没後110年 日本画の革命児 今村紫紅/横浜美術館

異国情緒と自由な気風の街・横浜が生んだ早世の天才日本画家を大回顧【横浜美術館】

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2026年5月19日

横浜仕込みの自由さと異国情緒~早世の天才日本画家を大回顧【横浜美術館】

今村紫紅《熱国之巻(朝之巻)》紙本着色・一巻(図は部分) 大正3年(1914) 45.7×954.5cm 東京国立博物館 ※国指定重要文化財 (展示期間:4月25日~5月20日)※《熱国之巻(暮之巻)》は5月22日~6月3日の展示 Image: TNM Image Archives

横浜美術館が満を持して開催する、今村紫紅(いまむら しこう)の大回顧展「没後110年 日本画の革命児 今村紫紅」展が、4月25日から6月28日まで開催中です。

横浜出身の紫紅は日本画の革新を志し、豪放磊落な性格で若手日本画家のリーダーでもありました。惜しくも36(満35)歳の若さで早世しました。

本展は前回の山種美術館での開催から42年ぶり、公立美術館では初の大回顧展として、紫紅の初公開作品を含む約200点を一挙公開しています。前日の内覧会と記者会見のようすをレポートします。

熱帯の光を人びとの生活
―日本画の画材で未曾有の風景を描いた《熱国之巻》


今村紫紅《熱国之巻(朝之巻)》紙本着色・一巻(図は部分) 大正3年(1914) 45.7×954.5cm 東京国立博物館 ※国指定重要文化財 (展示期間:4月25日~5月20日)※《熱国之巻(暮之巻)》は5月22日~6月3日の展示 Image: TNM Image Archives

伝統的な絵巻に、インドやシンガポールの庶民の暮らしや道中のようすを鮮やかな色彩で描いた異色作。幅約10メートルの2巻組というこの大作は、今村紫紅の代表作《熱国之巻》(国指定重要文化財)です。

日本美術院の再興記念展覧会(第1回再興院展)に出品されました。インドへの旅費を負担し、作品を買い取ることが決まっていた原三溪は気に入らなかったようで「紫紅君一代の悪作」と手厳しい所見を目録に書き残しています。


安田靫彦(ゆきひこ)《紫紅の像》1916年 東京国立博物館蔵
Image: TNM Image Archives

今村紫紅は1880年横浜生まれ。1897年に歴史画家の松本楓湖に兄と入門、1900年に安田靫彦らの「紫紅会(後に紅児会と改称)」に入会。

1911年の第5回文展出品作《護花鈴》で褒状を受け、実業家・原三溪の支援が決まります。

1914年にインド渡航、帰国後に横山大観らと再興日本美術院の発起人、経営者同人となります。同年に速水御舟らと「赤曜会」を結成。大正日本画の革新者として若手をけん引しましたが、1916年に36歳で早世しました。

代表作に国指定重要文化財の《近江八景》《熱国之巻》があります。

紫紅の人生をダイジェスト! しっとこう、しこう


ダイジェストルーム展示風景

本展は4章構成で、各章のタイトルは紫紅本人が書き残した言葉から取っています。注目すべきは1章の前に開設されたダイジェストルームです。

紫紅の人生を写真やパネル、作品数点でコンパクトにまとめています。


展示パネル

パネルの写真は歴史画の研究会「紅児会」解散時のものです。前田青邨や安田靫彦らが一緒に写っています。

情熱的で時に破天荒、後輩たちを率いる強いリーダーシップを持った人物だった雰囲気が伝わってきます。

第1章 「古画のよい処を分解して、その後を追え!」


今村紫紅《鞠聖図(きくせいず)》1911年 横浜美術館蔵
通常3匹いる鞠の精が2匹しかおらず、最後の1匹は想像させる遊び心を感じさせる作風

紫紅は17歳の時に、東京の歴史画家、松本楓湖の画塾に兄と入門します。昔の日本画の修行は、粉本(ふんぽん)と言われる手本を模写しながら、昔の描法や風俗故実を学ぶのが一般的でした。

1章では、当時の粉本や模写なども展示されています。

第2章「絵画は矢張(ヤハリ)多方面に描け!」


今村紫紅《護花鈴》1911年 霊友会妙一コレクション蔵(展示期間:4月25日~5月8日)
護花鈴とは、鳥が花を散らさないよう赤い紐に結んで枝にわたした鈴のこと
今回の改修に伴い、展示ケースに低反射ガラスを採用した

第2章は「01 三溪との出会い」「02 紫紅と琳派」の2節に分かれます。上写真《護花鈴》は横浜の実業家でありコレクターであった原三溪が、紫紅への支援を決めた作品です。

桃山文化に傾倒していた三溪はこの絵が気に入り、毎月100円の制作補助金を紫紅に支給しました。現在の価値では十数万円に相当するようです(筆者計算)。


今村紫紅《雷神》1916年 山口蓬春記念館蔵
紫紅は、俵屋宗達の屏風でも有名な風神雷神を複数描いている

1907年に五浦の日本美術院研究所を訪れた際に、岡倉天心から古人では誰を好むかと聞かれた紫紅は「宗達です」と答え、天心に大変気に入られたと伝えられています。


第2章展示風景

第3章「自由も、新も我にあり!」


今村紫紅「比良」(《近江八景》より)紙本着色・八幅対のうち 大正元年(1912) 165.0×56.9cm 東京国立博物館 ※国指定重要文化財(展示期間:6月5日~6月28日) Image: TNM Image Archives

第3章は紫紅の最盛期の代表作を展示する部屋です。

展示期間はそれぞれ異なりますが、冒頭でご紹介した国指定重要文化財の《熱国之巻》全2巻と《近江八景》全8幅(展示期間は6月5日~28日)が展示されます。各作品の下絵は全期間展示されます。


今村紫紅《近江八景(小下絵)》1912年 横浜美術館蔵(原範行氏・原會津子氏寄贈)
紫紅の出世作とも言える《近江八景》の下絵

《近江八景》から2年後、紫紅は新境地を開くため、誰も見たことのない風景を求めてインドに旅立ち《熱国之巻》を完成させることになります。

第4章「暢気(ノンキ)に描け!」


今村紫紅《春さき》1916年 東京国立近代美術館蔵
亡くなる直前の作品

章タイトルの「暢気(ノンキ)に描け!」は、紫紅が美術雑誌で、理屈に縛られず、思うままに描こうと後輩たちを鼓舞した発言です。

晩年の紫紅は中国の文人画や江戸後期の南画に傾倒しましたが、細密画のようなものも描いていて、さまざまな表現の研究に取り組んでいたことが分かります。

大島への取材旅行も計画していましたが叶わず、1916年2月28日に脳溢血のため35年の生涯を閉じました。

記者会見と質疑応答


記者会見風景
冒頭であいさつする蔵屋館長(右)、内山主任学芸員(左)

内覧会終了後は蔵屋美香館長、内山淳子主任学芸員による記者会見が行われました。

蔵屋館長は「大規模改修工事のため休館し、2025年2月に全館オープンしました。新しくオープンするにあたりいくつかの目標をかかげました。そのうちの一つ、横浜にフォーカスした展示をする、というものがあります。横浜から始まったものが、日本や世界への大きなメッセージになる、というような作家や作品、テーマを積極的に紹介していこうというものです。今村紫紅を紹介する本展はそれにふさわしい企画です」と解説。

内山主任学芸員は「本展は長らく当館で準備をしてきました。紫紅が日々重ねてきた多方面の研究の様を、改めて照らしています」と開催の思いを話しました。

横浜美術館での紫紅作品の所蔵点数は下村観山に次いで多く、重要な作家の一人と位置づけているそうです。会期中は限定グッズ販売や音声ガイド、イベント、SNS発信も行われます。

Exhibition Information

展覧会名
没後110年 日本画の革命児 今村紫紅
開催期間
2026年4月25日~6月28日
会場
横浜美術館
公式サイト
https://yokohama.art.museum/