豊嶋康子 発生法──天地左右の裏表/東京都現代美術館

身近なものを独自の視点でとらえ直す 豊嶋康子 初の大規模個展【東京都現代美術館】

2023年12月14日

豊嶋康子 発生法──天地左右の裏表/東京都現代美術館

ぐにゃりと曲がった定規に、丸められた安全ピン。そして、中央部分だけが削られた鉛筆・・・


豊嶋康子《定規》1996-1999

これらは、現代アーティスト・豊嶋康子によって1990年代に制作された作品です。文房具の本来の機能からは離れつつも、だれもがその本来の姿を想像でき、造形の面白さが感じられますね。


豊嶋康子《鉛筆》1996-1999

私たちの身近にあるものや制度、価値観に対して独自の視点と方法で向き合い続けてきた豊嶋康子の、初の大規模個展「豊嶋康子 発生法──天地左右の裏表」東京都現代美術館で開催されています。


初期作品から新作まで
約500点を展示する大規模個展

現代アーティスト・豊嶋康子とは

豊嶋康子は、1967年生まれの現代アーティスト。1990年、東京藝術大学大学院在学中に初個展を開催し、コンセプチュアルな作風で注目を集めました。


現代アーティスト・豊嶋康子

以降30年以上にわたり作品を発表し続け、東京都現代美術館にも複数の作品が収蔵されていますが、これまでの作品をまとめ、その全貌を明らかにする展覧会は今回が初めてとなります。

制作の全貌を検証する初めての試み

会場に入ると、展示室の足下から壁一面までを埋め尽くす作品の物量に圧倒されます!

「現存する作品のほぼ全て」を展示し、その数は約500点にもなるそう。


「豊嶋康子 発生法──天地左右の裏表」展(東京都現代美術館)展示風景

みどころのひとつは、本展にあわせて全面修復を行い、33年ぶりに公開される《マークシート》と《エンドレス・ソロバン》。どちらも1990年代の初期作品です。


豊嶋康子《マークシート》1989-1990

《マークシート》は、解答用紙のマークシートをベースにしたものですが、本来塗りつぶされるべき部分「以外」がすべて塗りつぶされています。

わたしたちの「当たり前」の感覚が鮮やかにひっくり返されますね。


豊嶋康子《マークシート》1989-1990

《エンドレス・ソロバン》は、長いそろばんが広い部屋の壁をぐるりと取り囲み、円環状になっています。

同じ構造が並ぶそろばんの形状を活かしたユーモラスな作品ですね。


豊嶋康子《エンドレス・ソロバン》1990

作品は年代順ではなく、1つの部屋の中にさまざまな時代の作品が混在したインスタレーションのように展開されています。


「豊嶋康子 発生法──天地左右の裏表」展(東京都現代美術館)展示風景

身近な制度や価値観を
自分の意思で組みなおす作品群

もの本来の機能をずらして考える

さまざまな定規をオーブントースターで加熱して変形させた《定規》や、鉛筆の中央付近を削り2本が向かい合うような形状となった《鉛筆》など、ものが持つ本来の機能をとらえ直すような作品も印象的です。


豊嶋康子《鉛筆》1996-1999

さらに本展では、作品の展示方法にも工夫が。

展示室の壁の前にはもう一つの壁が立てられ、その裏側にも作品が展示されています。こうした展示方法は同美術館でも初の試みなのだそう。


「豊嶋康子 発生法──天地左右の裏表」展(東京都現代美術館)展示風景
展示室の壁の前に、もうひとつの壁がつくられています

木製パネルの裏側の本来は鑑賞しない面にパターンを作成した作品《パネル》は、こうした壁に掛けることで裏面もよく鑑賞できるようになっています。


豊嶋康子《パネル》2013-

また、正面から観ると円盤状の作品のように見えるものも、壁の裏側にまわると草刈り機の一部だけを見せたものだとわかります。

「壁」を単に作品を掛ける場として利用するのではなく、それ自体を作品の一部として取り入れ、ここでもわたしたちの「当たり前」を崩してくれるようです。

身の周りにある「しくみ」をとらえ直す

なかには一見「これが作品?」と思ってしまうようなものも。

例えば、展示ケースの中に並ぶさまざまな通帳とキャッシュカード。


豊嶋康子《口座開設》1996-

《口座開設》と名付けられた作品は、1,000円を入金して銀行の口座を開設し、キャッシュカードが届いたらそのお金を引き出し、その1,000円でさらに別の銀行の口座を開設する・・・という手続きを繰り返した作品です。

お金を移動させているだけなのに、キャッシュカードのコレクションが出来上がっています。

多数の表彰状が壁にかけられた《発生法2(表彰状コレクション)》という作品も。

飾られることを前提につくられた表彰状は、家や事務所に飾られていても違和感はありませんが、美術館の展示室に並ぶと異質な物に見えてきますね。


豊嶋康子《発生法2(表彰状コレクション)》1998

場所を変えるだけでものの価値が変化することを見せるのとともに、誰かに宛てた「1点もの」である賞状と、「1点もの」の美術作品をなぞらえてもいます。

身近なものの形はそのまま、視点を変えることで社会の「制度」をとらえ直す作品です。

独自の視点による「発生法」とは?

身近なものの見方を変えるような作品を制作するようになったきっかけとして、豊嶋は、大学1年生の頃に「なぜ四角いキャンバスに描くのか?」と授業で問われたのがきっかけだと述べました。


現代アーティスト・豊嶋康子

その答えを考えるうち、社会のなかにある「型」に気づき、その中に自分を入れて別の角度からものごとを観ることを考え始めたといいます。

そして、何かを表現する素材として、画用紙などの用意されたものではなく、自分で何かを選ばなければいけないと考えるようになったのだそうです。

さまざまな素材を扱った膨大な作品群から、その発想の豊富さに驚きますが、ハンドアウトの展示のマップの中で、作品は豊嶋自身によるいくつかの言葉で分類されています。


「豊嶋康子 発生法──天地左右の裏表」展(東京都現代美術館)ハンドアウト

順番や回転、枠の中と外、そして、展覧会のタイトルにもある「天地左右」「裏表」と、複数の視点のずらしかたによる作品の「発生法」を、少しだけ追体験できるような気分になります。

まとめ

身の周りの「あたりまえ」を鮮やかに裏切るような作品で構成された「豊嶋康子展」。

その作品の題材は、本当に身近にあるものばかりなので、親近感も感じられます。

現存するほぼ全ての作品を観ることで、豊嶋康子の独自の視点の回路にも触れられる展覧会です。

ぜひ会場でその独自の視点と発生法に触れてみてください。

Exhibition Information