文豪×演劇―エンパクコレクションにみる近代文学と演劇の世界/早稲田大学坪内博士記念演劇博物館

文豪と演劇。その共通点を紹介する展覧会【早稲田大学演劇博物館】

2024年6月20日

文豪×演劇―エンパクコレクションにみる近代文学と演劇の世界/早稲田大学坪内博士記念演劇博物館

早稲田大学坪内博士記念演劇博物館(通称:エンパク)にて、「文豪×演劇―エンパクコレクションにみる近代文学と演劇の世界」が開催中です。

「文学」と「演劇」を『広辞苑』で引いてみると、以下のように説明されています。

文学:言語によって人間の外界および内界を表現する芸術作品のこと。詩歌・小説・物語・戯曲・評論・随筆などから成る。文芸。
演劇:作者の仕込んだ筋書(戯曲・台本)にもとづき、俳優(演者)が舞台の上で言葉(台詞)・動作によって物語・人物また思想・感情などを表現して観客に見せる総合芸術のこと。
いずれも、新村 出 (編集) 『広辞苑 第七版』 岩波書店 2018年 より

異なるジャンルである文学と演劇。
しかし、時の作家がつづった物語や戯曲が、演劇の筋書きとなったり、または、上演された舞台が文章で残されて広まるなど、両者はその想像力を共有しながら人びとの心を豊かなものとしています。

現代でも、ベストセラー小説が映像化や舞台化されたり、逆に舞台上で演じられていた物語が文学作品として書店に並んだり・・・そんな光景を見ることがありますよね。

このように、文学と演劇というふたつの領域に橋を架けた人物が、エンパクの創立者である坪内逍遙(つぼうちしょうよう)なのです。

本展では、逍遥がつくり上げたエンパク所蔵の資料から、近代文学と演劇の多様な関わりについて紹介します。

文豪たちの意外な姿が観られるかもしれない。ここでは、そんな特別展「文豪×演劇」の見どころをご紹介していきます。

坪内逍遙が目指した「文学」と「演劇」の共存

坪内逍遙は、明治18(1885)年から日本で最初の体系的な文学理論である『小説神髄』を書いた人物です。

同時代に活躍した森鴎外や二葉亭四迷(ふたばていしめい)、夏目漱石に比べたら、何とも地味・・・な坪内逍遙。
実は江戸時代までの文学とは異なる、新しい文学世界を開拓したすごい人でもあります。

そんな「近代文学の祖」である坪内逍遙は、明治20年代以降、シェイクスピアと近松門左衛門の研究に精力を傾げ、戯曲の執筆も手掛けます。

当時の日本の演劇の中心は、歌舞伎でした。

そこで逍遥は、論文「我が邦の史劇」を著し、歌舞伎における新たな史劇の創出を目指した「桐一葉」「沓手鳥孤城落月」などを執筆。
歌舞伎界にも新しい風を吹き込みました。

文学と演劇のふたつの世界を開拓した坪内逍遙。
本展の導入では、逍遥が情熱を傾げて切り開いた近代の文学と演劇の世界を資料で辿ります。

意外と文豪もオタク?
演劇を愛した作家たちも紹介

四代目歌川国政(三代目歌川国貞)画「乍憚口上」「竹本綾之助」明治20(1887)年9月

作家たちが愛した演劇や芸能は多岐にわたります。

例えば、「小説の神様」と称される志賀直哉は、娘義太夫(むすめぎだゆう)の熱狂的なファンでした。

娘義太夫とは、明治期の青年たちに絶大な人気を誇った少女のこと。現代風に言えば「アイドル」のような存在です。

志賀直哉も若いころは、好みの娘義太夫の席に通っていたのだそう。
特に、竹本昇之助を好み、「アウフ」と独自の呼び名を付け、熱心に応援していたようすを、日記に書き記しています。

水谷八重子宛 武者小路実篤書簡

また、俳優と作家の交友関係についても書簡で紹介しています。

こちらは、志賀直哉の友人で雑誌『白樺』を創刊した武者小路実篤が、女優・水谷八重子へ宛てた書簡です。

実篤は、40歳頃から絵筆をとり、画家としても活躍していました。

素朴ながらも目を惹くバラの絵に注目です。

言葉を巧みにあやつる文豪ならではの、語彙に富んだ書簡の内容も、時間があったらじっくりと読み込んでみてください。

京マチ子宛 谷崎潤一郎書簡 昭和36(1961)年5月15日

「メディアミックス」の歴史を辿る

近年ではよく見聞きする「メディアミックス」。歴史を辿ってみると、江戸時代の頃から行われています。

明治時代以降は、新聞や雑誌などのメディアが発展し、そこに掲載された小説が演劇化、映像化されて人びとに受け入れられました。

デザイン性の富んだ演劇のプログラムや楽譜なども展示されています。
美術がお好きな方も、楽しめる展覧会ですよ。

また、作家自ら手掛けた舞台作品も紹介しています。

「阿難と呪術師の娘」(岡本かの子作)尾上多賀之丞の隈取(呪術師の老女)昭和9(1934)年12月 東京劇場

「老妓抄」「家霊」などの小説で知られる岡本かの子
歌人として出発したのち、仏教研究家として活動していました。

この時期に仏教に発想を得た戯曲などを十編以上執筆しています。

こちらは、昭和9(1934)年12月に、東京劇場で公演された「阿難と呪術師の娘」の呪術師の老女・尾上多賀之丞(おのえたがのじょう)の隈取(くまどり)です。

ちなみに、岡本かの子は、「芸術は爆発だ!」でおなじみの岡本太郎の母。
この作品からは、なんとなく岡本太郎の作品の雰囲気が伝わってくるようです。

 

文学と演劇の多様な関わりについて紹介する特別展「文豪×演劇」

本展は、ゲーム「文豪とアルケミスト」とのタイアップ企画も実施。

2階の展示室には、描き起こしのオリジナルパネルを背景に、「文豪とアルケミスト」のキャラクターと一緒に撮影できるフォトスポットもあります。

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また、フォトスポットがある向かいの展示室では、「生誕100年 越路吹雪衣装展」も開催中!

舞台衣装、アクセサリー、ポスターなどから、女優・歌手として活躍した越路吹雪(1924-1980)の軌跡を辿る展覧会です。

越路が実際に来ていた美しい舞台衣装もずらりと並びます。服飾系が好きな方は、こちらもぜひ、一緒に鑑賞してみては?