グスタフ・クリムト/10分でわかるアート
2022年6月15日
「モダンビューティー 近代の化粧文化」/ポーラ ミュージアム アネックス

ポーラ ミュージアム アネックス にて、ポーラ文化研究所50周年記念展「モダンビューティー 近代の化粧文化」が好評開催中です。
本展では近代の化粧、美意識の変遷について紹介。
なんのために「化粧」があるのか?その奥深さについて考えられるような内容となっています♪
今年で設立から50年を迎えたポーラ文化研究所。これまで化粧文化を研究し、その成果を広く公開してきました。
設立50周年を記念した本展のメインテーマは「近代の化粧文化」。

大きく5つに分けられる日本の化粧文化史の中でも、近現代の約200年に焦点を当てます。
近現代の化粧期の特徴は、何といってもその変化のスピード。目まぐるしく変わる美意識をたどっていきましょう。
日本人の価値観を大きく変えた明治維新。西洋の新しい文化を日本に取り込む策を、明治政府が主導していきます。
男性の断髪や洋装化は急速に進むのですが、実は女性の洋装化はなかなか浸透しませんでした。

和洋折衷スタイルを取り入れながら少しずつ進んだ女性の洋装化。洋装と洋髪が主流になるのは、戦後のことでした。
確かに私たちがイメージする戦中の人びとって、和装ですよね。

当時の新発売の化粧品のポスターからは、活発な新時代の女性像を知ることができます。
江戸時代までの日本の化粧と言えばおしろいや紅、お歯黒、眉剃りを想像される方も多いのではないでしょうか。
明治3年(1870)、外交上の理由から華族のお歯黒と眉剃りが禁止されます。日本人からすれば伝統的な化粧も、外国人からしたら不気味に見えたのでしょう。
昭憲皇太后(明治天皇の皇后)が率先して止めたことで、伝統的な化粧は少しずつ姿を消していきました。

また、女性たちの化粧に欠かせなかったアイテムのひとつ白粉(おしろい)は、鉛が主成分でした。
実は鉛は体に悪い物質で、鉛中毒による健康被害が明治20年代に社会問題になりました。しかし、それから発売禁止になるまでの約40年ものあいだ市場に残り続けました。
鉛のおしろいの使用感が良すぎて、女性たちがなかなか使用をやめなかったからだそうです。「より美しくありたい」という思いは、いつの時代も一緒ですね。
大正時代からは女性の社会進出が進み、職業婦人と呼ばれる働く女性が増加します。
身だしなみとしての化粧が求められるようになったことで、携帯しやすく使いやすいアイテムが普及していきました。

それまで水で溶いて紅を差していたものはリップスティックに。他にも、鏡と白粉が一体化したコンパクトなど、現代でもメイクアップするときに欠かせないアイテムばかりですね。
よそおいや化粧の変化とともに、女性の髪型も変わっていきます。
それまでの日本髪は時間がかかってとにかく重い。これに代わり束髪(そくはつ)が普及していきます。日本髪より簡単に結うことができ、またドレスとの相性もよかったことから人気が高まっていきました。

「まあがれいと」は三つ編みを取り入れた髪型。袴姿の女学生も、こんな髪型をしていたかもしれません。

ウェーブさせた髪で耳を覆ったようなモダンなまとめ髪は「耳隠し」。です
「長く真っ直ぐな黒髪が美しい」という価値観を変化させた髪型でもありました。
現代に生きる私たちは、自分の好きな髪型、化粧、服装を選ぶことができます。自分の価値観を大切にできる今の時代があるのは、これまでの歴史と変化の受容があってこそ。
色とりどりの化粧品は見ているだけでかわいくて楽しいですよ。ポーラ製品もところどころにあるので探してみてくださいね。

銀座一丁目駅、銀座駅からすぐ行けて入場無料です。この機会をお見逃しなく。