「つくる」「つたえる」を聞くインタビュー:練馬区立美術館 秋元雄史さん(後編)

2022年6月20日

練馬区立美術館館長 秋元雄史さんが考える“美術館における作品の見方”とは。美術の楽しみ方について聞いてみた

スフマートでは、「つくる」「つたえる」という2つの視点をもとに、アートに関係するさまざまな人へのインタビューを隔週・前後編でお届けします。

1985年10月1日に都内3番目の区立美術館として開館した練馬区立美術館。仕事帰りにふらっと立ち寄ったり、親子連れでも楽しめるほか、西武池袋線「中村橋駅」に近いこともあり、練馬区民以外の美術ファンにも親しまれています。

現在同館ではリニューアル企画も進んでおり、練馬区だけではなく東京都に根差した芸術の発信源として歩みを進めています。


練馬区立美術館館長 秋元雄史さん ※撮影時、マスクを外していただきました。

今回お話をお聞きしたのは、練馬区立美術館の館長を務める秋元雄史さんです。

後編では、秋元館長のこれまでの経歴や“美術館における作品の見方”について、詳しくお聞きしました。

練馬区立美術館の歩みや展覧会に対する思いなどを伺った前編はこちら

練美区立美術館を「つたえる」こと

──秋元館長は練馬区立美術館の館長に就任される以前に、「直島プロジェクト」に携わっていましたね。

はい。直島プロジェクトは、ベネッセコーポレーションと福武財団が中心になって推進しているプロジェクトです。創業者一族である福武家の当主、福武總一郎(ふくたけ そういちろう)さんを中心に、建築家の安藤忠雄さん、また美術では草間彌生さんや杉本博司さんなど、さまざまな人が関わっています。

私は本プロジェクトの黎明期であった1991年から、地中美術館が開館した2006年の約15年間にわたって携わりました。

──直島プロジェクトに携わるきっかけを教えていただけますか。

直島プロジェクトに関わる以前、私はアート関係の雑誌や専門誌に記事を手がけるライターとして活動するかたわら、埼玉県立近代美術館や宮城県美術館などの近・現代美術でよく知られる公立美術館の企画展に作品を出品するような現代アーティストでした。

今では人気の高いジャンルである現代アートですが、私が活動していた当時は日本画や洋画、彫刻、工芸などのジャンルに比べてマイナーなジャンル。加えて「アートを志す者は作品を売って食べる、なんて不純なことを考えてはならない」という考えが浸透していたのです。

私自身も先輩からくり返しこのことを言われて、そう思い込むようになっていました。つまり、アートの世界で生きるのであれば他で稼ぎを得なければならない。同時代に活躍していた作家のたまごたちも、さまざまなアルバイトをして生計を立てていたのです。私の場合は、フリーライターとしてでした。

食べるためのライター稼業と夢である作家活動の二足のわらじ状態の生活のなかで、ある日の朝食時に何気なく眺めていた新聞の求人欄に「直島プロジェクト」に関する情報を見つけたのです。

その求人情報には、岡山県内にあるベネッセ(当時は福武書店)という企業が、同社が保有する国吉康夫美術館と直島にできる新設美術館の両方で仕事をする学芸員を募集する内容が書かれていました。その公募がきっかけで、私は直島プロジェクトに携わるようになったのです。

──そうだったのですね。以降、金沢21世紀美術館や東京藝術大学大学美術館の館長も歴任されていますね。この経験がきっかけで練馬区立美術館館長に就任されたのでしょうか。

練馬区区長の前川燿男さんからお声がけいただいて。なんてやりがいのある、光栄なことだろうと思ってお引き受けしました。

37年の歴史のある当館は、これまで地域型の美術館のお手本として歴代の館長が運営されてきました。そんな当館も現在、リニューアル企画を進行しています。

ありがたいことに当館は中村橋の駅からすぐのところにあり、また近くには地元の人びとで賑わう商店街もあります。まちを歩いていたら自然と美術館の中に入り込めるような、そんなまちとつながりのある美術館にしていけたら。このように今の時代に合わせて美術館をリニューアルしていけることは、本当にやりがいのあることだと思っています。

──練馬区立美術館では、Webサイト上での収蔵コレクションの鑑賞が可能ですが、コロナ禍では動画の配信もされたそうですね。

はい。新型コロナウィルスの感染拡大防止のため、休館を余儀なくされた美術館は多く、当館でも時代に合わせた発信を続けるための取り組みとして実施しました。コレクション鑑賞だけではなく、Web上でのワークショップの実施、講演会の映像公開など、これまでにない多種多様なサービスをWebを活用しながら展開しています。

インターネットは、検索すれば簡単に目当ての作品を鑑賞できます。とは言え、実際に目の前で作品を見ることにより、感じられることはたくさんあるのも事実です。本物を美術館で鑑賞する方が作品から得られる情報量はとても多いと考えています。

人間は肉体だけで生きているわけではありません。誰しもが心を持っており、精神的な豊かさをもたらす営みも重要です。そういう意味で芸術文化は重要なのではないでしょうか。

実際に作品と向き合った際の感動は段違いですので、インターネットで当館の所蔵品で気になるものがあり、またそれが企画展の中で展示されている場合は、ぜひ実際に目の前で見て経験してほしいと思っています。

──秋元館長が考える“美術館における作品の見方”について教えてください。

特にルールはなく、自由に見てもらえればと思います。自分が気に入った展覧会があれば、ぜひ足を運んでいただき、好きに楽しんでもらえば良いと考えています。しかし、各展覧会には担当した学芸員の意図やメッセージが含まれています。そこで、少し慣れたらその作品が展示されている理由や、作品の見どころなどまで読み込んでもらえると、さらに鑑賞の幅ができます。

──学芸員の意図やメッセージを理解できるようになるために、どのような視点が大切になりますか。

まずは作品を楽しんでもらうのが前提なので、自分の気に入った作品などを好きに見てもらえばいいと思います。その上で、展覧会にメインで扱われている作品は何か、あるいは、どの時代やテーマで企画されてるかなどを読み取っていくといいでしょう。

スポーツ観戦でも同様ではないでしょうか。例えば、サッカーをよく知らない人は、最初は有名選手やワールドカップに注目しますよね。そこからサッカーに興味を持つようになり、次第に他の選手に注目したり、戦術に面白さを見出したりする。そうして徐々にディープなサッカーファンになっていくと思うんです。

芸術・美術もこれと同じです。最初はゴッホや葛飾北斎といった有名画家の作品を楽しみながら、次第に知識や情報が増やし、「前回の展覧会はこうだったから、今回はこういう意図があるのかも」と考察できるようになり、独自で芸術・美術を楽しめるようになると思います。

“芸術鑑賞”と聞くと格式高く感じられますが、興味の持ち方はスポーツ観戦などと大差ありません。肩肘張らずにまずは興味のある作品、作家を楽しんでもらい、徐々にその魅力にハマってもらえると嬉しいです。

──そう言ってもらえると、気軽に美術館に足を運べます! 他にも秋元館長流の鑑賞ポイントはありますか。

自分のペースで美術鑑賞を楽しんでもらえればいいと思います。展示を観ると、意味を理解しようと解説文字ばかり追ってしまうことがあると思います。そういったものには見どころは記されていますが、せっかく目の前に作品がありますので、作品を観ることに時間を費やすことをお勧めします。

もちろん、作品の見方もとても大切です。展覧会では何百点も作品を展示しているため、せっかく美術館に来たのだからと全部の作品を観ようとする人もいます。しかし、一般の方なら5点、慣れている方なら10点、それだけを真剣に鑑賞したら疲れてしまいます。

全作品を均等に観ようとすると、結局は何も記憶に残っていないケースは珍しくありません。5点だけでも記憶に残っていれば“十分元を取っている”と思いますので、最初のうちは「今日は5点くらいの作品を覚えよう」くらいの感覚で良いでしょう。

また、“何を見ているかを頭の中で言葉にする”ことも、作品を理解するうえでは良い方法かと思います。例えば、風景画を観た時に「舟が浮かんでいる」「空は青いな」といったように、言葉にすると作品のイメージが頭に入ってくるので、理解しやすくなりますよ。

──秋元館長の考える、初めて現代美術に触れる人に向けての鑑賞ポイントも教えていただけますか。

作品を見れば「好き」「きらい」という感情が生まれます。それは当たり前です。しかし、ひとまずそれを脇に置いて「なんでこの作品を作ろうと思ったのか?」とか、「作者は何を表現しようとしているのか」と見てみることをおすすめします。

作品の意図を読み取って自分なりに理由がわかれば、自ずと相手の立場に立って考えることもしやすくなります。それが作者の意図どおりか、正解かどうかは別として、そのように作品や作者に接近するだけで理解の幅が広がります。「自分なりに考える時間」をつくるということですかね。そうやって自分の考えを少し違った角度から見るというのは重要です。

現代アートの特徴は、多くのものは何かしらの社会的なテーマを持っています。「貧困」「ジェンダー」「政治」「戦争(紛争)」「民族」「科学」「環境」など、現代社会の課題を扱っています。それに対して作者がどのように見ているかを読み取るところが、現代アートの面白さです。そんなところまで想像力が広がるといいですね。

秋元館長の話を聞くと、「よし!美術館に行ってみよう!」という気持ちになりました。まずは興味のある展覧会が開催されているか、チェックするところから始めましょう。

練馬区立美術館は美術ファンのみならず、地域の人びとの来館も多くある親しみやすい美術館です。秋元館長も携わる練馬区立美術館のリニューアル企画もとても楽しみですね。新しく生まれ変わる練馬区立美術館に注目です!

 

次回のインタビューは、泉屋博古館東京の橋本元旦子さんにお話をお伺いします。お楽しみに!

(次回:2022年5月7日 更新予定)