密やかな美 小村雪岱のすべて/千葉市美術館

「昭和の春信」小村雪岱の全貌に迫る過去最大規模の展覧会【千葉市美術館】

NEW!
2026年4月20日
「昭和の春信」小村雪岱の全貌に迫る過去最大規模の展覧会【千葉市美術館】

「密やかな美 小村雪岱のすべて」展示風景より、雪岱が装幀を手がけた泉鏡花の本

千葉市美術館にて、2026年6月7日(日)まで「密やかな美 小村雪岱のすべて」が開催中です。

本展は、大正から昭和初期にかけて多彩な分野で才能を発揮したアーティスト・小村雪岱(こむら せったい 1887-1940)の全貌に迫る、過去最大規模の回顧展です。

小村雪岱ってどんな人?

小村雪岱は、明治20(1887)年に埼玉県川越市で生まれました。

明治37(1904)年、東京美術学校(現・東京藝術大学)日本画選科に入学し、絵画制作の基礎を学びました。

彼の活動は、書籍の装幀や新聞・雑誌の挿絵、歌舞伎の舞台装置など多岐にわたり、日本画でも数々の名作を残しました。
端正で洗練された画風から、「昭和の春信」ともいわれます。

(左から)小村雪岱《青柳》《落葉》《雪の朝》いずれも大正13(1924)年頃 埼玉県立近代美術館 前期展示 ※後期は同作品の木版画を展示

展覧会の入口で来場者を迎えるのは、雪岱が10代を過ごした日本橋の情景を、30代後半になって回想して描いた作品です。

あえて人物を描かず人の気配だけが漂う空間は、まるで役者の登場を待つ舞台装置のよう。静かで凛とした世界に、冒頭から引き込まれます。

運命を変えた泉鏡花との出会い

雪岱の運命を大きく変えたのは、作家・泉鏡花との出会いでした。

鏡花の著書『日本橋』の装幀を手がけたことで、雪岱は装幀家として華々しいデビューを飾ります。

日本橋の河岸に無数の蝶が舞う斬新な構図は、鏡花を大いに満足させました。以降、多くの鏡花作品を担当することになります。

(中央)小村雪岱《泉鏡花『日本橋』》 大正3(1914)年 泉鏡花記念館/牙鳥文庫/(有)田中屋/さいたま文学館 通期展示

雪岱は、大衆小説の装幀でも多くの傑作を残しています。

子母澤寛『突っかけ侍』では、雪岱の名前が著者と並んで記されました。

当時の版元がいかに雪岱の実力を高く評価していたかがわかります。

(左から)小村雪岱《大佛次郎『鼠小僧次郎吉』》 昭和7(1932)年6月27日、小村雪岱《子母澤寛『突っかけ侍』》 昭和12(1937)年5月30日 いずれも牙鳥文庫 通期展示

「九九九会」と鏑木清方との絆

雪岱の画業を語るうえで欠かせないのが、ジャンルを超えた人びととの交流です。
その象徴が、泉鏡花を囲む文化人の集まり「九九九会(きゅうきゅうきゅうかい)」でした。

雪岱は会のメンバーの著書の装幀を数多く手がけました。

日本画家の鏑木清方も自身の初となる随筆集の装幀を雪岱に依頼し、その仕事を高く評価しています。

「密やかな美 小村雪岱のすべて」展示風景より、(左)小村雪岱《鏑木清方『銀砂子』》 昭和9(1934)年5月22日 埼玉県立近代美術館/(有)田中屋 通期展示

鏡花最後の刊行本となった『薄紅梅』では、鏡花の文章、清方の口絵、雪岱の装幀という、奇跡的な競演が実現しました。

(右) 小村雪岱《泉鏡花『薄紅梅』》 昭和14(1939)年10月28日 鎌倉市鏑木清方記念美術館 通期展示

資生堂で発揮されたモダンな感性

資生堂の初代社長・福原信三は、雪岱の才能にいち早く注目しました。大正7(1918)年、雪岱は資生堂意匠部(現・デザイン部門)へと招かれます。

入社後、雪岱は香水瓶や「資生堂書体」の原型、PR誌のデザインなどを次々と手がけ、現代に続くブランドイメージの礎を築きました。

「密やかな美 小村雪岱のすべて」展示風景より、資生堂での仕事の紹介

関東初公開!
「山海評判記」挿絵原画

活字メディアが爆発的に普及した大正から昭和にかけて、雪岱は新聞や雑誌の挿絵画家としても圧倒的な人気を誇りました。

昭和4(1929)年には、鏡花の「山海評判記」の挿絵を担当します。
本展の見どころの一つが、この挿絵原画です。近年発見されたばかりの貴重な資料で、関東では今回が初公開。細部まで冴えわたる筆運びを間近で鑑賞できるチャンスです。

「密やかな美 小村雪岱のすべて」展示風景より、泉鏡花「山海評判記」挿絵とその原画

大衆を熱狂させた名コンビの誕生

大衆小説ブームが巻き起こる中、雪岱は時代小説の名手・邦枝完二とコンビを組み、歴史的ヒット作を連発します。

昭和7(1932)年の「江戸役者」にはじまり、「おせん」や「お傳地獄」といった2人の共作は、多くの読者から熱狂的な支持を受けました。

(上)小村雪岱《江戸役者》昭和12(1937)年 個人蔵 通期展示、(下)小村雪岱《邦枝完二「江戸役者」挿絵原画画帖》昭和7(1932)年 東京国立近代美術館 通期展示

この時期、白と黒の鮮烈な対比、研ぎ澄まされた描線、大胆な余白、独特のポージングを特徴とする独自の様式「雪岱調」が確立されました。

「密やかな美 小村雪岱のすべて」展示風景

名優たちに信頼された舞台装置の仕事

雪岱は、六代目尾上菊五郎ら名優たちから厚い信頼を寄せられ、生涯で200以上の舞台装置の仕事を手がけました。
会場には、雪岱が描いた本物の50分の1のサイズの舞台装置の原画が展示されています。

代表作『一本刀土俵入』では、現地へ足を運び、徹底した取材と写生を重ねることで、リアリティと情緒が共存する独自の舞台空間を創り出しました。

(左から)小村雪岱《「一本刀土俵入」舞台装置原画 序幕第二場 利根の渡し》、小村雪岱《「一本刀土俵入」舞台装置原画 序幕第一場 取手の宿・安孫子屋の前》 いずれも昭和6(1931)年7月 埼玉県立近代美術館 前期展示

生涯描き続けた日本画

雪岱は、生涯を通じて日本画を描き続けました。

大正12(1923)年には、日本画の大家・松岡映丘に誘われ、国宝絵巻の模写事業に参加。そこで優れた古美術に触れた経験が、彼の洗練された表現の基礎となります。

のちに、夏目漱石の小説を絵巻化した松岡映丘ら総勢27名による合作『草枕絵巻』の制作にも参加しています。

(上)小村雪岱《模写 北野天神縁起絵巻(承久本)》 大正13(1924)年 埼玉県立近代美術館 展示期間:4/11~5/17、(下)小村雪岱他《草枕絵巻》 大正15(1926)年頃 奈良国立博物館 前期展示

本展では、初期の写生から晩年の洗練された肉筆画までが一堂に会します。《春告鳥》をはじめとする名作とともに、日本画家としての雪岱の歩みをたどることができます。

(左から)小村雪岱《春告鳥》 昭和7(1932)年頃 個人蔵(埼玉県立近代美術館寄託)、小村雪岱《茄子》 制作年不詳 金子國義事務所 金子修氏蔵 いずれも前期展示

後世へつなぐ雪岱の美

鏡花が亡くなった翌年、その後を追うように雪岱も53歳でこの世を去ります。
絶筆となったのは林房雄の新聞連載「西郷隆盛」の挿絵でした。

小村雪岱《林房雄「西郷隆盛」挿絵原画》前後期で展示替え

没後、雪岱の早すぎる死を惜しんだ仲間たちは、画業を後世に伝えるため、肉筆画の優品を木版画として残すプロジェクトを立ち上げました。
エピローグでは、この試みから生まれた貴重な木版画が展示されています。

(没後制作の木版画)いずれも小村雪岱《おせん》 昭和16(1941)年頃 埼玉県立近代美術館 前期展示

空前の規模でよみがえる、時代を超えた雪岱の魅力

本展は前後期で大幅な展示替えがあります。すべての展示を見たい方には、観覧済みの半券提示で割引になる「リピーター割」がおすすめです。

文学、美術、演劇といった枠を超え、独自のスタイルを築いた小村雪岱。

総展示数約650点という圧倒的なボリュームの本展で、時代を超えて輝く「密やかな美」の世界を、じっくり味わってみてはいかがでしょうか。

Exhibition Information

展覧会名
密やかな美 小村雪岱のすべて
開催期間
2026年4月11日~6月7日
会場
千葉市美術館
公式サイト
https://www.ccma-net.jp/
注意事項

※会期中、大幅な展示替えを行います。
前期:4月11日~5月6日
後期:5月8日~6月7日