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クロード・モネの世界にひたる。日本初公開作品を含む〈睡蓮〉などを堪能【国立西洋美術館】
2024年11月1日
スフマートでは、「つくる」「つたえる」という2つの視点をもとに、ミュージアムを支えるさまざまな人へのインタビューを隔週・前後編でお届けします。
記念すべき初回にお話をお聞きしたのは、東京都庭園美術館の副館長・牟田行秀(むた ゆきひで)さん。
重要文化財でもある旧朝香宮邸を活用した東京都庭園美術館は、アール・デコ様式の展示空間が広がる本館と、現代的なホワイト・キューブのギャラリーをそなえた新館と、異なる鑑賞体験が楽しめる美術館です。
四季折々の草花が楽しめる庭園はもちろん、カフェやレストランも併設されており、美術鑑賞だけにとどまらない楽しみ方があるのも魅力の一つです。
前編では、同館の魅力や美術館運営の裏側について語っていただきました。続く後編では「つたえる」という視点から、展覧会づくりの醍醐味や工夫、大切にしていることについてお聞きしました。
(前編はこちら)
東京都庭園美術館副館長・牟田行秀さん ※撮影時、マスクを外していただきました。
──東京都庭園美術館といえば、香水瓶やジュエリーなどのガラス作品で知られるルネ・ラリックですよね。展覧会を毎回楽しみにしています。
同じ作家を紹介していく際、テーマや切り口はどのように考えて展覧会を作っているのでしょうか。
ルネ・ラリックは装飾芸術家という意味でも、旧朝香宮邸との関わりという意味でも、当館にとっては重要な作家の一人です。
確かに切り口をどう変えていくかというのは毎回、頭を悩ませることでもあるのですが、必ずしも展示内容を変えなければいけないとは思っていません。それよりも、世代がどんどん変わっていく中で、ラリックを紹介し続けていくことが大事だと考えています。
そもそも鑑賞体験は、展覧会の開催時期やその日の天候、見る側の気持ちによっても変わってくるものです。東京都庭園美術館という空間でしか味わえない、その時々の鑑賞体験を楽しんでほしいと思いながら展覧会を作っています。
──展覧会を作る側として、これまで手がけてきた展覧会の中で一番印象に残っているものを教えてください。
やはり、自分が初めて手がけた展覧会である「建物公開展」が、一番印象に残っています。
旧朝香宮邸に合うようなアール・デコと同時代のものを中心にリサーチして集め、自分なりに考えた建物公開展を作りました。今から思うと、出品作品にはなんの脈絡もないし、一貫性もない。でも、ポスターやチケットも一生懸命作って、何とか開幕に間に合わせました。
リーフレット『旧朝香宮邸のアール・デコ 東京都庭園美術館建物公開』(1992年開催) 写真提供:東京都庭園美術館
開幕初日、こんな稚拙な内容で本当に見て来てくれる人がいるのかと不安な気持ちで待っていたら、30代か40代くらいの女性が僕の作ったチケットを持って、来てくれたんです。初めての来館者を前にして、あの時は本当にうれしかったですね。
展覧会のアンケートを読んでみると、自分なりに工夫した点や旧朝香宮邸の物語を踏まえての展示方法に気づいてくれた人が多くいらっしゃいました。自分の意図したことがちゃんと伝わったとき、やりがいを感じました。
──それはとても嬉しいことですね。この展覧会をきっかけに、アール・ヌーヴォーやアール・デコといった装飾芸術に関心を強めていったそうですが、その特徴や魅力について教えてください。
装飾芸術は、絵画や彫刻などのいわゆる「ファインアート」とは異なる考え方を持つ分野です。ファインアートは、純粋に美なるものを表現するために作られたもの。一方で、装飾芸術は必ずしもそれ自体が鑑賞の対象となることはありませんでした。しかし、そうした見方は18世紀の産業革命で機械化が進むと変わっていきました。
それまで職人の手作業で作っていた装飾的な部分は機械化され、単純な造形のものが増えていくようになりました。それにより、伝統的な技術を取り戻していかなければならないという反動が起きてくるんです。手仕事の良さが再発見されるようになったわけです。
世界的に広がったこうした動きを、「アール・ヌーヴォー(新しい芸術)」と呼ぶようになりました。急速に進んだ機械化・工業化への反動から、エミール・ガレなどの作品に見られるように植物や昆虫、動物など自然の中にあるものがモチーフに使われ、有機的な曲線が特徴になっています。
しかし、アール・ヌーヴォーのムーブメントはそう長くは続きませんでした。第一次世界大戦を境に、直線的かつ合理的なデザインが特徴の「アール・デコ」へと移り変わっていきます。
機械化・工業化を否定するのではなく、いかに工業製品に装飾的な要素を加えていくか、伝統的な装飾芸術と近代的な産業技術を融合させ、時代にふさわしい装飾を模索していくようになったわけです。その結果、幾何学的な形態を持つ「アール・デコ」の造形が生まれました。
こうした経緯を経て、装飾芸術もファインアートと等価なものとして見られるようになったのです。
──工業化がなければ装飾芸術も確立されなかったかもしれないのですね。しかし、「装飾芸術」と聞くと難しそうなイメージがあります。
「装飾芸術」というと確かに難しく感じますが、実は誰もが生活の中で行っていることです。例えば、気に入った絵や写真を部屋のどこに飾ろうとか考えますよね。その行為自体が装飾芸術になります。
装飾芸術は絵画や彫刻などの作品単体を指すのではなく、それらを組み合わせてひとつの理想的な空間をつくりだすものです。僕の解釈で定義すると、「装飾をする」という行為を通していかに生活を豊かにするかということではないかと考えています。
──とても身近なものだったとは意外でした。空間といえば、アール・デコ様式の本館と現代的な新館では、展示空間の雰囲気はまったく違います。
本館と新館で展示方法などで工夫されている点や、注意していることはありますか。
新館は美術館施設として建てられたもので、いわゆるホワイトキューブの展示室になっています。
鑑賞者は、アール・デコ様式の装飾豊かな空間が広がる本館から、無機質な新館に移動してくることになるので、そこにある非連続性や違和感をどう埋めていくか、というのは2014年にリニューアルオープンした直後からの課題でした。
その解決策として、本館と新館の連絡通路に美術館の情報コーナーを設置して、鑑賞者にそこでひと息入れてもらい、気分を一新してから新館の展示に向かってもらうようにしています。
東京都庭園美術館 新館 外観
また、最近では、本館と新館の展示空間の特性を生かし、あえて見せ方を変えるということもしています。
旧朝香宮邸の本館には雰囲気を活かして歴史的な作品を並べる一方で、新館では現代美術のインスタレーションや大型作品を展示するなど、その違いを楽しんでもらうようなつくりにしています。
──異なる鑑賞体験が一度でできてしまうのは、性格が違う展示空間があるからこそですね。
最後に、牟田副館長が今後手がけてみたい展覧会について教えてください。
旧朝香宮邸はフランス人装飾美術家のアンリ・ラパンに朝香宮家が直接主要な室内の内装デザインを頼み、それ以外の部分は宮内省の内匠寮(たくみりょう*)が手がけたといわれています。しかし、ラパンと朝香宮家との出会いについての資料は残されていません。
*内匠寮:宮内省の一部局。明治18年(1885)に設置され、建築や土木、庭園に関することをつかさどった役所のこと。
朝香宮ご夫妻がフランス滞在中に、アール・デコと出会ったことがきっかけになっているのは確かですが、ご夫妻がフランスで実際に何をして何を見ていたのか、またどんな人たちと会っていたのか、どのような経緯でアール・デコ様式の宮邸が誕生したのか、そういう素朴な疑問が自分の中にずっとあります。
その謎に迫ろうと、2003年に開館20周年記念展として「アール・デコ様式(スタイル)」という展覧会を手掛け、そのヒントを見つけられたのですが、核心には触れられませんでした。
そのため、東京都庭園美術館に関わっているあいだに、ぜひこの展覧会の続きをやりたいと考えています。そして旧朝香宮邸誕生の全貌を解き明かしたいです。
2023年には開館40周年を迎える東京都庭園美術館。牟田副館長の手によって、旧朝香宮邸の謎は明らかになるのでしょうか。旧朝香宮邸誕生の全貌を解き明かす展覧会が開催されることが楽しみですね。
次回の「つくる」「つたえる」を聞くインタビューでは、千代田区立日比谷図書文化館の並木百合さんに、千代田区の施設ならではの展示や取り組みについてお聞きします。