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2026年2月24日
やなせたかし展 人生はよろこばせごっこ/松坂屋美術館

会場入口では「やなせうさぎ」がお出迎え ©やなせたかし
NHK朝の連続テレビ小説「あんぱん」(2025)のモデルとなったやなせたかし。
彼の作品で誰もが思い浮かべるのは「アンパンマン」ですよね。
やなせたかしが生み出したものはもちろんアンパンマンだけではありません。
彼がどのように歩み、そして「アンパンマン」が生まれたのか。彼の人生を辿る展覧会が名古屋・松坂屋美術館で開催されています。
会場の入口で迎えてくれるのは「やなせうさぎ」。自画像がわりに描きやすいうさぎを選んだのだとか。臆病で逃げ足が速く、闘争心がないところも気に入ったからだそうです。

会場風景
会場に入ると、天井にたくさんのやなせたかしの言葉が吊るされ浮かんでいます。
幼いころの父の死、母との別れ、22歳で召集されて中国で終戦を迎えた体験から紡ぎだされた思い。短い言葉たちですが、当たり前のようで意味深い・・・。
会場では言葉をじっと見上げている人びとの姿が印象的でした。

三越包装紙「華ひらく」と三越ショッパー 個人蔵
戦後、中国から帰国したやなせは、故郷で高知新聞社に入社。雑誌の編集に携わった後に上京し百貨店三越の宣伝部に入社します。
おなじみ三越の包装紙「華ひらく」のデザインは画家・猪熊弦一郎、「MITSUKOSHI」のレタリングはやなせたかしが描いたものだそうです。
やなせは三越に勤める傍ら、以前から憧れていた漫画家になるため、自身の創作活動を続けます。
そして新聞や雑誌へ漫画の投稿を経て、三越百貨店を退職。漫画家として独立しました。
初期の代表的な4コマ漫画作品「ボオ氏」で、ウィットに富んだセリフのないコマ漫画を確立します。

「てのひらを太陽に」自筆詩 2002年 ©やなせたかし (公財)やなせたかし記念アンパンマンミュージアム振興財団蔵
小学校の音楽の教科書にも掲載され、日本の歌百選にも選ばれた名曲「手のひらを太陽に」。その作詞を手がけたのもやなせたかしです。
仕事もないのに徹夜して詩のようなものを書いていたころ、退屈で懐中電灯を手のひらにあててみた時、透けて見えたきれいな血の色からフレーズが浮かんだといいます。
「まさかそれが広く歌われる歌になろうとは、夢にも思いませんでした」」(出典『人生なんて夢だけど』)とは本人の弁。

「詩とメルヘン」1973年4月創刊号 サンリオ ©やなせたかし (公財)やなせたかし記念アンパンマンミュージアム振興財団蔵
やなせと詩は切っても切れない存在。1973年創刊された「詩とメルヘン」では、30年に渡り編集長を務めました。
「ライフワークのひとつを、僕はこの年に持つことができた。」(出典『アンパンマンの遺書』)と、やなせは記しています。

「詩とメルヘン」表紙原画の展示風景 ©やなせたかし (公財)やなせたかし記念アンパンマンミュージアム振興財団蔵
「詩とメルヘン」表紙の原画も展示されていました。鮮やかで美しい色彩が目を惹きます。
「『詩とメルヘン』に使う絵は、詩を助けてあげる絵です。」(出典『もうひとつのアンパンマン物語』)。
見ているだけで、現実から離れ詩の世界に入ってしまいそうな絵です。

「詩とメルヘン」全号表紙紹介(359冊) ©やなせたかし (公財)やなせたかし記念アンパンマンミュージアム振興財団蔵
「詩とメルヘン」全号359冊の表紙絵がバナーとなって飾られていました。ひとつひとつにやなせの思いが詰まっています。

「やさしいライオン」原画 1975年 フレーベル館 ©やなせたかし (公財)やなせたかし記念アンパンマンミュージアム振興財団蔵
物語の創作にも精力的に取り組み、「やさしいライオン」や「チリンのすず」といった代表作が生まれました。
これらの物語は「やなせメルヘン」と称され、多くの人に親しまれています。

(左)「夕陽の決闘」原画 1998年 (右)「顔をあげるアンパンマン」原画 1996年 ©やなせたかし (公財)やなせたかし記念アンパンマンミュージアム振興財団蔵
そしていよいよ「アンパンマン」の誕生です。
自分を犠牲にしても、困った人を助けるアンパンマン。
「ほんとうの正義というものは、けっしてかっこうのいいものではない」(出典『あんぱんまん』あとがき)。展覧会の入口に吊られていた言葉が思い出されます。

「あんぱんまん」(月刊絵本「キンダーおはなしえほん」1973年10月号 複製画) フレーベル館 ©やなせたかし (公財)やなせたかし記念アンパンマンミュージアム振興財団蔵
最初期のアンパンマンは、こげ茶色のボロボロのマント。現在の三頭身のかわいいアンパンマンとはだいぶ違う感じ。
でも、やっぱり貧しい人に自分の顔を差し出しているところはいっしょです。アンパンマンは変わらないんです。

(左)被災地に提供した描き下ろしポスター 2011年 (右)被災地の子どもたちに送った直筆メッセージ 2011年 ©やなせたかし (公財)やなせたかし記念アンパンマンミュージアム振興財団蔵
東日本大震災前、現役引退を考えていたやなせたかし。
しかし、震災直後にラジオリスナーのリクエストで流れた「アンパンマンのマーチ」が被災地で大きな反響を呼んだことを知り、引退を撤回したそうです。

やなせたかしが着用した洋服の展示風景 (公財)やなせたかし記念アンパンマンミュージアム振興財団蔵
「多くの人を喜ばせたい。うれしそうな笑い声を聞くのが大好きです。本当に気持ちがいい」(出典『人生なんて夢だけど』)。
やなせは皆が楽しめるパーティーを企画し、タキシード姿でステージパフォーマンスを行いました。
衣装は自分で選んで買い、毎回自分でコーディネートしていたそう。

名古屋会場限定の特別映像(中京テレビ「幸せの黄色い仔犬」での収録 未放送映像 2012年5月8日撮影)
名古屋会場限定の特別映像も上映されていました。
やなせの思いが語られた貴重な映像。聞き手はアニメ「それいけ!アンパンマン」の声を担当する戸田恵子さんです。

特設ショップ風景 ©やなせたかし
特設ショップには可愛いオリジナルグッズがいっぱい。
大人も子どもも楽しそうに選んでいる姿が印象的です。
展覧会のタイトルどおり、人をよろこばせよう、楽しませようという思いがいっぱいだったやなせたかし。
多くの来場者の中には、ベビーカーやママに手を引かれた幼児など一般の美術展とは明らかに違う客層も目立ち、微笑ましい展覧会でした。
「なんのために生まれて、なにをして生きるのか」。アンパンマンのマーチの一節が心にしみる、大人にもぜひ見てほしい展覧会です。