塩田千春の作品から他者との「つながり」を考える。圧巻のインスタレーションに注目
2024年10月3日
日本には、美術館・博物館がたくさん存在しています。
年に何度か足を運んだり、旅先でお楽しみとして訪れたり・・・素敵な館が全国のさまざまな場所にありますよね。
「学芸員の太鼓判」は、全国の館の自慢の名品を詳しく知りたい! そんな想いから生まれた企画です。本連載では、全国の美術館・博物館の自慢の所蔵品を詳しくご紹介。
今回は、日本・東洋・西洋などの作品を網羅的に所蔵する「東京富士美術館」の所蔵品を紹介します。
東京富士美術館
東京富士美術館は、1983年に設立された総合的な美術館で、コレクションは、日本から東洋、西洋の各国、各時代のさまざまなジャンルの作品約30,000点を収蔵しています。
中でもルネサンス時代から印象派・現代に至る西洋絵画500年の流れを一望できる油彩画コレクションと、写真の誕生から現代までの写真史を概観できる写真コレクションは同館最大の特徴となっています。
今回詳しくお話を聞いたのは、小金丸敏夫学芸員です。
同館の西洋絵画担当であり、展覧会の企画を担当しています。(担当した主な展覧会:光の賛歌 印象派展、遥かなるルネサンス展、ロシア絵画の至宝展、フランス絵画の精華展など)
東京富士美術館が誇る作品、そして小金丸学芸員イチオシの作品をお聞きしました!
公式サイトはこちら
リュシッポスの作品による《ヘラクレス・エピトラペジオス(卓上のヘラクレス)》(1-2世紀(ローマ時代)、大理石、高53.0cm 幅21.3cm 奥行26.8cm)東京富士美術館蔵
リュシッポスは、古代ギリシアの最も偉大な彫刻家です。マケドニアの王、アレクサンドロス大王(前356-323)はリュシッポスを彼の宮廷に招いて、専属の彫刻家に任じていました。リュシッポスはアレクサンドロスの肖像彫刻の制作を認められた唯一の彫刻家だったのです。
リュシッポスが制作した「ヘラクレス・エピトラペジオス(卓上のヘラクレス)」と名付けられたブロンズ像(本作のオリジナル)は、アレクサンドロス大王が所有していたことで知られていて、次のような逸話が残されています。
ある時、リュシッポスは大王のために、ギリシア神話の英雄ヘラクレスの小さなブロンズ彫像を制作しました。その彫像は左手に棍棒を持ち、右手には飲み物の器を掲げ、ゆったりと岩に腰掛けていたといいます。自らをヘラクレスの子孫とみなしていた大王は、その彫像をとても気に入り、自身の守護神として、各地での戦闘にも持ち運んでいました。祝宴の際にはテーブルに飾られ、像の出来栄えに会食者たちが感嘆の声をあげたといいます。そこからこの彫像は「ヘラクレス・エピトラペジオス(卓上のヘラクレス)」と呼ばれるようになりました。このブロンズ彫像は大王の死後、カルタゴの将軍ハンニバルやローマの将軍スッラら、名だたる人物の手に渡ったといわれますが、その後、紀元1世紀を最後にその彫像の痕跡は失われてしまいました。
本作はその失われたブロンズ彫像をもとに大理石で制作されたと考えられる作品です。卓上用の小さな彫像ですが、実際の作品のスケール以上の迫力とボリュームを具えていて、失われた原作の在りし日の姿を彷彿とさせます。
作品のポイント
・古代ギリシアの偉大な彫刻家による彫像
・小さいながら迫力満点!彫刻技に注目
リュシッポスを知るための重要な遺産
リュシッポスは生涯に1500点に及ぶブロンズ彫刻を制作したと言われています。しかし、リュシッポスのオリジナル彫刻は現存せず、古代ローマ時代に模刻された作品(ローマン・コピー)が残されるのみだそう。彼の作品を模刻したこの作品は、リュシッポスの彫刻を考える上でも、重要な遺産といえます。
左:Herakles Epitrapezios (Hercules of the Table)Cleveland Museum of Art
中央:Héraclès épitrapézios© 2002 RMN-Grand Palais (musée du Louvre) / Hervé Lewandowski
右:Limestone statue of Herakles© The Trustees of the British Museum
また、本作とほぼ同種の彫像が、大英博物館やクリーヴランド美術館、ルーヴル美術館などに収蔵されていますが、それらと比べてもこの作品は重要な価値を持っています。それを物語るように、ルーヴル美術館に展示されている大理石彫刻《卓上のヘラクレス》の紹介文には本作の写真が参考資料として掲示されています。
王にも認められたリュシッポスの彫刻の技
古代ローマの歴史家プルタルコスによれば、首をかしげる癖や目の輝きなど、アレクサンドロス大王の外見の特徴を正確に再現しつつ、同時に雄々しい内面性までも表現しえた彫刻家はリュシッポスだけだったといいます。
当時アレクサンドロス大王の姿をかたどることは、絵画ではアペレス、宝石ではピュルゴテレス、そして彫刻ではリュシッポスのみに許されていました。そして彼らの作品がもとになり、アレクサンドロスの特徴である彫りの深い大きな目と髭のない顎、そして額中央から上ヘカールしたライオンのような逆毛などが定型化し、後の時代につくられたコインや彫刻、そして絵画へと受け継がれていきます。
岩に腰を下ろすヘラクレスの体はやや左にねじりが加わっています。右脚にはやや踏ん張るように力が入れられる一方、左脚は前へ投げ出されています。右手は軽やかにワインの杯を前に差し出していますが、左手はがっしりと棍棒を握っています。ヘラクレスの筋骨隆々の肉体で表現される緊張と弛緩という対比が、古典期の造形から躍動感あるヘレニズム期へと移行する過渡期の彫刻家リュシッポスの特徴をよく表しています。
この彫刻は《卓上のヘラクレス》という名前が示すように食卓に置かれていました。展示室ではこの作品をテーブルの高さに来るように展示しています。よく見ると、この像の口は少し開いていて、まるで何かを語り出すかのようにリアルな表情をしています。
偉大な英雄アレクサンドロス大王が、食卓でこのヘラクレスとどのような会話をかわしていたのか、像の前に立って悠久の歴史に想いを馳せながらご覧頂ければと思います。
ジョルジュ・ド・ラ・トゥール《煙草を吸う男》1646年、油彩、カンヴァス、70.8×61.5cm
《煙草を吸う男》は、ジョルジュ・ド・ラ・トゥールによる作品で、ラ・トゥールとその息子で画家のエティエンヌとの共作と推定されています。1973年5月にラ・トゥールの研究者ピエール・ローザンベールとフランソワ・マセ・ド・レピネらによってフランス南部の個人コレクションから発見され、同年初めて紹介されました。
この煙草を吸うために薪の燃えさしに息を吹きかける男の絵は、複製画が多数残されていることから、当時人気のあった主題だったことが分かります。均衡の取れた構図の美しさや立体感あふれる描写の力強さ、仕上げの繊細な質の高さに、ラ・トゥールの画家としての優れた力量を見ることができます。鋭い写実主義とカラヴァッジョ風のドラマティックな明暗法によって、煙草を吸うという風俗画のテーマでありながら、まるで宗教画のような深い精神性に満ちた表現を感じさせます。
燃え木の光に照らし出された静謐な画面は、17世紀フランスの古典主義絵画の到来を予感しているようです。
忘れられた画家ラ・トゥール
ラ・トゥールは、1593年、現在のフランス・ロレーヌ地方でパン屋の息子として生まれました。のちにルイ13世の「国王付きの画家」として活躍しましたが、戦争による混乱で作品が破壊・散逸し、また時代の好みの変化などから、ラ・トゥールの名前もその作品も忘れ去られてしまいました。
その後、ラ・トゥールが再び歴史の表舞台に登場するのは20世紀に入ってからのこと。
1915年にドイツの美術史研究家ヘルマン・フォスが論文でその存在と作品に言及したことによってさまざまな研究が進められ、20世紀を通じて再評価されてきました。現在では17世紀フランスの偉大な画家として位置付けられていますが、今なお画家の生涯には不明な部分も多いそう。その画業の研究は今も進められています。
日本では2点のみ!現存数の少ないラ・トゥールの貴重な作品
ラ・トゥールの現存する作品は非常に少なく、世界でもまだ40数点しか確認されていません。再評価後、世界中の名だたる美術館がラ・トゥール作品を求めましたが、模作も多いため真作と判断して購入してものちに模作(息子エティエンヌや弟子が描いた工房作等)と判明することも多く、そのため世界の美術館の中でもラ・トゥールの真作を所蔵しているのは、フランスやアメリカ、イギリス、日本(東京富士美術館と国立西洋美術館に各1点ずつ所蔵)などごく一部の美術館(30館程度)に限られています。本作はそのラ・トゥールの貴重な真作の1点です。
作品のポイント
・偉大な画家ラ・トゥールの真作のひとつ
・ドラマティックな明暗法に17世紀フランスの古典主義絵画を感じる
この作品のカンヴァスの右上には「La Tour Fec.」の署名、またカンヴァス裏面には「1646」という年記が当時の書体で書かれていて、ラ・トゥールの作品の時代変遷をたどる上でも重要な作品のひとつです。ラ・トゥールは作品自体がとても少なく、署名や年記もほとんどないことから、作品の制作年代の特定に関しては、画家の様式の変化や数少ない文献資料によって推定するしかなく、研究者によってもさまざまに意見が分かれます。そのなかで署名と年記が記された本作は、画家の様式の変遷を知る上で重要な作品です。
またこの作品は、ワシントン・ナショナルギャラリー、キンベル美術館(アメリカ)「ジョルジュ・ド・ラ・トゥールとその世界」展(1996-97年)や、グランパレ(フランス、パリ)「ジョルジュ・ド・ラ・トゥール」展(1997-98年)、国立西洋美術館「ジョルジュ・ド・ラ・トゥール:光と闇の世界」展(2005年)など世界で開催される重要なラ・トゥールの展覧会に出品されてきました。
紀元前の彫刻から忘れられた画家の真作まで、貴重な作品をたっぷりご紹介します。
各国の名品がそろう東京富士美術館ですが、特に西洋美術や写真のコレクションは必見です。
また、ご紹介した2作品は常設なのでいつでも鑑賞できますが、館外貸し出しもあるとのこと。ホームページで「展示中の収蔵品」をご確認頂くか、お電話でお問い合わせください。
次回は、SOMPO美術館の自慢の名品をご紹介します。お楽しみに!