スペインのイメージ:版画を通じて写し伝わるすがた/国立西洋美術館

上野でスペイン気分!?スペインのイメージ形成に大きく貢献した版画たち【読者レビュー】

2023年8月9日

スペインのイメージ:版画を通じて写し伝わるすがた/国立西洋美術館

皆さんこんにちは、読者レビュアーのゴーストホストです。

突然ですが皆さんは、”スペイン”という国にどのようなイメージをお持ちでしょうか。

料理の分野なら、パエリアやアヒージョ。
建築の分野ならガウディのサグラダ・ファミリア。
画家なら、ピカソやダリ。
文化面ではフラメンコや、闘牛。

人によってそれぞれ異なるイメージをお持ちだと思いますが、これらのスペインに対するイメージの多くは、19世紀にスペインを訪れた外国人旅行者たちによって形成されたものでした。そしてそうしたイメージの確立に一役買ったのが、大量に刷ることが出来、簡単に持ち運びが出来た版画でした。

スペインにまつわる版画制作の長い歴史(17世紀初頭から20世紀後半まで)を紹介し、写し伝えることが可能な版画が、スペインの文化・美術に関するイメージの形成や流布にどのように貢献したか、約240 点の作品から探る展覧会が、現在上野の国立西洋美術館で開催中です。

この展覧会を実際に訪れてみた感想を、簡単にレビューしたいと思います。


(会場入り口のフォトスポット)

【巨匠ベラスケスと、彼を模写した画家たち】

スペイン出身の画家は多くいますが、その中でもとりわけ別格と目されるのがディエゴ・ベラスケス(1599~1660年)です。
スペイン王フェリペ4世の宮廷画家として活躍した彼は、『ラス・メニーナス』などの多くの傑作を生みました。

彼の死から約90年経った頃、スペインでは王立サン・フェルナンド美術アカデミーの設立や、文化遺産の目録化などが契機となり、自国の過去の美術に対する関心が高まりました。
そうした風潮の中で彼への再評価が進み、彼の作品を後世へと継承すること、そして国外へも周知させることを目的として、複製版画の製作が奨励されました。

その流れに乗っかったのが『着衣のマハ』『裸のマハ』などの作品で知られる、フランシスコ・デ・ゴヤ(1746~1828年)。
彼は、ベラスケスの油彩を模写した11点の版画を1778年に出版しています。


フランシスコ・デ・ゴヤ『バルタサール・カルロス王太子騎馬像(ベラスケスに基づく)』(1778年) 国立西洋美術館蔵

こちらは、ベラスケスの絵画『バルタサール・カルロス王太子騎馬像』を原作にゴヤが製作した版画で、先述した11点の内の1点です。

複製版画は本来、原作を忠実に模写することが求められますが、ゴヤはここで原作よりも画面を縦長に拡大し、本来は描かれていない空や雲まで描写するなど独自の解釈を加えています。
「もし額縁の外まで画角が存在していたとしたら、こんな感じかな・・・」と想像を繰り広げつつ、ベラスケスと自身の特色を融合させた画面になっており、単なる模写を超越した作品に仕上がっていると言えるでしょう。

ちなみに、原作のベラスケス作『バルタサール・カルロス王太子騎馬像』は2018年に同館で開催された「プラド美術館展」に出展されていたため、観たことがあるという方も多いのではないでしょうか。

19世紀半ばになると、ベラスケスの名は国境を越えフランスにも波及しました。

印象派の草分け的存在のフランスの画家、エドゥアール・マネ(1832~1883年)も意外にもスペイン絵画、とりわけベラスケスのことを「画家の中の画家」と呼ぶほど心酔していました。

彼は若い頃に、ルーヴル美術館で当時はベラスケス作とされていた油彩画を研究し、1865年にはマドリードのプラド美術館で多くのベラスケス作品と対面したことが分かっています。


エドゥアール・マネ『マルガリータ王女(ベラスケスに基づく)』(1861~1864年 1905年?)横浜美術館 緒方泰氏寄贈(小島烏水旧蔵)

こちらは、ルーヴル美術館所蔵のベラスケスの工房、もしくは弟子作の絵画を原作とする、マネによる模写版画。
現在はベラスケスの工房、もしくは弟子の作品とされていますが、当時はベラスケス本人の作とされていたようです。

描かれているのは『ラス・メニーナス』にも登場する、フェリペ4世の娘、マルガリータ・テレサですが、こちらの版画は先ほどのゴヤ以上にデフォルメ色の強い作品となっています。
背景は黒く塗り潰すわけではなくギザギザの線で埋め尽くされ、王女の着用するドレスは大胆に簡略化されています。

特に、王女の瞳は原作に比べ極端に小さく描かれ、彼女の幼さが表現されていますが、同時にどこか西洋人離れしたオリエンタルなイメージを与えます。

このようにマネは、ベラスケスを強く崇拝しながらも、模写では彼なりの自由で大胆な解釈を取り入れ、ベラスケスの芸術を再構築しようとしていたことが窺えます。


ベルト・モリゾ『黒いドレスの女性(観劇の前)』(1875年)国立西洋美術館蔵

続いて紹介するのは、マネの弟子であり彼の弟と結婚したことでも知られる、印象派の女性画家モリゾの作品です。
1876年の第2回印象派展に出品されたと考えられている本作は、左手にオペラグラス(双眼鏡)を持ち、黒いシックなドレスに身を包んだ若い女性が描かれています。

当時本作に言及した美術批評家の中には、黒いドレスの印象からかゴヤの名を引き合いに出す者が多かったそうです。
もしモリゾが本作を描くにあたりゴヤからインスパイアを受けていたのだとしたら、それはスペイン絵画に心酔していた師匠のマネの影響が大きいかもしれません。

このように、17世紀の巨匠ベラスケスに端を発し、ゴヤを経由して19世紀後半のマネや印象派のモリゾに至るまで、スペイン絵画が時代と国境を越え波及していく一連の流れを作品と共に追うことが出来る、とても興味深い展示となっております。

【闘牛の光と闇】

スペインの文化において、長い歴史と伝統を誇る闘牛。
闘牛を作品の着想源とした芸術家は多く、華麗な闘牛士の姿や熱狂する観衆などを絵画・版画といったさまざまな媒体で表現しました。

しかしゴヤは、闘牛の起源や歴史に関心を寄せる一方で、闘牛が持つ残虐な側面にも目を背けることなく描いていきます。


フランシスコ・デ・ゴヤ『11番 英雄エル・シッド、別の牡牛を槍で突く』(1816年)国立西洋美術館蔵

こちらの作品では、闘牛士の持つ槍が牛に突き刺さっています。

ゴヤは流通が容易に可能な版画で、敢えて闘牛の残虐な側面をありのままに描くことで、生命の尊さを伝えたかったのでしょうか。
だとしたらこの作品は、闘牛へのアンチテーゼ的作品と言えるでしょう。

時が流れ20世紀になると、更に独創性の強い闘牛版画を製作する人物が現れます。
それは誰もが知る巨匠、パブロ・ピカソ(1881~1973年)。


パブロ・ピカソ『ミノタウロマキア』(1935年)東京都現代美術館蔵

こちらの作品には、ギリシャ神話に登場する頭は牛、体は人間の怪物、ミノタウロスが描かれています。
画面右側のミノタウロスは、明らかに不気味で禍々しいオーラを放っています。
画面中央では、女闘牛士と馬が犠牲となり倒れています。
しかし、このままでは恐らく次の犠牲者になると考えられる画面左側の少女は、表情を一切変えず蝋燭と花束を持っています。

こちらの作品を純粋な闘牛の版画と言い切ってしまうのは少々強引かもしれませんが、ピカソは他にも闘牛主題の作品を手掛けていること、死が明確に描かれていることから、闘牛に近からずも遠からずな作品だと私は思いました。

さて、展示の後半にはこの『ミノタウロマキア』と並んでピカソの版画の傑作とされる作品が展示されています。


パブロ・ピカソ『泣く女Ⅰ』(1937年)和歌山県立近代美術館蔵

それがこちら。
ハンカチを片手に号泣する女性の姿が、グロテスクなまでに描かれています。
彼女の顔の上にある編み棒のようなものは、流れ落ちる涙でしょうか。
ピカソ独自のデフォルメ表現が光ります。

ピカソは同モティーフ、同構図の油彩画を描いているため、見覚えがあるという方も多いのではないでしょうか。
『ミノタウロマキア』と『泣く女Ⅰ』どちらも1度見たら忘れられないほどのインパクトを持つ作品なので、見逃さないでくださいね。

【新収蔵の油彩画にも注目!】

本展は版画がメインですが、先述したモリゾの作品を含めいくつかの油彩画も展示されています。


ホアキン・ソローリャ『水飲み壺』(1904年)国立西洋美術館蔵

その中でも特に注目して頂きたいのが、こちらの作品です。

本作は、作者の故郷であるスペインのバレンシア地方で描かれたもので、少女が小さな子供に壺に入った水を飲ませる情景を描いています。
2人の人物が半袖であること、子供が熱心に水を飲むようすなどからバレンシア地方の温暖な気候や空気感が画面から伝わり、微笑ましい光景と相まって郷土色豊かな作品となっています。
こちらの作品は、1964年にソローリャの生誕100年を記念して同地で発行された記念切手の図柄にも採用されており、スペインの人びとから愛された画家・作品であったことが窺えますね。

しかし、本作に注目すべき理由はその作風・主題だけではありません。
前述してある通り、こちらは昨年度に国立西洋美術館が購入し、同館に新収蔵された作品です。
そして今年、ソローリャの没後100年という記念すべき年を迎え、収蔵後初のお披露目を果たしたのです。

画家の生誕100年の年にスペインの記念切手に採用されるほど、地元色に溢れる作品が、その後時を経て没後100年の年には東京の上野に展示されているなんて、何だか不思議な気がしますね。

【関連グッズも発売中!】

本展の内容をまとめた図録(3100円)を始め、ポストカード6種(各110円)やスペイン焼き菓子セット(1432円)などの関連グッズが発売中です。

グッズコーナーは常設展入口のすぐ横に設けられているので、鑑賞の後は展覧会の思い出を残すために是非お立ち寄りください。

また、中学生以下のお子様にはチケット窓口で、本展の魅力、要点をわかりやすくまとめたジュニアガイドをプレゼント!
これを読めば、より展示への理解が深まり夏休みの自由研究にもピッタリです!

【まとめ】

本展のタイトルだけ見ると少し難しそうな印象を受けましたが、スペインのイメージが形成されるまでの過程と綿々と連なる諸歴史を多くの作品群から学ぶことが出来る、充実した展覧会でした。

また、スペイン出身の芸術家による作品だけでなく、マネ、モリゾ、クールベなどフランスの芸術家による作品も展示されており、版画が中心ですが油彩画やポスターも展示されているため、バラエティ豊かな展示物で見飽きしない工夫が為されていてとても面白かったです。

会場である国立西洋美術館は、JR上野駅の公園口改札から徒歩2分ほどの立地にあり、ここ最近の照り付ける猛暑でも安心です。
しかし少しでも日差しが照り付ける中での移動を避けたいという方は、何と毎週金・土曜日に限り20時まで開館しているため、少し日が傾いてから訪れることをオススメします。

Exhibition Information

展覧会名
スペインのイメージ:版画を通じて写し伝わるすがた
開催期間
2023年7月4日~9月3日 終了しました
会場
国立西洋美術館
公式サイト
https://www.nmwa.go.jp
注意事項

※会期中、一部作品の展示替えを行います。

※本展の最新情報は国立西洋美術館公式サイトをご確認ください。