わってやりなおせる一方で、現実ではやり直しが効かないという怖さも感じさせられます。私たちがこれからのエコロジーの中でどう生きていけるか、考えるきっかけにもなりそうです。
最後の展示室では、広い空間に木製の足場だけが組まれています。
これは、《木漏れ日》というアサド・ラザの作品。開館から20年を経て、故障してしまっていた美術館の天窓を修理する作業のため、伝統的な木製の足場を組み、「あるべき姿への再生」を祈念した神事を行いました。
アサド・ラザ《木漏れ日》2023年
修理された天窓からは、日中には太陽光が差し込み、夜は照明を落とした薄暗い空間に波の音が聞こえてきます。
自然光が差し込む天窓を見上げると、森美術館の高層ビルが象徴するような経済や文化も、エコロジーの中にあることを意識させられるようでした。
アサド・ラザ《木漏れ日》2023年
天井から自然の光が差し込みます。
エコロジーをテーマとした本展では、展覧会の構成や運営でもエコロジーに配慮し、作品の輸送を減らしたり、前回の展覧会の壁を塗装せずに再利用したりといった工夫もなされています。
前回の展覧会の壁を塗装せずに再利用した壁面
ふだんの森美術館の雰囲気とは違う、むき出しになった展示室の壁面パネルを見ると、私たちが当たり前のように見ている展覧会でも、多くの環境負荷がかかっていることに気づかされるのも印象的な展覧会でした。
「私たちのエコロジー:地球という惑星を生きるために」は、2024年3月31日(日)まで、森美術館で開催されています。