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クロード・モネの世界にひたる。日本初公開作品を含む〈睡蓮〉などを堪能【国立西洋美術館】
2024年11月1日
オタケ・インパクト/泉屋博古館東京
明治から昭和にかけて日本画家として活躍した三兄弟がいました。その名も「尾竹三兄弟」。
長男の越堂(えつどう)、その10歳下の三男・竹坡(ちくは)、そして越堂と干支ひと回り離れた四男の国観(こっかん)の三兄弟の仲はとても仲良し。
そして画家としては互いに切磋琢磨して腕を磨いた、日本画史上では珍しい存在でもあります。
三人とも日本画家と、なかなかインパクトのある尾竹三兄弟。
しかし、美術史からポロリと落ちてしまって、今では知る人ぞ知る画家です。
そんな尾竹三兄弟を東京で初めて紹介する展覧会が、泉屋博古館東京(六本木)で開催中です。
展覧会名は「オタケ・インパクト」。ここまで読んでいる方の中には、彼らの苗字を「オダケ」と読んでいた方も多いのでは?
読み間違えが多いそうですが“オタケ”三兄弟です。タイトルのインパクトも大きいので、きっと忘れられなくなるでしょう。
本展では、インパクトのある存在であった尾竹三兄弟の作品を、前後期に分けてたっぷり紹介します。
尾竹三兄弟は、新潟の紺屋(染物屋)を営む家に生まれました。
父・倉松は、家業のかたわら「国石」と号して文筆や絵に親しんだ多彩な人物だったのだそう。
そんな父の背を見て育った三兄弟は、幼少期から絵を描いて過ごしていたといいます。
そして、家業が傾いてからは絵を描いて生計を助けていたそう。
本展では、三兄弟の初期からの作品を展示。なかには、十代になる前に描いたという作品や、挿絵の掲載された雑誌なども紹介されています。
三兄弟のルーツがわかる展示内容になっています。
竹坡と国観は、東京でそれぞれの師についてメキメキと絵の腕を上げていき、明治30年代に入ると展覧会で入選を重ねて頭角を現します。
竹坡、国観は1907年に文部省美術展覧会が創設されると、二等賞を受賞。一躍人気作家の仲間入りを果たします。
弟たちの活躍に感化された長男・越堂も、1912年に43歳で遅咲きの文展デビューを飾り、文展で尾竹三兄弟が揃うという快挙を成し遂げました。
尾竹三兄弟は、こうした展覧会を「広告場」と言っていたのだそう。
新潟から身を立て名を上げるために上京した三兄弟は、明治の新システムである展覧会を最大限に利用して画名を高めていったのです。
1912年、次男の竹坡とその門下生たちは「八火会(はっかかい)」を発足させます。
そこで開催した展覧会で、竹坡はこちらの作品を発表しました。
《月の潤い・太陽の熱・星の冷え》は、三幅対の作品です。
中幅に太陽、右幅に月、左幅に星を描き、天体と人間の営みをめぐるようすが描かれています。
一見すると、なんだか岡本太郎の作品にも思える本作。
まだ大正初期に、こんなにも前衛的な日本画が発表されていたなんて驚きですね!
《月の潤い・太陽の熱・星の冷え》は、前期展示のみの作品です。
お見逃しなく!
知られざる尾竹三兄弟の全貌を、東京で初めて紹介する展覧会「オタケ・インパクト」。
ホールに展示されている《絵踏》のみ、撮影OKですよ。
本作は、歴史の教科書でもお馴染みの「踏み絵」の場面を描いた作品です。
イエス・キリストの絵を踏むように指示されている女性の目元に注目。
よく見ると目元が赤くなっているんですね。もしかしたら、泣いているのかもしれません。
こうした作品の詳細を紹介する「スライドトーク」も、11月9日(土)に開催されます。
スライドトーク 概要
日時:11月9日(土) 14:00~15:00
定員:50名 ※当日11:00より整理券配布
講師:椎野晃史(泉屋博古館東京 主任学芸員)
予約不要・要観覧券
尾竹三兄弟のエキセントリックな活躍を、泉屋博古館東京でぜひご覧ください。