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2026年2月24日
生誕185年 ルノワール展/山王美術館

会場風景
柔らかな筆致と色彩で「幸福の画家」と称され、日本でも高い人気を誇るピエール=オーギュスト・ルノワール。
今年生誕185年を迎えるルノワールのコレクション展が、大阪・山王美術館で開催されています。
この展覧会は、山王美術館のルノワール絵画作品全51点を一堂に展示するというもの。
山王美術館のコレクションは他館への貸し出しがなく、ここでしか観ることのできない作品ばかり。
初公開となる12点の作品も含まれるので、鑑賞がとても楽しみです。
開館当時、山王美術館のルノワールコレクションはごくわずかだったそう。年代や技法など幅広く収集が行われ、所蔵作品が拡充されてきました。
美術館の歩みと共に成長してきたコレクションなのです。
展覧会では、印象主義の時代から移り変わっていくルノワールの画風の全体像を、一堂に見渡すことができます。

《若い女性》1877年 山王美術館蔵
13歳で磁器の絵付けの仕事をしていたルノワールは、画家を志して画塾で学びます。
そこで出会ったのがモネやシスレー。のちの印象派の画家たちと共に、光の移ろいや日常の瞬間をとらえた作品に取り組みます。
しかしデッサン重視の古典的な様式に沿わなかったため、官展のサロンでは評価されませんでした。
グループ展を開催しても「下描きのようだ」と酷評されてしまいます。
経済的に苦しかったルノワールは再びサロンに出品。《シャルパンティエ夫人と子どもたち》がようやく高い評価を得て、一躍人気画家となります。

(左から)《女性像(ジャンヌ・サマリー)》1877年、《鏡の中の夫人》1877年 いずれも山王美術館蔵
珍しい作品が展示されていました。
カンヴァスではなく「マクリーンセメント」という建築装飾に用いられた素材に油彩で描かれたもの。
ルノワールはマクリーンセメントを用いた5点の作品を遺しましたが、そのうち2点を山王美術館が所蔵しています。
《鏡の中の婦人》は、ルノワールのパトロンでもあったシャルパンティエ夫人の文芸サロンの壁面装飾の一部ではないか、と考えられているそうです。

《果物をもった横たわる裸婦》1888年頃 山王美術館蔵
人気画家となったルノワールでしたが、作風に課題を抱えます。
人物画を描きたい彼は、輪郭線を描かず背景に溶け込ませる印象主義の技法に限界を感じたのです。
「印象主義は(中略)行きどまりになってしまった(*1)」とルノワールはこぼしています。
古典美術を手本としたデッサン重視へと回帰し、新古典主義の巨匠・アングル風の作品を発表しますが、人びとの反応は芳しくありませんでした。
「穏やかで軽やかな昔の絵に戻ることにしました(*2)」と画商への手紙に記したルノワール。
この絵はちょうどその頃の作品。古典的な美も取り入れつつ印象派的なやわらかなタッチで描かれています。
出典
(*1)アンブロワーズ・ヴォラール「ルノワールの鋭い方法」『ルノワールは語る』東出版
(*2)デュラン=リュエル宛の手紙、1888年頃

(左から)《ピエール・ルノワールの肖像》1888年-1890年頃、《鍋と果物》1890年頃 いずれも山王美術館蔵
ルノワールは家族や友人、花や果物など身のまわりのものを好んで描きました。
どの作品からもルノワールの愛情あふれるまなざしが感じられます。左は長男・ピエールの肖像です。

(左から)《風景》1895年頃、《チャペルのある風景》1899年 いずれも山王美術館蔵
人物画の印象が強いルノワールですが、身近な風景画も描いています。
左の絵のチャペルの前に、ポツンと二人の人物が描かれているのがかわいいです。

展示風景《イオカステ(ギリシア神話「オイディプス王」より)》1895年頃 ほか 山王美術館蔵
これも珍しい作品。パリの劇場のオーナーでコレクターのポール・ガリマールから依頼された装飾画の習作の一部です。
ギリシャ神話の装飾画を依頼されたルノワールは、悲劇「オイディプス王」を主題に選びました。
残念ながら装飾画が実現することはありませんでしたが、ルノワールの死後アトリエから発見されたのがこの習作です。
画家としての評価も高まったルノワールでしたが、1897年に発症した慢性関節リウマチに生涯悩まされます。
ルノワールは南フランスで療養しながらも精力的に制作を続けました。

(左から)《緑の花瓶のバラ》1910年頃、《バラの花束》1910年頃 いずれも山王美術館蔵
花をモチーフとしたルノワール作品は300点ほどもあると言われています。
ルノワールが好んで描いたのはバラ。温かく柔らかな色で描かれ、ふっくらみずみずしい印象を与えます。
「花を描くのは裸婦を描く練習(*3)」とルノワールは語っていたといいます。
出典
(*3)ジャン=ルノワール『わが父ルノワール』

(左から)《花瓶の花と女性》1915年頃、《噴水による浴女》1914年 いずれも山王美術館蔵
《噴水による浴女》は、ルノワール生涯のテーマであった「自然の中の裸婦」。噴水の水の流れ、木々の葉や髪の輝きは、透明感にあふれています。

展示風景より (右)《裸婦と花の習作》1915年頃 山王美術館蔵
右端の絵はなかなかお目にかかれない作品です。バラの花と風景、裸婦像などの主題が一枚のキャンバスに描かれているのです。
数点のこうした作品は、後に遺族の了承のもと切り分けて販売されました。この作品は完成当時のままの姿を観ることができる貴重な一枚です。

(左から)《帽子で装うリディア》1917年、《麦わら帽子をかぶった少女》1917年 いずれも山王美術館蔵
晩年の絵は、とても明るく柔らかな色彩にあふれています。
しかしこの頃、ルノワールはリウマチが悪化し車椅子から立ち上がることもできなかったそうです。
指も曲がり手に筆を縛り付ける日々。それでも作品は、苦痛をみじんも感じさせず喜びにあふれています。
左の《帽子で装うリディア》は本展で初公開される作品のひとつです。

展示風景
「絵画は愛すべきもの、愉しく、美しいものでなければならない」と語ったルノワール。
その言葉通り、どんなに苦しい状況でも悲しい絵を一度も描きませんでした。
晩年は身体の痛みが増していくのに、ますます温かく優しくなっていく絵。ルノワールの信念が感じられ、それこそが「幸福の画家」と呼ばれる所以なのでしょう。

《勝利の大ヴィーナス》1915-1916年制作 1986年-1987年鋳造
最後にご紹介するのは、1Fエントランスホールに常設されている彫刻《勝利の大ヴィーナス》。
ルノワールは彫刻家・マイヨールとの縁で、彫刻にも取り組みました。自由に手を動かせなくなったルノワールは、マイヨールの弟子たちの手を借りて共同制作を試みました。
この像は、ルノワールの住居のバラ園に置かれていた像をもとに制作したブロンズ像。展示室と離れた場所に置かれていますので、こちらもお見逃しなく。