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クロード・モネの世界にひたる。日本初公開作品を含む〈睡蓮〉などを堪能【国立西洋美術館】
2024年11月1日
「10分でわかるアート」は、世界中の有名な美術家たちや、美術用語などを分かりやすく紹介する連載コラムです。
作家たちのクスっと笑えてしまうエピソードや、なるほど!と、思わず人に話したくなってしまうちょっとした知識など。さまざまな切り口で、有名な作家について分かりやすく簡単に知ってもらうことを目的としています。
今回は、浮世絵師が描いた一点ものの浮世絵「肉筆画」について、詳しくご紹介。
「この作品を作った作家についてもう少し知りたい!」「美術用語が難しくてわからない・・・」そんな方のヒントになれば幸いです。
浮世絵の展覧会に足を運ぶと、有名な葛飾北斎や喜多川歌麿、歌川広重などの浮世絵版画と一緒に掛軸の作品が展示されているのを観たことがある人も多いのではないでしょうか。
浮世絵には、木版を使った版画作品と、浮世絵師が一筆ずつていねいに描く「肉筆画」と呼ばれる2種類があります。版画は庶民でも手が届きやすい価格で手に入りますが、肉筆画は主に富裕層からの依頼を受けて描く、オーダーメイドの浮世絵です。絵師が一筆ずつ魂を込めて描くので、その値段はとても高価であったそうです。
江戸市中に出回ったのは安価な浮世絵版画でしたが、あえて肉筆画を専門とする浮世絵師たちもいたのだそう。その代表的な絵師が懐月堂安度(かいげつどう あんど)です。彼が率いる懐月堂派は、一人立ちの美人図を肉筆で量産し人気を得ていました。
「立姿美人図」(萩模様)懐月堂安度 筆
「立姿美人図」のような美しい女性が一人で立つ美人図を中心に、多くの肉筆画を制作した安度率いる懐月堂派。彼らの肉筆画は、この時代としては現存数が多いとのこと。一般的に肉筆画は「絹」に描かれることが多いのですが、懐月堂派の作品の多くは紙に描かれています。
やや質の落ちるくすんだ色合いの絵具を使用していることから、懐月堂派の肉筆画は注文による制作ではなく、量産品であったのではないかと推測されています。
「立美人図」 宮川長春筆 1716-36年(享保年間)
懐月堂派よりやや遅れて、肉筆画を専門として活躍した絵師・宮川長春(みやかわ ちょうしゅん)もまた、立美人図をよく描いていました。しかし、量産型の懐月堂派よりも長春はていねいに時間をかけた描写と着彩していることから、裕福な人たちからの注文により肉筆画を制作していたと考えられています。
制作に使う画材の料金も注文主が払っていたため、長春の作品では発色のいい上質な絵具が使われているのが特徴です。
立美人図に描かれている女性をよく見ると・・・後ろ髪がしっぽのように突き出た独特な髪型をしていますね。
「立美人図(部分)」 宮川長春筆 1716-36年(享保年間)
こちらは、江戸時代の享保年間(1716-36)ごろに、若い女性あいだで流行した鴎髱(かもめづと)と呼ばれる髪型です。長春の美人画では、この髪型をした女性が多く描かれていることから長春美人のシンボルとされています。
浮世絵を最初に広めた絵師である菱川師宣(ひしかわもろのぶ)。彼の代表作「見返り美人図」は、肉筆浮世絵のジャンルのなかでも代表的な作品として知られています。
菱川師宣《見返り美人図》元禄(1688-1704)
当時流行していたファッションや、文化をひも解く上でも重要な作品である本作。女性の美しい表現や、江戸の人たちのようすを生き生きと描いた師宣の作風は、のちの浮世絵の基本様式となりました。
また、本作は何度も記念切手のモチーフとして使われています。一番最初に本作をモチーフとした切手が発行されたのは、戦後まもない1948年で以降1991年、96年に発行されました。
おじいちゃん・おばあちゃんはもちろん、今の20代から30代の方も一度は「見返り美人図」の切手を見たことがあるという方も多いのではないでしょうか。
勝川春章(かつかわしゅんしょう/1726-92)は、役者絵というジャンルで活躍した浮世絵師です。勝川派という一派を築き上げた春章。その弟子には、なんと葛飾北斎もいました。
春章は晩年に美しい肉筆美人図を描き高い評価を得ています。
重要文化財「雪月花図」勝川春章 筆
「雪月花図」は、平安時代の3人の才女である清少納言、紫式部、小野小町に見立てて江戸美人を描いた春章肉筆画の代表作です。雪月花をテーマとした本作。江戸美人たちのモデルとなっている場面を左からご紹介していきます。
左の清少納言は、『枕草子』で中宮定子に白楽天の詩句「香炉峰の雪は簾をかかげてみる」の意を応えたところを描き、中央は紫式部は琵琶湖に映る月を眺めて『源氏物語』を執筆しているところを、そして右の小野小町は「花のいろはうつりにけりないたづらに我身よにふるながめせしまに」と、百人一首に選ばれた有名な和歌を詠んでいる場面がモデルになっています。
春章の傑作「雪月花図」は、静岡県熱海市にあるMOA美術館が所蔵しています。機会があれば常設展示なので観られるかもしれません。
葛飾北斎が最晩年に描いた作品である「富士越龍図(ふじこしりゅうず)」。富士山をぐるりと取り巻く黒い雲のなかを龍が天を目指して昇っていくようすを描いています。
「富士越龍図」葛飾北斎筆 1849年
本作は北斎が亡くなる3か月ほど前に描かれた肉筆画で、天を目指し昇っていく龍の姿からは北斎が画業の高みへもっと昇り詰めたい、もっと描きたいという最晩年の心境がうかがえるようです。
1872年に創設された日本最古の博物館である東京国立博物館。2022年現在、同館の収蔵品は約12万件あり、そのうち国宝は89件、重要文化財は648件と質・量ともに日本を代表するコレクションを築いています。
1995年、千葉市中心街の一角に中央区役所との複合施設として開館した千葉市美術館。同館は、市内に残る数少ない戦前の建物(旧川崎銀行千葉支店)を新しい建物で包み込むように設計されています。
本記事で紹介した懐月堂安度の作品など、さまざまな日本美術を所蔵しています。
ここで紹介した2つの館以外にも、多くのミュージアムで有名絵師の肉筆画作品が所蔵されています。気になる方はぜひ調べてみてくださいね。
絵師が一筆ずつ魂を込めて描く肉筆画について詳しく紹介しました。
浮世絵と聞くと、どうしても浮世絵版画ばかりに目が行きがちですが・・・展覧会に行った際は、絵師のこだわりがより込められた肉筆画にも注目してみてくださいね。絵師の筆づかいがよく見えるので、版画とはまた違う魅力がありますよ。
次回は、豊かな色彩で南国のようすを描いたポスト印象派の画家「ポール・ゴーガン」について、詳しくご紹介します。お楽しみに!
【参考書籍】
・矢島新『マンガでわかる「日本絵画」の見かた 美術展がもっと愉しくなる!』誠文堂新光社 2017年
・稲垣進一『新装版 図解 浮世絵入門』河出書房新社 1990年
・深光富士男『面白いほどよくわかる 浮世絵入門』河出書房新社 2019年
・田辺昌子『アート・ビギナーズ・コレクション もっと知りたい 浮世絵』東京美術 2019年